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五章 嫌われ将軍、ママになる

囚われのイヴァン王

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 家に入ると、ガイは居間で筒の蓋を開ける。

 カッ、と。小さな閃光が走り――鈍色の煙が目の前に広がったかと思うと、鏡のような光沢を帯びた透明な壁が現れた。

(やはり、魔法がかけられていたか)

 筒に触れた瞬間、指に走った痺れ。それが魔法の気配だと察し、エリクにロジーを連れて離れていってもらった。

 察することはできても、なんの魔法がかけられているか分からない。

 いったい何が起きるのかとガイが固唾を呑んで見つめる中、次第に透明な壁は色付き、景色と人影を映し出していく。

 ハッキリと姿を現した時、ガイは思わず息を呑んだ。

「……イヴァン、陛下……っ」

 まるで悪夢を見ているようだった。

 目の前に現れたのは、漆黒の翼を持った男に捕らわれ、ぐったりと項垂れたイヴァン王。その足元ではウーゴや他の兵たちが倒れている。

 皆、わずかに動きがあり、死んでいないことは分かる。

 ただ、黒翼の男の気持ち一つで全滅させられるだろうということを、ガイはすぐに理解した。

 黒翼の男がガイに顔を向ける。柔らかに波打つ短い髪も、瞳も、爪も黒く、恐ろしいまでの妖艶さをを漂わせた顔立ち。貴族風の衣装も黒で仕立てられている。

 初めて見る顔だが、男がどんな存在なのかは知識で知っていた。

 ポツリとガイはその名を口にしていた。

「まさか……魔王ベルリム……」

 いつだったか魔族の軍と戦ったことがある。その時の大将が魔王ベルリムだった。

 その時は異形の魔物たちを引き連れ、黒い甲冑を身に着け、顔は見ることができなかった。何度か剣を交え、ガイがようやく辛勝を手にしたことを思い出していると、

『やあ、麗しのガイ将軍。我が名はベルリム……君の冷遇を耳にしてね。我に勝利した英雄の不遇があまりに不憫で耐えられず……我自ら迎えに来た』

 ……何を言っているんだ、この魔王は?

 ガイは腕を組んで首を傾げる。
 以前の敗北に腹を立て、復讐しに来たというなら分かる。負かされた相手を憐れみ、迎えに来たとはどういう了見なのだろうか?

 そこはかとなくエリクと同じ奇行の気配を感じていると、ベルリムが話を続けた。

『ここまで耐えた優しいガイ将軍のことだ。ただ誘うだけでは来てくれぬであろう? だから強引に誘わせてもらう。この愚王を解放してほしければ、今から生じる魔の門を潜るがいい。我が元に来てくれるならば、すぐに返してやろう』

 不意にベルリムが映る壁の隣に、扉ほどの黒い靄が現れる。

 魔法で作られたであろう門はあまりにあやふやで、しばらく放置すれば霧散しそうな気がした。

 ベルリムの考えはよく分からないが、目的は自分。取るべき行動は決まっている。

 魔の門に近づこうとして、ガイは一旦立ち止まる。

 そして森の方角を振り向き、小さく呟いた。

「……ロジーを頼んだぞ、エリク」

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