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✳︎英至中学校編✳︎
プロローグ 夢見る子ブタは非情な現実から逃げ出したい。
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ここは、桜花咲学園。政治家や有名人の血縁者、大企業の御曹司や御令嬢など、品性、家柄、明晰な頭脳を併せ持つ生徒のみが在籍する、由緒正しい名門私立校。
わたしはこの春、特待生としてこの学園の高等科に入学した。生まれも育ちもド庶民のわたしは、まだこの学園に馴染めていない。入学して1週間経ったのに友達も出来ないし、今もこの広大な敷地に迷ってしまっている。
「どうしよう、あと5分しかない……。とにかく急がなきゃ……!」
先を急ぐあまり、廊下の角を曲がったところで人にぶつかった。身体が後ろに倒れる。
突然のことに驚いて、わたしは咄嗟に目を瞑った。
『危なかった、大丈夫?』
優しく腰を支えられる感覚に、聞き覚えのある声。目を開くと、そこにいたのは――。
「し、梓月先輩!?」
切れ長の黒い目が、わたしの顔を覗き込んでいた。
『急に飛び出したら危ないですよ。……見ない顔ですが、1年生?』
先輩に腰を支えられた状態にドキドキしながら、わたしは先輩を見上げた。
「は、はいっ、1年生です。ごめんなさい、まだ周りの事が分かってなくて……」
『そうでしたか。クラスはどこ? 私が案内します』
「え……いいんですか!? でも、先輩も授業があるんじゃ……」
『私はこの学校の生徒会長ですから。困っている生徒がいれば助けるのが仕事です』
梓月先輩は、全校生徒の模範でいなければいけない立場だ。それなのに、わたしのせいで授業に間に合わなくなってしまう。
先輩に迷惑をかけてしまうなんて。どうしてわたしは、こうも鈍臭いのだろう。
先輩はわたしの顔を見ると困ったように微笑んで、指でわたしの目尻に溜まった涙をすくい取った。
『泣かないで。可愛いお顔が台無しです』
「うきゃあ――、梓月先輩かっこい――――!!」
漫画の中の梓月先輩が素敵すぎて、思わず声が出てしまった。もう何度も読み返したシーンなのに胸がドキドキしてしまう。
はぁ……いいなぁ、梓月先輩。こんな人、現実世界に出てこないかなぁ。こんなキラキラしい人を、遠くから眺めて癒されたいよう……。
「津田さん」
改めて、漫画のなかにいる梓月先輩の端正なお顔を、隅々まで堪能する。
つややかな黒髪に、知的さと冷たさを孕んだ切れ長の目……。薄い唇は紅を差したように血色が良くて、女性かと見紛うほどに中性的で……だけど、やっぱり男性なんだと意識させられる、喉ぼとけや首筋、ほどよく筋肉のついた細身の体型……。すごく美しくて、そして色気のある容姿だ。こんな人に見つめられたら、きっと心臓が止まってしまうだろう。
「津田さん、聞いてる?」
もし、梓月先輩みたいな美少年が現実にいても、どうせ上手く喋れないよなぁ。そもそも、目すら合わせられないし。お近づきになりたいと思うどころか、近づかないでほしいって思っちゃうよ。視界に入った時点で恥ずかしすぎて死ぬと思うの。
やっぱり、美少年は遠目から眺めるに限る。わたしみたいなド陰キャコミュ障のブタが、梓月先輩みたいな人と関わったところで、絶対にろくなことにならないもん。モブはモブらしく、空気となって見守るべきだ。
「津田さん、聞こえているよね?」
がしっと肩を掴まれた。
……さすがに、これ以上は知らんぷりなんてできない。いやだ、現実に戻りたくない。
わたしの首が、油の切れた金属の如くギギギと音を立てながら回る。同い年の少年が満面の笑みを浮かべて、わたしの肩を掴んでいた。
「趣味に没頭するのもいいけれど――」
やけにきれいな顔が、わたしの目の前に迫った。
「いい加減、勉強しようか?」
「……は、はい」
ピンク色に彩られた世界を全力でかなぐり捨てた素早さだけは、誰か褒めてくれてもいいと思う。
わたしはこの春、特待生としてこの学園の高等科に入学した。生まれも育ちもド庶民のわたしは、まだこの学園に馴染めていない。入学して1週間経ったのに友達も出来ないし、今もこの広大な敷地に迷ってしまっている。
「どうしよう、あと5分しかない……。とにかく急がなきゃ……!」
先を急ぐあまり、廊下の角を曲がったところで人にぶつかった。身体が後ろに倒れる。
突然のことに驚いて、わたしは咄嗟に目を瞑った。
『危なかった、大丈夫?』
優しく腰を支えられる感覚に、聞き覚えのある声。目を開くと、そこにいたのは――。
「し、梓月先輩!?」
切れ長の黒い目が、わたしの顔を覗き込んでいた。
『急に飛び出したら危ないですよ。……見ない顔ですが、1年生?』
先輩に腰を支えられた状態にドキドキしながら、わたしは先輩を見上げた。
「は、はいっ、1年生です。ごめんなさい、まだ周りの事が分かってなくて……」
『そうでしたか。クラスはどこ? 私が案内します』
「え……いいんですか!? でも、先輩も授業があるんじゃ……」
『私はこの学校の生徒会長ですから。困っている生徒がいれば助けるのが仕事です』
梓月先輩は、全校生徒の模範でいなければいけない立場だ。それなのに、わたしのせいで授業に間に合わなくなってしまう。
先輩に迷惑をかけてしまうなんて。どうしてわたしは、こうも鈍臭いのだろう。
先輩はわたしの顔を見ると困ったように微笑んで、指でわたしの目尻に溜まった涙をすくい取った。
『泣かないで。可愛いお顔が台無しです』
「うきゃあ――、梓月先輩かっこい――――!!」
漫画の中の梓月先輩が素敵すぎて、思わず声が出てしまった。もう何度も読み返したシーンなのに胸がドキドキしてしまう。
はぁ……いいなぁ、梓月先輩。こんな人、現実世界に出てこないかなぁ。こんなキラキラしい人を、遠くから眺めて癒されたいよう……。
「津田さん」
改めて、漫画のなかにいる梓月先輩の端正なお顔を、隅々まで堪能する。
つややかな黒髪に、知的さと冷たさを孕んだ切れ長の目……。薄い唇は紅を差したように血色が良くて、女性かと見紛うほどに中性的で……だけど、やっぱり男性なんだと意識させられる、喉ぼとけや首筋、ほどよく筋肉のついた細身の体型……。すごく美しくて、そして色気のある容姿だ。こんな人に見つめられたら、きっと心臓が止まってしまうだろう。
「津田さん、聞いてる?」
もし、梓月先輩みたいな美少年が現実にいても、どうせ上手く喋れないよなぁ。そもそも、目すら合わせられないし。お近づきになりたいと思うどころか、近づかないでほしいって思っちゃうよ。視界に入った時点で恥ずかしすぎて死ぬと思うの。
やっぱり、美少年は遠目から眺めるに限る。わたしみたいなド陰キャコミュ障のブタが、梓月先輩みたいな人と関わったところで、絶対にろくなことにならないもん。モブはモブらしく、空気となって見守るべきだ。
「津田さん、聞こえているよね?」
がしっと肩を掴まれた。
……さすがに、これ以上は知らんぷりなんてできない。いやだ、現実に戻りたくない。
わたしの首が、油の切れた金属の如くギギギと音を立てながら回る。同い年の少年が満面の笑みを浮かべて、わたしの肩を掴んでいた。
「趣味に没頭するのもいいけれど――」
やけにきれいな顔が、わたしの目の前に迫った。
「いい加減、勉強しようか?」
「……は、はい」
ピンク色に彩られた世界を全力でかなぐり捨てた素早さだけは、誰か褒めてくれてもいいと思う。
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