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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第五章 41)目覚めれば、全てが夢
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最悪の惨殺劇が目の前でも繰り広げられるのかと、私は思わず目をおさえたが、血が流れることはなかった。
しかし武器を持った衛兵たちは、次々と気を失って倒れていった。それはまるで森の木々が次々と切り倒される感じ。槍や盾や鎧が、地面に落下する音があちこちで響く。
倒れていくのは衛兵たちだけではなかった。スザンナも倒れた。彼女の仲間の傭兵たちもだ。その魔法の巻き添えになってしまったのか、一緒に倒れてゆく。
「プ、プラーヌス! 彼女たちは雇ったばかりの傭兵だ」
「眠らせただけだ、殺してないよ」
「眠らせた? な、なんだ、そうか」
確かに寝息のような呼吸の音が聞こ始める。私はホッと胸を撫で下ろした。
衛兵たちの傍にいた野次馬たちも、当然のように眠らされていた。かろうじてその魔法の餌食にならなかった者は、その光景に仰天して次々と逃げてゆく。私たちはカエルの大群にでも囲まれたかのように、様々な種類の寝息に取り囲まれている。
「目覚めれば、全てが夢だとは思わないだろうが」
プラーヌスは壊れた大聖堂を見つめる。「シュショテがこれを壊したのかい?」
「プラーヌス様! とても怖かったです!」
そのとき私の傍にいたアリューシアが声を上げた。
一瞬、彼に駆け寄る素振りを見せたが、嫌な記憶が過ったのか、彼女は自制して立ち止まった。
「あのー、尖塔を壊すようにシュショテに指示したのは私なんです。素晴らしいアイデアだったでしょ?」
ずっと不安そうだったアリューシアの表情も、ようやくいつもの晴れやかな彼女に戻っていた。むしろ、さっきよりも輝いた瞳で、プラーヌスを見上げている。
「いや、余計なことだった。最悪だと言ってもいい。ここまでの大騒動になっているとは、予想していなかったからね。君のせいで、彼らを眠らせるために無駄に宝石を消費してしまったしね」
「で、でも、それで皆、助けに来てくれたんじゃないですか? あの子が暴れ始めたときは、私一人だけで本当に怖かったもん」
「なるほど、だから僕は君が嫌いなんだ。君の行動が予測し切れない」
相変わらずアリューシアに対しては冷たいようで、プラーヌスは突き放すように言い放つ。しかし案外、彼は今、本音を漏らしたのかもしれない。
彼は何でも自分のコントロールの下に置きたいタイプ。それなのに、こんなプラーヌスですら計算し切れないことがある。それがアリューシアの大胆さ。無軌道な行動力。
そもそも、彼女が魔法使いを目指していること自体、何か我々の常識を超えるものがある気がする。
彼はそんなアリューシアが苦手なのかもしれない。ただ単に彼女が貴族だから毛嫌いしているというわけでもない。
「何よ、プラーヌス様・・・」
「さあ、シャグラン! さっさと帰ろう。本当なら僕はまだ眠っている時間なんだ」
プラーヌスはこんなアリューシアから離れたいとでも言いたげに、私を急かしてくる。
「ああ、うん」
またどこからか新手の衛兵が現れるかもしれない。プラーヌスの言葉通り、一刻も早くここを去るべきであろう。
あれだけ暴れ回ったからか、シュショテは疲れ果ててしまったようで、プラーヌスの腕の中で静かな寝息を立てている。それとも彼も衛兵たち同様、プラーヌスの魔法にかかってしまったのだろうか。私はプラーヌスからシュショテの身体を受け取る。
「ところで、傭兵たちとの契約はどうなっている? 君たちはそもそも、そのためにこの街に来たはずだ」
「ああ、予定の三十人には届いていないけれど、とりあえず彼女たちを雇いたい」
私は他の衛兵たちと同じようにぐっすりと眠っているスザンナを指差した。「今は眠っているけど、けっこう頼りになる傭兵だった」
「そうか、ならばこのまま連れて帰ろう」
「起こさないのかい?」
「簡単に目覚めないはずだ。ここに魔法陣を描く。彼女たちを連れて塔まで飛ぶぞ」
「わかった」
彼女たちの意志を確かめないで、連れ帰っていいはずなどないが、ここでグズグスしている時間なんてないことも事実だ。とりあえず連れて帰ろう。彼女たちの意思を確かめるのはあとからだ。
「この衛兵たちも塔に連れて帰ろう」
プラーヌスが衛兵たちに視線を送った。
「何だって? こんなをしたら大問題になるぞ、プラーヌス!」
「大丈夫だ。誰も僕たちの仕業だとわからない」
「そういう問題じゃない。彼らには家族もいるだろう。そもそも衛兵たちが塔で働くことを望むわけがないんだから」
「しかし彼女たちだけでは三十人に満たないじゃないか」
「三人か四人くらいならば、大きな問題にはならないじゃないかしら?」
アリューシアも言ってくる。
「問題にならないわけがないだろ、アリューシア!」
この二人、実は性格がかなり似ているに違いない。そしてその似ている部分は、二人の短所でもある。
「仕方ないな、彼らが落とした武器や盾だけで我慢しておこう」
「あなたって真面目で退屈な男ね、シャグラン」
その話題が続いている間に、我々は塔に帰り着いた。あっという間の帰還だ。傭兵たちも、誰一人欠けることなく、無事に瞬間移動することが出来たようだ。
謁見の間に帰り着いた私たちは、プラーヌスだけが座ることを許されるあの玉座のような椅子に、何者かが座っていることに気づいた。
その男は我が物顔の傲慢な態度で、その椅子の上に座っている。
カルファルだった。
「おお、プラーヌス、ようやく帰ってきたか?」
カルファルがそんな言葉を掛けてくる。
しかし武器を持った衛兵たちは、次々と気を失って倒れていった。それはまるで森の木々が次々と切り倒される感じ。槍や盾や鎧が、地面に落下する音があちこちで響く。
倒れていくのは衛兵たちだけではなかった。スザンナも倒れた。彼女の仲間の傭兵たちもだ。その魔法の巻き添えになってしまったのか、一緒に倒れてゆく。
「プ、プラーヌス! 彼女たちは雇ったばかりの傭兵だ」
「眠らせただけだ、殺してないよ」
「眠らせた? な、なんだ、そうか」
確かに寝息のような呼吸の音が聞こ始める。私はホッと胸を撫で下ろした。
衛兵たちの傍にいた野次馬たちも、当然のように眠らされていた。かろうじてその魔法の餌食にならなかった者は、その光景に仰天して次々と逃げてゆく。私たちはカエルの大群にでも囲まれたかのように、様々な種類の寝息に取り囲まれている。
「目覚めれば、全てが夢だとは思わないだろうが」
プラーヌスは壊れた大聖堂を見つめる。「シュショテがこれを壊したのかい?」
「プラーヌス様! とても怖かったです!」
そのとき私の傍にいたアリューシアが声を上げた。
一瞬、彼に駆け寄る素振りを見せたが、嫌な記憶が過ったのか、彼女は自制して立ち止まった。
「あのー、尖塔を壊すようにシュショテに指示したのは私なんです。素晴らしいアイデアだったでしょ?」
ずっと不安そうだったアリューシアの表情も、ようやくいつもの晴れやかな彼女に戻っていた。むしろ、さっきよりも輝いた瞳で、プラーヌスを見上げている。
「いや、余計なことだった。最悪だと言ってもいい。ここまでの大騒動になっているとは、予想していなかったからね。君のせいで、彼らを眠らせるために無駄に宝石を消費してしまったしね」
「で、でも、それで皆、助けに来てくれたんじゃないですか? あの子が暴れ始めたときは、私一人だけで本当に怖かったもん」
「なるほど、だから僕は君が嫌いなんだ。君の行動が予測し切れない」
相変わらずアリューシアに対しては冷たいようで、プラーヌスは突き放すように言い放つ。しかし案外、彼は今、本音を漏らしたのかもしれない。
彼は何でも自分のコントロールの下に置きたいタイプ。それなのに、こんなプラーヌスですら計算し切れないことがある。それがアリューシアの大胆さ。無軌道な行動力。
そもそも、彼女が魔法使いを目指していること自体、何か我々の常識を超えるものがある気がする。
彼はそんなアリューシアが苦手なのかもしれない。ただ単に彼女が貴族だから毛嫌いしているというわけでもない。
「何よ、プラーヌス様・・・」
「さあ、シャグラン! さっさと帰ろう。本当なら僕はまだ眠っている時間なんだ」
プラーヌスはこんなアリューシアから離れたいとでも言いたげに、私を急かしてくる。
「ああ、うん」
またどこからか新手の衛兵が現れるかもしれない。プラーヌスの言葉通り、一刻も早くここを去るべきであろう。
あれだけ暴れ回ったからか、シュショテは疲れ果ててしまったようで、プラーヌスの腕の中で静かな寝息を立てている。それとも彼も衛兵たち同様、プラーヌスの魔法にかかってしまったのだろうか。私はプラーヌスからシュショテの身体を受け取る。
「ところで、傭兵たちとの契約はどうなっている? 君たちはそもそも、そのためにこの街に来たはずだ」
「ああ、予定の三十人には届いていないけれど、とりあえず彼女たちを雇いたい」
私は他の衛兵たちと同じようにぐっすりと眠っているスザンナを指差した。「今は眠っているけど、けっこう頼りになる傭兵だった」
「そうか、ならばこのまま連れて帰ろう」
「起こさないのかい?」
「簡単に目覚めないはずだ。ここに魔法陣を描く。彼女たちを連れて塔まで飛ぶぞ」
「わかった」
彼女たちの意志を確かめないで、連れ帰っていいはずなどないが、ここでグズグスしている時間なんてないことも事実だ。とりあえず連れて帰ろう。彼女たちの意思を確かめるのはあとからだ。
「この衛兵たちも塔に連れて帰ろう」
プラーヌスが衛兵たちに視線を送った。
「何だって? こんなをしたら大問題になるぞ、プラーヌス!」
「大丈夫だ。誰も僕たちの仕業だとわからない」
「そういう問題じゃない。彼らには家族もいるだろう。そもそも衛兵たちが塔で働くことを望むわけがないんだから」
「しかし彼女たちだけでは三十人に満たないじゃないか」
「三人か四人くらいならば、大きな問題にはならないじゃないかしら?」
アリューシアも言ってくる。
「問題にならないわけがないだろ、アリューシア!」
この二人、実は性格がかなり似ているに違いない。そしてその似ている部分は、二人の短所でもある。
「仕方ないな、彼らが落とした武器や盾だけで我慢しておこう」
「あなたって真面目で退屈な男ね、シャグラン」
その話題が続いている間に、我々は塔に帰り着いた。あっという間の帰還だ。傭兵たちも、誰一人欠けることなく、無事に瞬間移動することが出来たようだ。
謁見の間に帰り着いた私たちは、プラーヌスだけが座ることを許されるあの玉座のような椅子に、何者かが座っていることに気づいた。
その男は我が物顔の傲慢な態度で、その椅子の上に座っている。
カルファルだった。
「おお、プラーヌス、ようやく帰ってきたか?」
カルファルがそんな言葉を掛けてくる。
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