私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
上 下
64 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第四章 2)アリューシアの章

しおりを挟む
 ギャラック家の軍勢が敗走していき、その戦いは完全に終結したにもかかわらず、あの魔法使いはボーアホーブ家の屋敷から出ていきはしなかった。
 アリューシアはその辺りの事情に詳しくはないのであるが、どうやら約束の報酬をきっちりと回収するため、彼は屋敷に居座り続けているということらしい。

 ボーアホーブ家はその魔法使いへの報酬を出し渋っていたのである。
 しかしそれも仕方のないことであった。その報酬はあまりに膨大。ボーアホーブ家といえども、簡単に供出出来る額ではない。

 「当初の約束通りの報酬を馬鹿正直に支払えば、我々は破産してしまうだろう。領民の財産の半分を宝石にして支払うなど無茶なこと」

 「わかっています父上。それでも約束は約束。違えることは出来ません」

 「もちろんだ、ボーアホーブ家の評判に関わる。しかしお前はあの男と共に戦い、その信を得たのであろう。交渉の余地はあるはずだ」

 どうにかして値引きして貰えと、父は兄のアランに言うのである。
 もちろん今はアランが領主。最終的な決断は彼が下すことになる。

 「出来る限りのことはしています。しかし期待に応えることが出来るかどうか」

 アランは、屋敷に仕える会計士、領地に住む豪商や裕福な貴族たちと連日会い、掻き集められるだけの宝石を掻き集めていた。
 もちろん、それらは収奪するのではなく、ボーアホーブ家が買い取るのである。
 いずれ、税金を上げてその分を緩やかに賄うことになるだろうが、ボーアホーブ家の貯め込んだ全ての財産を投げ打っても、約束の報酬に届きそうにない金額。
 やはり父のアドバイス通り、交渉して何とか値下げしてもらうしかなさそうである。
 実際、アランは何度も交渉に及んでいた。しかし魔法使いは首を縦に振ることはない。
 だからと言って、向こうが痺れを切らすまでダラダラと交渉を引き延ばせばいいという問題でもない。
 その間、あの魔法使いはボーアホーブの屋敷に居座り続ける。
 彼の存在は、ボーアホーブ家に対して、大変なる圧迫、心理的負担をもたらしていた。
 誰も彼もが一刻も早く、あの魔法使いがここから去ってくれることを望んでいる。
 ボーアホーブ家は、彼の魔法の凄まじさを間近で体験しているのだ。その扱いを間違えてしまえば、敵の軍勢を鮮やかに虐殺した手際を、次はこちらに向けてくるかもしれない。
 ボーアホーブが彼を恐れ、忌み嫌うのも当然。

 しかしこの屋敷でただ一人、あの魔法使いがこの屋敷に居座り続けているという現実を、心の底から喜んでいた者がいる。
 アリューシアだ。
 あの魔法使いは昼過ぎまで眠り続け、日が沈み始める頃、手持ち無沙汰に、屋敷の庭を歩いたりしていた。
 アリューシアはその姿を窓から見ている。

 (これほど美しい人間がこの世に存在していたなんて。しかも彼は私たちを救ってくれた)

 天使でしょ? 翼は見当たらないけれど。
 しかも純白の衣装ではなく、闇よりも濃い黒だけど。

 彼の姿が目に入るたび、アリューシアの心臓は跳ね上がる。頬は上気して、呼吸するのが苦しくなる。
 そしてなぜだか苦しくて堪らないのに、全てのものに感謝したくなる。
 太陽に、花に、風に、空に。いや、戦争すら、アリューシアは感謝したくなるのである。

 (だって彼と出会えたのは、ギャラック家のおかげでしょ? 彼らが私たち領土に侵入してきたから)

 アリューシアはこっそりと彼の姿を窓から眺めるだけでなく、彼の影を踏むことが出来るくらいに近づいたことだってある。
 その魔法使いはボーアホーブ家の夕食会に、気まぐれに列席することがあったのだ。
 もちろん、ボーアホーブ家と親交を深めるためなどではなく、嫌がらせのためであったようであるが。彼は自分の存在を周囲に示すことで、さっさと報酬を支払えと催促していたのである。

 ボーアホーブ家に連なる一族、家臣、その家族などが列席する夕食会に、あのいつもの黒い装束を身に纏って現れる。
 彼はボーアホーブ家を救った救世主である。その事実を認めない物は誰一人いない。
 多くの者がこの魔法使いに深い感謝を捧げている。彼が尊敬されているのは間違いのないことであろう。
 しかしそれ以上に、恐れられ、忌み嫌われている。

 アリューシアが魅力に思うのは、この魔法使いがその事実に少しの気後れもしていないこと。
 むしろ、恐怖と嫌悪に満ちた視線が心地良いとでも言うかのように、ふてぶてしい態度で、それを受け止めている。
 その傲慢な態度が堪らないのである。

 身のこなしは優美で華麗、食事をする姿も美しい。
 どうやら完璧なマナーを身につけているようである。この魔法使いはアリューシアと同じ階級、上級貴族の生まれなのではないか、そんなことを思わせる。
 しかし彼は貴族的であるようでいて、それとはまるで別物だということが、その傲慢な態度からよくわかるとアリューシアは思う。
 貴族たちは、女性からの温かい言葉を冷笑で報いたり、無視したりしない。男性からの握手の手を振り払うわけがない。貴族が貴族たりえるのは、その礼儀正しさによるのだから。
 しかしその魔法使いはそのようなものにまるで顧慮しないのだ。

 (本当に素敵だわ)

 アリューシアは熱い眼差しを魔法使いに送る。
 周りの大人たちは、彼と食卓を同じにすると食事が不味くなると言いたげであるが、アリューシアは彼らと違う理由で食事が喉を通らない。
 果てしない胸の高鳴りが、育ち盛りのアリューシアから食欲を奪うのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...