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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

辻口からの連絡

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 ライナスの心からの想いと、今の俺の状況を改めて言葉に出されて、俺は何も言えなくなる。

 押しかけ弟子で、互いのファンで、恋人。生涯誰も懐には入れまいと思っていたのに、入ってしまったライナスの気持ちが甘くて熱くて、年甲斐もなく酔いしれそうだ。

 俺からは何もできなくて、せめて「俺も」と同意しようとするが、口は震えるばかり。もたついていたら再びライナスに唇を重ねられて、返信代わりの追いキスを奪われる。

 このまま家に戻ったら、さらにライナスに自分を奪われそうな気がしている中――ジャケットからスマホの着信音が鳴った。

「ほ、ほら、中に入って休むぞ。研ぎの作業もあるから、もたもたするな」

 慌てて俺が家へ入るよう促すと、ライナスは目を細めながら「はいっ」と返事をして離れていく。

 その大きな背を見て、思わず俺の口元が緩む。絆され過ぎていることを自覚しながら、俺はポケットからスマホを取った。

 画面に出てきたのは『辻口』の文字。俺のスマホの通話履歴の大半は、辻口からの連絡が占めている。今回も例に漏れなかった。

「もしもし」

『おう、克己。そっちの雪はどうだ?』

「いつも通り酷いもんだ」

『予報だと今週はまだ降るみたいだからな。落ち着くまでこっちは休んでくれ』

 例年ここの積雪が酷いと、辻口は漆芸館の仕事を休ませてくれる。俺が町に出るのがどれだけ大変か知っているからだ。昔からこっちの事情をよく知っている辻口は、本当にありがたい存在だ。

 俺は「ありがとう」と小さく笑って答える。

「俺の代わりはどうするんだ?」

『濱中に頼もうと思ってる』

 名前が出てきて、ライナスの帰宅が遅くなった日の濱中との通話を思い出す。人のプライベートなことを強引に聞いてしまい、悪いことをしたと思う。反面、濱中はライナスからあれこれ相談を受けているから、俺たちのことがバレるのも時間の問題だろう。

 察しのいい男だ。軽く話しただけで気づかれそうだ。
 軽く頭痛を覚えたが、迷惑をかけたのは間違いない。俺は息をついてから辻口に告げる。

「その、今日は濱中はそっちにいるのか?」

『ああ。頑張って雪かきしてるぞ』

「じゃあ伝言を頼む。夜に電話させてくれ、と」

『分かった。伝えておくが……克己から連絡って珍しいな。何かあったのか?』

「あー……ちょっとな」

『ライナスに迫られてるから助けてくれ、とか』

 辻口の茶化した声に、思わず俺は息を詰める。分かりやすい動揺に気づかぬ辻口ではなかった。

『まさか図星か?』

「ち、違う。そうじゃない」

『それなら良いが、少し心配してたんだよ。ライナスに惚れられてるのに、雪に閉じ込められて二人きりなんて……本当に襲われてないか?』

「大丈夫、だ。アイツはそんな奴じゃない」

『信用してるんだな。いやあ、良い師弟になったもんだ』

 明朗に笑う辻口の声に、嬉しさが混じっている。
 辻口も察しがいいほうではあるが、まさか俺が本当にライナスを受け入れつつあるだなんて、夢にも思っていないだろう。

 何せ俺自身が、未だにこれが現実なのかと疑いたくなるほどだ。このまま二人だけの世界に閉じ込められていたら、どこまでも一緒に沈んでしまいそうだなんて――。

『克己? 大丈夫か?』

「あ、ああ、すまない。雪かきを終えたばかりで頭がぼんやりしていた」

『そいつは悪かった。ゆっくり休んでくれ。あと明日の筋肉痛に備えておけよ。もう俺らは若くないんだし』

「お前と一緒にするな。俺は大丈夫だ」

『だと良いなあ。じゃあ、またな』

 確信めいた押し殺した笑いを奏でながら、辻口が通話を切る。

 ……体を解しておけば大丈夫だ。多分。
 スマホをポケットにしまった後、俺は体を捻ったり、腕や脚をストレッチしたりしから家へと戻った。
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