私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第五章 25)スカートの裾を派手に翻して

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 その声は木が倒れる音よりも騒がしい。耳を刺激する甲高い音。
 声のほうを見ると、シュショテがこっちに向かって駆けてくるのが見える。

 彼は全力で走りながら、何度か後ろを振り向いている。
 何かから逃げているようだ。
 細い身体の上の大きな頭をアンバランスに傾けて、必死に走っている。しかしその足取りは覚束なくて、まるでスピードに乗れていない。

 「待ちなさいよ、あんた!」

 そんな声がシュショテを追う。

 「今日は無理なんです!」

 「何よ、あんた。すぐに約束を破るのね!」

 彼が何から逃げているのかわかった。アリューシアだ。
 アリューシアはスカートの裾を派手に翻して、素早い身のこなしで走ってくる。まるで小型の四足獣のようにしなやかな走り方。

 二人のスピードの違いは明らかだ。羊が豹を追いかけているようなもの。
 シュショテはいずれアリューシアに掴まってしまうに違いない。
 しかしシュショテが私の顔を見て、パッと輝いた。彼は私を盾の代わりに使うようにして、後ろに回り込んできた。
 アリューシアも私の顔を見て立ち止まった。

 「あら、シャグラン。こんなところで何をしているの?」

 肩で息をしながらも、アリューシアはいつもの涼しい声で言ってくる。

 「おはよう、アリューシア。相変わらずシュショテと仲が良いようだね」

 私はシュショテとアリューシア、交互に目をやる。シュショテのほうは今にも座り込んでしまいそうなくらいハアハアと息をしている。

 「お嬢様、何という行儀の悪さ・・・」

 私の横にいたサンチーヌがアリューシアを諫めようとする。
 さっきまでアリューシアはスカトートを翻して、獣のような速度で走っていたのだ。お目付け役でもあるサンチーヌが怒りたくなるのも当たり前。
 しかしアリューシアはそんなのを気にする素振りは一切見せない。

 「シュショテをこっちに、引き渡して」

 彼女は頬を膨らませながら、私に言ってきた。

 「きょ、今日は大事な用があるんです」

 シュショテが私の背後から弱々しい声を上げる。

 「何よ、大事な用って? 私よりも大事な用が、この世にあるの?」

 「は、はい。今日は、えーと」

 シュショテが後ろで、私の腰の辺りをコツコツと叩いてくる。代わりに言ってくれと、私に頼んでいるようだ。実際、シュショテの重要な用事というのは、私と関わりがある。

 「すまない、アリューシア。今日は君の師匠を借りる。僕たちは街に行かなければいけないんだ」

 「何ですって?」

 アリューシアの表情がさっと変わった。端的に言えば、怒りに変わったのだ。

 「どういうことよ、それ? 私には時間がないのよ! 魔法言語の勉強をして、課題をクリアーしないといけないのに! シャグラン、あなたは何もわかってないのね! 私の味方じゃなかったの?」

 「すまない、アリューシア。プラーヌスに用を頼まれたんだ」

 アリューシアの怒り方が予想以上だったので、私も少しオロオロとしてしまう。

 「プラーヌス様・・・」

 何だか彼の力を借りたようで心苦しいが、とにかくこの塔ではプラーヌスの名前は万能。アリューシアには更に効果的だろう。
 プラーヌスという言葉を聞いて、彼女の表情が再び変わる。まるでプラーヌスが傍に来たかのように、彼女は心なしか顔を赤らめる。

 「・・・わかった、だったら仕方ないわね。でもいつ行くの? いつ帰ってくるの? 街なんかに何の用があるの?」

 「これからすぐに行く。今日中には帰ってくるだろうけど、夜中になるかもしれない。この塔を守ってくれる傭兵を雇いに行くんだ」

 「夜中ですって? じゃあ、今日は少しも時間はないってことなの、シュショテ?」

 「す、すいません。明日にはきっと」

 「むかつく。仕返しするから! 覚えてなさい」

 「おいおい、アリューシア。何なら、俺が魔法の指導をしてやるよ」

 カルファルが言う。
 彼の声を聞いて、アリューシアがきっと彼をにらむ。

 「けっこうよ、カルファル。あなたは私に近づいてらいけないはずだけど?」

 「はて、そんな決まりなどあったかな? あったとしても、そういう決まり事を踏みつけるのが、俺の生き甲斐だけど?」

 アリューシアは更に鋭い眼差しでカルファルをにらむ。カルファルはそれをニヤニヤしながら受け止める。

 「ああ、もう、何もかも最悪だわ・・・」

 アリューシアはカルファルをにらんでいた視線を大空に向けて、ため息を吐いた。
 彼女は最悪な気分のときでも下を見るのではなくて、空を見上げる性格のようだ。とはいえ、本来の美しい横顔は、不快そうに歪んでいる。

 「最悪、最悪、本当に不愉快だわ・・・」

 そのような言葉を、私たちに聞こえる声でつぶやき続ける。「どいつもこいつも、誰の私のことなんて」

 そうだわ! 

 しかしアリューシアは何か思いついたようで、突如、その表情がパッと輝いた。

 「私もあんたたちと一緒に街に行けばいいんじゃない!」

 「な、何だって? 街に遊びで行くんじゃないぞ」

 「そうよ、少しの時間も惜しいのよ。だからあんたたちについていって、ちょっとの合間でも勉強するつもりなのよ! 何か文句あるの!」 

 「じゃあ、俺も行くかな」

 カルファルが言う。

 「君は来なくていい。いや、絶対についてくるな」

 「何だよ、随分な態度だな、シャグラン、え?」

 「わかったよ、アリューシア。来たいなら、来ればいい」

 アリューシアとカルファルを塔に残すのは何だか不安だ。
 私はカルファルの澄ました表情を見ながら思う。
 この男、その心の裡で何を企んでいるかわかったものではない。いや、きっとろくなことを考えてはいない。
 出来るだけ二人を引き離しておくべきであろう。間違いなく、アリューシアもそれを望んでいる。

 「では、私も参りましょう」

 サンチーヌも言う。

 「あなたも来なくていいわ。どうせすぐに帰ってくるから」

 「しかしお嬢様」

 「今日は三人で行きます。アリューシアは僕が責任を持って無事に送り届けします。ちょっと街に買い出しにいくようなものですから」

 「そうよ、あなたがいたら息が詰まるわ」

 そういうわけで、私とシュショテだけでなく、アリューシアまで街についてくることになった。
 私はバルザ殿に挨拶をして、すぐ旅立つ。
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