73 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第四章 11)アリューシアの章
しおりを挟む
(ああ、魔法の何という美しさ)
魔法使いが宝石を取り出し、それを指先で弾くと、鉄のように硬いはずの宝石が粉々に砕けて、その破片がキラキラと光の中に散乱した。
そしてどこからか、青白い光が炸裂する。魔法使いに腕を掴まれながら、アリューシアはその光景をうっとり眺めている。
窓の外から、大蛇のように太い風が吹き込んできた。見慣れた模様のカーテンが裏返る。
魔法使いの銀色の髪と、アリューシアの麻色の髪が同じ方向になびいた。
その強い風とは何の関係もなく、アリューシアの身体がふわりと浮かび上がる。
自分の身体から、魂か精神かがフワッと抜き出たような感触を感じるが、そんなことは錯覚だということも同時に認識する。
部屋の天井が近づいてくる。それに直撃するかと思われた寸前、天井は消え、魔法使いとアリューシアの身体は宙の上。
見下ろすと部屋も屋敷も庭も消えうせていて、黒い夜の闇しか見えない。
キャーと言いながら、アリューシアは魔法使いの身体にしがみついた。
いや、それと同じくらいの力で、魔法使いがアリューシアの身体を抱き寄せてくれている。
(いったい何が起きているのだろう。こんな奇跡が起きるなんて)
さっきから何度も同じ感想を抱いているが、アリューシアはまた改めてそんなことを思う。
自分のすぐ傍で、あの人が呼吸しているのだ。彼の息遣い、その暖かさを感じる。
もう諦めかけていたとき、魔法使いのほうからアリューシアを求めてきた。
(求めてきただって・・・)
アリューシアは自分で選んだ言葉にうっとりとしてしまう。
でも事実、私は求められたのだと彼女は思う。きっと、これまでずっとアリューシアが、彼に熱い視線を送り続けていたことが功を奏したのだ。
その決断を下されたのはいつなのか知らないが、魔法使いはアリューシアを自分のものにしようと決めたのである。その結果、アリューシアは奪われてしまった。
確かにこれはあまりに乱暴な手段で、他の男がこのような行為に出ようものならば、決して許しはしないけれど。しかし私たちは相思相愛なのだから問題なし。
(このまま、どこまでも着いていこう。さよなら、パパとママ)
ふわりふわりと浮かんでいた身体が、今度は急降下していく。
濃淡の異なる暗闇が次々と迫ってきて、やがて闇自体がパッと立ち消え、短い雑草と乾いた土で出来た平らな地面が視界に広がる。
「うわ」と声を上げると共に、アリューシアは地面に手を突く。
「到着だよ」
魔法使いの声が聞こえる。返事をしようと思うけど、船酔いをしたかのように気持ち悪い。
視界が凄まじい勢いで回転していて、それがなかなか止まらないのだ。
そのせいで立ち上がることも出来ない。それどころか気持ちが悪すぎて、胃の中を全て戻してしまいそうだ。
しかしそれだけは絶対に我慢しなければいけない。だってあの人が見ているのだから。
「我慢しないほうが良い。吐いたほうが楽になるはずだ」
その言葉に甘えたわけではなかった。限界まで我慢をしたのだけど耐え切れず、アリューシアは吐いてしまっただけだ。
アリューシアは吐きながら涙を流した。せっかく愛されかけていたのに、これでまた嫌われてしまうかもしれない。
しかし何という大量の汚物が口から溢れてくるのだろう。
砂は乾いていて堅そうで、掘れそうにない。そんなことを試みたら、爪も割れて血が流れてきそうだ。それならば上着服を脱いで、それで汚物を隠したほうがまだまし。上着は汚れてしまうが、それ以外に方法はない。
「瞬間移動の魔法だ。馴れない者には辛い。仕方ないさ」
魔法使いの優しい声が降り落ちてきた。「すぐそこに小川がある。そこで口をそそげばいい」
「は、はい、ありがとうございます、でもどうして、そんなに優しいのですか?」
「何だって? 僕が優しいだって?」
君は人質になったんだぜ。もしかしたら生きて帰ることは出来ないかもしれない。
魔法使いは少し驚いた表情で言った。
いや、実際のところ、彼は驚いたのではなくて、アリューシアのそのような反応をある程度予想しながら、彼女の想いなど知らないという演技をしただけなのかもしれないが。
「はい。もうあの屋敷に帰りたくありません」
しかしアリューシアは彼の言葉を聞いていない。
いくつかのフレーズだけに反応し、そう返した。
「私、プラーヌス様にどこまでついていきます!」
魔法使いが宝石を取り出し、それを指先で弾くと、鉄のように硬いはずの宝石が粉々に砕けて、その破片がキラキラと光の中に散乱した。
そしてどこからか、青白い光が炸裂する。魔法使いに腕を掴まれながら、アリューシアはその光景をうっとり眺めている。
窓の外から、大蛇のように太い風が吹き込んできた。見慣れた模様のカーテンが裏返る。
魔法使いの銀色の髪と、アリューシアの麻色の髪が同じ方向になびいた。
その強い風とは何の関係もなく、アリューシアの身体がふわりと浮かび上がる。
自分の身体から、魂か精神かがフワッと抜き出たような感触を感じるが、そんなことは錯覚だということも同時に認識する。
部屋の天井が近づいてくる。それに直撃するかと思われた寸前、天井は消え、魔法使いとアリューシアの身体は宙の上。
見下ろすと部屋も屋敷も庭も消えうせていて、黒い夜の闇しか見えない。
キャーと言いながら、アリューシアは魔法使いの身体にしがみついた。
いや、それと同じくらいの力で、魔法使いがアリューシアの身体を抱き寄せてくれている。
(いったい何が起きているのだろう。こんな奇跡が起きるなんて)
さっきから何度も同じ感想を抱いているが、アリューシアはまた改めてそんなことを思う。
自分のすぐ傍で、あの人が呼吸しているのだ。彼の息遣い、その暖かさを感じる。
もう諦めかけていたとき、魔法使いのほうからアリューシアを求めてきた。
(求めてきただって・・・)
アリューシアは自分で選んだ言葉にうっとりとしてしまう。
でも事実、私は求められたのだと彼女は思う。きっと、これまでずっとアリューシアが、彼に熱い視線を送り続けていたことが功を奏したのだ。
その決断を下されたのはいつなのか知らないが、魔法使いはアリューシアを自分のものにしようと決めたのである。その結果、アリューシアは奪われてしまった。
確かにこれはあまりに乱暴な手段で、他の男がこのような行為に出ようものならば、決して許しはしないけれど。しかし私たちは相思相愛なのだから問題なし。
(このまま、どこまでも着いていこう。さよなら、パパとママ)
ふわりふわりと浮かんでいた身体が、今度は急降下していく。
濃淡の異なる暗闇が次々と迫ってきて、やがて闇自体がパッと立ち消え、短い雑草と乾いた土で出来た平らな地面が視界に広がる。
「うわ」と声を上げると共に、アリューシアは地面に手を突く。
「到着だよ」
魔法使いの声が聞こえる。返事をしようと思うけど、船酔いをしたかのように気持ち悪い。
視界が凄まじい勢いで回転していて、それがなかなか止まらないのだ。
そのせいで立ち上がることも出来ない。それどころか気持ちが悪すぎて、胃の中を全て戻してしまいそうだ。
しかしそれだけは絶対に我慢しなければいけない。だってあの人が見ているのだから。
「我慢しないほうが良い。吐いたほうが楽になるはずだ」
その言葉に甘えたわけではなかった。限界まで我慢をしたのだけど耐え切れず、アリューシアは吐いてしまっただけだ。
アリューシアは吐きながら涙を流した。せっかく愛されかけていたのに、これでまた嫌われてしまうかもしれない。
しかし何という大量の汚物が口から溢れてくるのだろう。
砂は乾いていて堅そうで、掘れそうにない。そんなことを試みたら、爪も割れて血が流れてきそうだ。それならば上着服を脱いで、それで汚物を隠したほうがまだまし。上着は汚れてしまうが、それ以外に方法はない。
「瞬間移動の魔法だ。馴れない者には辛い。仕方ないさ」
魔法使いの優しい声が降り落ちてきた。「すぐそこに小川がある。そこで口をそそげばいい」
「は、はい、ありがとうございます、でもどうして、そんなに優しいのですか?」
「何だって? 僕が優しいだって?」
君は人質になったんだぜ。もしかしたら生きて帰ることは出来ないかもしれない。
魔法使いは少し驚いた表情で言った。
いや、実際のところ、彼は驚いたのではなくて、アリューシアのそのような反応をある程度予想しながら、彼女の想いなど知らないという演技をしただけなのかもしれないが。
「はい。もうあの屋敷に帰りたくありません」
しかしアリューシアは彼の言葉を聞いていない。
いくつかのフレーズだけに反応し、そう返した。
「私、プラーヌス様にどこまでついていきます!」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる