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幕間一 副将はすべてお見通し(副将ウーゴ視点)
冷遇の要因
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◆ ◆ ◆
ガイ将軍を長年支えてきた、副将ウーゴ・バンディ。
彼は鉄の仮面を被ったように表情が変わらない男だった。
何が起きても動じず、淡々と成すべきことをこなし、ガイの戦略をいち早く理解して手回ししてきた敏腕の副将。
ウーゴの顔から感情を読み取れる者はいない。
――が、彼の行動は第三者から見れば一目瞭然だった。
時をガイが王命を受ける直前まで遡る。
ガイが城の広間に呼ばれたその時、ウーゴは報告用に部下を一人だけ向かわせ、他の部隊長たちを執務室に集めていた。
「ウーゴ様、やはり陛下はガイ将軍を……」
一人の部隊長が口を開く。大柄で力自慢のテオ。いつもは自信に溢れた快活な男だが、今ばかりは声を潜め、憂いを覗かせる。
ウーゴはわずかに間を置いた後、短く頷いた。
「間違いなくガイ様を追い出すでしょう。先王陛下が病で倒れられた頃から、そのように動いておられましたから」
「なぜ英雄であるガイ様を、イヴァン陛下は冷遇なされるのか? 自分には理解できません」
テオのぼやきに他の部隊長たちも頷く。
彼らの疑問も不満もよく分かる。
しかし長年ガイの傍に居続けたウーゴは、この冷遇の理由を察していた。
「……すべては先王陛下の寵愛が、ガイ様に向かいすぎたせいですよ」
ウーゴがガイの部下になったのは二十三年ほど前――ガイ十九歳、ウーゴ十五歳の時だった。
『君がウーゴか。これからよろしく頼む』
まだ青さのある頃のガイは、はつらつとしてウーゴには眩しく感じた。
鍛え抜かれた筋肉に凛々しく整った顔立ち。真っ直ぐ誠実に相手を見てくる黒曜の眼差し。ただそこにいるだけで安堵してしまうような頼もしさを既に身につけていた。
年下と侮った気配が一切ないことは、握手した瞬間に分かった。
深く手を食い込ませた、力強い握手。
しっかりと握られた手から、自分の背を預けるから、君も俺に預けてくれという意思が伝わってきた。
あの瞬間に、ウーゴの心はガイに囚われた。
そして共に過ごす時間が増えるにつれ、ウーゴの目は様々なものを映してしまった。
先王はいつもガイを近くに置きたがった。
近くの森で狩りをする時は必ずガイを連れていき、城の中庭を散歩する時でさえ呼びたがった。
誰が見てもガイは先王の寵愛を受けていた。
血が繋がった実の息子よりも、ガイを隣に置きたがり、笑いかけ、話をしたがった。
少し離れて待機しながらその光景を見ていたウーゴの目は、先王の気持ちをよく見通していた。
他の者には見せない、完全に気を許した口元の綻び。
后や側室にすら向けたことのない、熱を帯びた眼差し。
どれだけ白髪や皺が増えても、先王がガイに向ける顔は恋する少年のような初々しさがあった。
その様子を、息子であるイヴァン王はずっと見せつけられていた。
家族でもなく、美姫たちでもなく、ただ一人の屈強な英雄にのみ、先王の愛が向けられている様を――。
ガイ将軍を長年支えてきた、副将ウーゴ・バンディ。
彼は鉄の仮面を被ったように表情が変わらない男だった。
何が起きても動じず、淡々と成すべきことをこなし、ガイの戦略をいち早く理解して手回ししてきた敏腕の副将。
ウーゴの顔から感情を読み取れる者はいない。
――が、彼の行動は第三者から見れば一目瞭然だった。
時をガイが王命を受ける直前まで遡る。
ガイが城の広間に呼ばれたその時、ウーゴは報告用に部下を一人だけ向かわせ、他の部隊長たちを執務室に集めていた。
「ウーゴ様、やはり陛下はガイ将軍を……」
一人の部隊長が口を開く。大柄で力自慢のテオ。いつもは自信に溢れた快活な男だが、今ばかりは声を潜め、憂いを覗かせる。
ウーゴはわずかに間を置いた後、短く頷いた。
「間違いなくガイ様を追い出すでしょう。先王陛下が病で倒れられた頃から、そのように動いておられましたから」
「なぜ英雄であるガイ様を、イヴァン陛下は冷遇なされるのか? 自分には理解できません」
テオのぼやきに他の部隊長たちも頷く。
彼らの疑問も不満もよく分かる。
しかし長年ガイの傍に居続けたウーゴは、この冷遇の理由を察していた。
「……すべては先王陛下の寵愛が、ガイ様に向かいすぎたせいですよ」
ウーゴがガイの部下になったのは二十三年ほど前――ガイ十九歳、ウーゴ十五歳の時だった。
『君がウーゴか。これからよろしく頼む』
まだ青さのある頃のガイは、はつらつとしてウーゴには眩しく感じた。
鍛え抜かれた筋肉に凛々しく整った顔立ち。真っ直ぐ誠実に相手を見てくる黒曜の眼差し。ただそこにいるだけで安堵してしまうような頼もしさを既に身につけていた。
年下と侮った気配が一切ないことは、握手した瞬間に分かった。
深く手を食い込ませた、力強い握手。
しっかりと握られた手から、自分の背を預けるから、君も俺に預けてくれという意思が伝わってきた。
あの瞬間に、ウーゴの心はガイに囚われた。
そして共に過ごす時間が増えるにつれ、ウーゴの目は様々なものを映してしまった。
先王はいつもガイを近くに置きたがった。
近くの森で狩りをする時は必ずガイを連れていき、城の中庭を散歩する時でさえ呼びたがった。
誰が見てもガイは先王の寵愛を受けていた。
血が繋がった実の息子よりも、ガイを隣に置きたがり、笑いかけ、話をしたがった。
少し離れて待機しながらその光景を見ていたウーゴの目は、先王の気持ちをよく見通していた。
他の者には見せない、完全に気を許した口元の綻び。
后や側室にすら向けたことのない、熱を帯びた眼差し。
どれだけ白髪や皺が増えても、先王がガイに向ける顔は恋する少年のような初々しさがあった。
その様子を、息子であるイヴァン王はずっと見せつけられていた。
家族でもなく、美姫たちでもなく、ただ一人の屈強な英雄にのみ、先王の愛が向けられている様を――。
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