私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
上 下
33 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第二章 9)アリューシアの章

しおりを挟む
 (この人は、私の父を心の底から馬鹿にしているようだ)

 アリューシアは父と魔法使いのやり取りを伺いながら思った。

 (確かに父は何度も戦いに敗れ、疲れ切っている。まるで別人みたいになっている。それでも世界に冠たるボーアホーブ家の当主。そんな父をこんなふうに扱うなんて!)

 アリューシアはこの魔法使いに不思議な好感を抱いていた。
 いや、好感なんて生ぬるい表現だ。見た瞬間、彼の異様な雰囲気に、すっかりと魅了されてしまっていた。
 しかし父に対するあまりに無礼な態度に、その好感は跡形もなく消え去ろうとしている。

 (こんな人の言いなりになるくらいなら、この城を捨てて、逃げたほうがましだわ!)

 アリューシアの考えはそんなふうに傾き始めていた。

 (人の弱みに付け込もうとするなんて、どんな人でも許すことは出来ないもん!)

 アリューシアの父も、彼女の同じ意見のようであった。
 この魔法使いと相対してからずっと厳しい面持ちであったが、今、その眉の皺は更に険しく刻み込まれた。

 「魔法使いとは楽な商売だな。そなたはきっと、この戦いに勝とうが負けようが、報酬だけは受け取り、ここから去っていくだろう。この戦いの勝ち敗けに関係なく、利だけを得る。一方、我がボーアホーブ家は、そなたに財産を毟り取られ、ギャラック家からも奪われる。二重の屈辱を受けることになるかもしれない。危険な賭けだ」

 「その危険な賭けに挑むか、避けるか、それはあなたが判断するべきこと」

 魔法使いの男は、父の器量を試すかのように言う。「僕の知ったことではありませんよ」

 「私に判断しろだと! お前などに言われるまでもなく、私はこれまで数々の修羅場で重い判断を下してきた。その判断の結果、ボーアホーブ家の繁栄を築いてきたのだ」

 「まあ、そのようですね」

 魔法使いの男は父のこれまでの功績は認めるとでも言いたげに、高い天井の部屋を見渡し、その部屋に飾られた豪勢な調度品を見渡す。
 それは確かに高価で、貴重な品物ばかり。

 「私が今より少しでも若ければ、すぐに判断を下していたであろう。答えはノーだ。お前のような無礼な魔法使いなどすぐに追い出し、もう一度兵をまとめ、最後の戦いに死力を尽くしていたであろう」

 「ち、父上! 待って下さい!」

 兄のアランが慌てて声を上げた。「この戦いに敗れれば、我々ボーアホーブ家は何もかも奪われ、永遠に再興することは不可能になります。しかし今、多くの財産を差し出したとしても、領民たちと領地さえ守ることが出来れば、これからまた、いくらでも財産を築き出すことは可能なはず。今は耐えるべきときです」

 「アラン! それがお前の意見か!」

 父はもう椅子に腰掛けようともしないで、立ったまま語り続けた。「先の見えない明日のために、この卑劣な魔法使いにボーアホーブ家の財産の大半を明け渡すなど、私には考えることも出来ない。それくらいならば」

 「その心情、このアランも変わりありません。しかしこのままでは、ギャラック家との戦いに敗れることは確実。その最悪の明日はすぐそこに迫っています。それを回避するのがまず先決のはず」

 「その最悪の明日を回避出来るかどうもわからない」

 「ですが戦ってみなければ!」

 そう反論しかけたアランを制して父は続ける。

 「たとえ、もしこの戦いに勝ったとしても、これからの私の人生は暗い雲に包まれ続けるだろう。莫大な借財を前に、心が晴れることはひと時もないはずだ」

 そこまで語って、父の口調は更に意気消沈した感じに変わった。「私は老いた。残された時間は少ない。遠い明日の希望に想いを馳せることは出来ない。この戦いに賭ける熱意もかき消えたようだ」

 「父上、しかし!」

 父のあまりに弱気で身勝手な意見を前にして、いつでも冷静なアランの感情も、激しい怒りに震えているようにアリューシアには見えた。
 その怒りのせいなのか、アランは反論の言葉が上手く出てこないよう。
 アリューシアにも兄の怒りは理解出来た。
 父はボーアホーブ家が滅亡することを受け入れているのも同然。しかも、ちっぽけな誇りを優先して、戦うことを諦めようとしている。

そんな父は、アランに向かって更に言葉を投げ放つ。
しかし父の次の言葉を聞いて、アランの表情から怒りは消えた。

 「私の熱意は消えた、そう言っただけだ。だがお前は若い。それゆえ未熟でお人好しだが、まだまだこの先がある」

 「・・・は、はい」

 言葉にならないほどの怒りから、それは困惑に変じた。

 「若いお前ならば、この暗い雲の先に光を見ることもあるかもしれない。ボーアホーブ家の行く末は全てお前に任せる。アラン、もはやお前の好きなようにするがいい」

 父はそう言って、その魔法使いのほうを振り向きもせずに部屋を出ていった。
 その後ろ姿はこれ以上話し合うのも不愉快。会談は決裂と語っているようである。
 しかし、結果はその逆。この魔法使いを雇い、最後の戦いに討って出るよう、アランに全てを託したのだ。

 アランはすぐに事態を飲み込めないようであったが、やがて父の言葉の真意を理解して、ぐっと唇をかんだ。

 「何としてでも、このボーアホーブ家を守ってみせます!」

 そう言って、感謝の込もった表情で父の背中を見送り続けた。
 そんなアランの横顔を、魔法使いは特に際立った表情を浮かべるでもなく、ただ静かに眺める。
 そしてアリューシアは、兄とその魔法使いの姿を交互に見つめる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...