100 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第五章 25)スカートの裾を派手に翻して
しおりを挟む
その声は木が倒れる音よりも騒がしい。耳を刺激する甲高い音。
声のほうを見ると、シュショテがこっちに向かって駆けてくるのが見える。
彼は全力で走りながら、何度か後ろを振り向いている。
何かから逃げているようだ。
細い身体の上の大きな頭をアンバランスに傾けて、必死に走っている。しかしその足取りは覚束なくて、まるでスピードに乗れていない。
「待ちなさいよ、あんた!」
そんな声がシュショテを追う。
「今日は無理なんです!」
「何よ、あんた。すぐに約束を破るのね!」
彼が何から逃げているのかわかった。アリューシアだ。
アリューシアはスカートの裾を派手に翻して、素早い身のこなしで走ってくる。まるで小型の四足獣のようにしなやかな走り方。
二人のスピードの違いは明らかだ。羊が豹を追いかけているようなもの。
シュショテはいずれアリューシアに掴まってしまうに違いない。
しかしシュショテが私の顔を見て、パッと輝いた。彼は私を盾の代わりに使うようにして、後ろに回り込んできた。
アリューシアも私の顔を見て立ち止まった。
「あら、シャグラン。こんなところで何をしているの?」
肩で息をしながらも、アリューシアはいつもの涼しい声で言ってくる。
「おはよう、アリューシア。相変わらずシュショテと仲が良いようだね」
私はシュショテとアリューシア、交互に目をやる。シュショテのほうは今にも座り込んでしまいそうなくらいハアハアと息をしている。
「お嬢様、何という行儀の悪さ・・・」
私の横にいたサンチーヌがアリューシアを諫めようとする。
さっきまでアリューシアはスカトートを翻して、獣のような速度で走っていたのだ。お目付け役でもあるサンチーヌが怒りたくなるのも当たり前。
しかしアリューシアはそんなのを気にする素振りは一切見せない。
「シュショテをこっちに、引き渡して」
彼女は頬を膨らませながら、私に言ってきた。
「きょ、今日は大事な用があるんです」
シュショテが私の背後から弱々しい声を上げる。
「何よ、大事な用って? 私よりも大事な用が、この世にあるの?」
「は、はい。今日は、えーと」
シュショテが後ろで、私の腰の辺りをコツコツと叩いてくる。代わりに言ってくれと、私に頼んでいるようだ。実際、シュショテの重要な用事というのは、私と関わりがある。
「すまない、アリューシア。今日は君の師匠を借りる。僕たちは街に行かなければいけないんだ」
「何ですって?」
アリューシアの表情がさっと変わった。端的に言えば、怒りに変わったのだ。
「どういうことよ、それ? 私には時間がないのよ! 魔法言語の勉強をして、課題をクリアーしないといけないのに! シャグラン、あなたは何もわかってないのね! 私の味方じゃなかったの?」
「すまない、アリューシア。プラーヌスに用を頼まれたんだ」
アリューシアの怒り方が予想以上だったので、私も少しオロオロとしてしまう。
「プラーヌス様・・・」
何だか彼の力を借りたようで心苦しいが、とにかくこの塔ではプラーヌスの名前は万能。アリューシアには更に効果的だろう。
プラーヌスという言葉を聞いて、彼女の表情が再び変わる。まるでプラーヌスが傍に来たかのように、彼女は心なしか顔を赤らめる。
「・・・わかった、だったら仕方ないわね。でもいつ行くの? いつ帰ってくるの? 街なんかに何の用があるの?」
「これからすぐに行く。今日中には帰ってくるだろうけど、夜中になるかもしれない。この塔を守ってくれる傭兵を雇いに行くんだ」
「夜中ですって? じゃあ、今日は少しも時間はないってことなの、シュショテ?」
「す、すいません。明日にはきっと」
「むかつく。仕返しするから! 覚えてなさい」
「おいおい、アリューシア。何なら、俺が魔法の指導をしてやるよ」
カルファルが言う。
彼の声を聞いて、アリューシアがきっと彼をにらむ。
「けっこうよ、カルファル。あなたは私に近づいてらいけないはずだけど?」
「はて、そんな決まりなどあったかな? あったとしても、そういう決まり事を踏みつけるのが、俺の生き甲斐だけど?」
アリューシアは更に鋭い眼差しでカルファルをにらむ。カルファルはそれをニヤニヤしながら受け止める。
「ああ、もう、何もかも最悪だわ・・・」
アリューシアはカルファルをにらんでいた視線を大空に向けて、ため息を吐いた。
彼女は最悪な気分のときでも下を見るのではなくて、空を見上げる性格のようだ。とはいえ、本来の美しい横顔は、不快そうに歪んでいる。
「最悪、最悪、本当に不愉快だわ・・・」
そのような言葉を、私たちに聞こえる声でつぶやき続ける。「どいつもこいつも、誰の私のことなんて」
そうだわ!
しかしアリューシアは何か思いついたようで、突如、その表情がパッと輝いた。
「私もあんたたちと一緒に街に行けばいいんじゃない!」
「な、何だって? 街に遊びで行くんじゃないぞ」
「そうよ、少しの時間も惜しいのよ。だからあんたたちについていって、ちょっとの合間でも勉強するつもりなのよ! 何か文句あるの!」
「じゃあ、俺も行くかな」
カルファルが言う。
「君は来なくていい。いや、絶対についてくるな」
「何だよ、随分な態度だな、シャグラン、え?」
「わかったよ、アリューシア。来たいなら、来ればいい」
アリューシアとカルファルを塔に残すのは何だか不安だ。
私はカルファルの澄ました表情を見ながら思う。
この男、その心の裡で何を企んでいるかわかったものではない。いや、きっとろくなことを考えてはいない。
出来るだけ二人を引き離しておくべきであろう。間違いなく、アリューシアもそれを望んでいる。
「では、私も参りましょう」
サンチーヌも言う。
「あなたも来なくていいわ。どうせすぐに帰ってくるから」
「しかしお嬢様」
「今日は三人で行きます。アリューシアは僕が責任を持って無事に送り届けします。ちょっと街に買い出しにいくようなものですから」
「そうよ、あなたがいたら息が詰まるわ」
そういうわけで、私とシュショテだけでなく、アリューシアまで街についてくることになった。
私はバルザ殿に挨拶をして、すぐ旅立つ。
声のほうを見ると、シュショテがこっちに向かって駆けてくるのが見える。
彼は全力で走りながら、何度か後ろを振り向いている。
何かから逃げているようだ。
細い身体の上の大きな頭をアンバランスに傾けて、必死に走っている。しかしその足取りは覚束なくて、まるでスピードに乗れていない。
「待ちなさいよ、あんた!」
そんな声がシュショテを追う。
「今日は無理なんです!」
「何よ、あんた。すぐに約束を破るのね!」
彼が何から逃げているのかわかった。アリューシアだ。
アリューシアはスカートの裾を派手に翻して、素早い身のこなしで走ってくる。まるで小型の四足獣のようにしなやかな走り方。
二人のスピードの違いは明らかだ。羊が豹を追いかけているようなもの。
シュショテはいずれアリューシアに掴まってしまうに違いない。
しかしシュショテが私の顔を見て、パッと輝いた。彼は私を盾の代わりに使うようにして、後ろに回り込んできた。
アリューシアも私の顔を見て立ち止まった。
「あら、シャグラン。こんなところで何をしているの?」
肩で息をしながらも、アリューシアはいつもの涼しい声で言ってくる。
「おはよう、アリューシア。相変わらずシュショテと仲が良いようだね」
私はシュショテとアリューシア、交互に目をやる。シュショテのほうは今にも座り込んでしまいそうなくらいハアハアと息をしている。
「お嬢様、何という行儀の悪さ・・・」
私の横にいたサンチーヌがアリューシアを諫めようとする。
さっきまでアリューシアはスカトートを翻して、獣のような速度で走っていたのだ。お目付け役でもあるサンチーヌが怒りたくなるのも当たり前。
しかしアリューシアはそんなのを気にする素振りは一切見せない。
「シュショテをこっちに、引き渡して」
彼女は頬を膨らませながら、私に言ってきた。
「きょ、今日は大事な用があるんです」
シュショテが私の背後から弱々しい声を上げる。
「何よ、大事な用って? 私よりも大事な用が、この世にあるの?」
「は、はい。今日は、えーと」
シュショテが後ろで、私の腰の辺りをコツコツと叩いてくる。代わりに言ってくれと、私に頼んでいるようだ。実際、シュショテの重要な用事というのは、私と関わりがある。
「すまない、アリューシア。今日は君の師匠を借りる。僕たちは街に行かなければいけないんだ」
「何ですって?」
アリューシアの表情がさっと変わった。端的に言えば、怒りに変わったのだ。
「どういうことよ、それ? 私には時間がないのよ! 魔法言語の勉強をして、課題をクリアーしないといけないのに! シャグラン、あなたは何もわかってないのね! 私の味方じゃなかったの?」
「すまない、アリューシア。プラーヌスに用を頼まれたんだ」
アリューシアの怒り方が予想以上だったので、私も少しオロオロとしてしまう。
「プラーヌス様・・・」
何だか彼の力を借りたようで心苦しいが、とにかくこの塔ではプラーヌスの名前は万能。アリューシアには更に効果的だろう。
プラーヌスという言葉を聞いて、彼女の表情が再び変わる。まるでプラーヌスが傍に来たかのように、彼女は心なしか顔を赤らめる。
「・・・わかった、だったら仕方ないわね。でもいつ行くの? いつ帰ってくるの? 街なんかに何の用があるの?」
「これからすぐに行く。今日中には帰ってくるだろうけど、夜中になるかもしれない。この塔を守ってくれる傭兵を雇いに行くんだ」
「夜中ですって? じゃあ、今日は少しも時間はないってことなの、シュショテ?」
「す、すいません。明日にはきっと」
「むかつく。仕返しするから! 覚えてなさい」
「おいおい、アリューシア。何なら、俺が魔法の指導をしてやるよ」
カルファルが言う。
彼の声を聞いて、アリューシアがきっと彼をにらむ。
「けっこうよ、カルファル。あなたは私に近づいてらいけないはずだけど?」
「はて、そんな決まりなどあったかな? あったとしても、そういう決まり事を踏みつけるのが、俺の生き甲斐だけど?」
アリューシアは更に鋭い眼差しでカルファルをにらむ。カルファルはそれをニヤニヤしながら受け止める。
「ああ、もう、何もかも最悪だわ・・・」
アリューシアはカルファルをにらんでいた視線を大空に向けて、ため息を吐いた。
彼女は最悪な気分のときでも下を見るのではなくて、空を見上げる性格のようだ。とはいえ、本来の美しい横顔は、不快そうに歪んでいる。
「最悪、最悪、本当に不愉快だわ・・・」
そのような言葉を、私たちに聞こえる声でつぶやき続ける。「どいつもこいつも、誰の私のことなんて」
そうだわ!
しかしアリューシアは何か思いついたようで、突如、その表情がパッと輝いた。
「私もあんたたちと一緒に街に行けばいいんじゃない!」
「な、何だって? 街に遊びで行くんじゃないぞ」
「そうよ、少しの時間も惜しいのよ。だからあんたたちについていって、ちょっとの合間でも勉強するつもりなのよ! 何か文句あるの!」
「じゃあ、俺も行くかな」
カルファルが言う。
「君は来なくていい。いや、絶対についてくるな」
「何だよ、随分な態度だな、シャグラン、え?」
「わかったよ、アリューシア。来たいなら、来ればいい」
アリューシアとカルファルを塔に残すのは何だか不安だ。
私はカルファルの澄ました表情を見ながら思う。
この男、その心の裡で何を企んでいるかわかったものではない。いや、きっとろくなことを考えてはいない。
出来るだけ二人を引き離しておくべきであろう。間違いなく、アリューシアもそれを望んでいる。
「では、私も参りましょう」
サンチーヌも言う。
「あなたも来なくていいわ。どうせすぐに帰ってくるから」
「しかしお嬢様」
「今日は三人で行きます。アリューシアは僕が責任を持って無事に送り届けします。ちょっと街に買い出しにいくようなものですから」
「そうよ、あなたがいたら息が詰まるわ」
そういうわけで、私とシュショテだけでなく、アリューシアまで街についてくることになった。
私はバルザ殿に挨拶をして、すぐ旅立つ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる