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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第一章 20)反故
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夕方から始まった客との接見は、夕食の時間まで続いた。
短い時間ではあったが、待機していた客の半分ほどを処理することが出来た。
嬉しそうに帰っていった客、不満そうな客、その反応はそれぞれだったが、その作業は私の想像以上にスムーズに運んだ。
プラーヌスの客のあしらいは本当に巧みであった。
しかしそのスムーズさに、喜んでばかりもいられなかった。アリューシアが謁見の間の端っこのほうに立って、その様子をずっと眺めている。
呆然自失といった感じである。掛ける言葉も見つからない。その華やかドレスのせいか、まるで人形が打ち捨てられているかのよう。
「昨日、いきなり抱きついたんですって、お嬢様」
「そう、きっと、それがいけなかったんですよ」
「まあ、さっさとお屋敷に帰られるので、私たちは有り難いけど」
「でも、あんなに楽しみにしてらしたのですから、お嬢様はさぞショックでしょうね」
プラーヌスが客と接見している間、彼女のことが心配になって、そっと様子を見に行ったのであるが、侍女たちがアリューシアの真後ろでそんなことを言い合っていた。
容赦のない言葉である。
侍女たちも主と同じくらい打ち沈んだ雰囲気かと思ったら、彼女たちはアリューシアの感情と随分距離を取っているようだ。
アリューシアを慰めるでもなく、むしろその失策を囃し立てている。なかなか面白い主従関係だ。
「うるさいわね、さっきから!」
しかし当然、アリューシアは侍女たちの言葉が気に入らない様子。
彼女は声を荒げて言った。
「確かに私が馬鹿だったかもしれないわ。本当に失礼なことをしてしまったと思う。だけどそのミスをどうやって挽回させるか考えるのが、あんたたちの仕事でしょ!」
「そうは仰いますがお嬢様、もうこれは、絶望的な状況です」
「はい、一切話しを聞いてくれないのですから、手の打ちようがありません」
「もう一度、シャグラン殿に頼ってみるのはどうでしょうか?」
「あんな奴に頼ったのが、そもそもの間違いだったのよ! 他の方法考えなさいよ」
アリューシアが声を荒げる。
「お嬢様、ちょうどシャグラン殿がいらっしゃいましたが」
アリューシアの言葉を聞いて、そっとその場を立ち去ろうと思ったのであるが、侍女の一人に見つかってしまったようだ。私は仕方なく足を止める。
「すまないね、アリューシア」
睨み付けてくるようにこっちを見てくるアリューシアに向かって、私は言った。
「すまないね、ですって? そんな言葉で済むような問題じゃないわ! 私はこの日を本当に心待ちにしていたのよ。それなのに!」
「うん、それはよくわかってる」
「話しくらい聞いて下さってもいいじゃない。プラーヌス様の意地悪! って言うか、何とかしてよ、それがあなたの仕事でしょ」
「それが僕の仕事かどうかは、検討の余地はあるけど、とにかくもう一度、彼に話してみよう。明日には何とか会えるように取り計らうよ」
「当然よ。でも食事の件はなかったことに」
アリューシアが言ってきた。
「何だって?」
「ミリューとアバンドンが作る、最高の夕食を提供するって話しよ。悔しいから食べさせてあげない」
「おいおい、そ、それは筋が違うじゃないか」
「筋なんて知ったことじゃないわ。とにかくプラーヌス様とお話しが出来るまで、ご馳走はお預けってこと」
「なるほど、わかったよ」
二人の料理が楽しみだったので、昼食を抜いたくらいの私だ。それが食べられないのは残念だけど、アリューシアの怒りだって理解出来なくもない。
しかし一旦は約束したものをあっさりと反故にするのは、どう考えても子供っぽいことだ。もちろん、アリューシアはどっから見ても子供なのだから仕方ないことであるが。
「もう一度彼を説得するよ。どれだけ真剣に弟子入りしたいかっていう君の想いを、彼にしっかり話してやる。他に何か伝えたいことはないか」
私はアリューシアへの腹立ちを抑えながら、そう言ってやる。
「そ、そうね、今、上位の魔法の言語の勉強も始めている。この年齢でそこまで出来る子なんてほとんどいないはず」
「ふーん、そうなんだ」
魔法についての不案内な私には、よくわからないことであるが、しかしアリューシアが自信満々で言っているのだから、それはきっと自慢に値するのだろう。「伝えておこう」
「で、その証拠として私の書いた魔法のプログラムを、プラーヌス様にお見せしてよ。これなんだけど」
アリューシアは侍女の一人に向かって手を差し出す。侍女の一人がカバンの中から羊皮紙の束を取り出し、それを彼女に手渡した。
「これを読んだら、きっとプラーヌス様はおっしゃるはずよ。『若いのに、なかなかやるじゃないか』ってね」
私はその羊皮紙の束を受け取り、パラパラとめくって中を見る。そこには私の知っている言語の体系とはまるで別の、文字列がびっしりと書き込まれていた。
「これを君が書いたのかい?」
「そうよ、凄いでしょ?」
「僕にはよくわからないものだけど。でも必ずプラーヌスに見せる」
「絶対よ。ああ、私もお腹が空いたわ。ミリューとアバンドンに食事の用意をさせて」
ちょうど、今日最後の客がプラーヌスの前を辞していった。
それと同時にプラーヌスの姿が謁見の間からかき消えた。
アリューシアは、チャンスさえあればプラーヌスの前に駆け寄ろうとチャンスを伺っていた様子だったが、プラーヌスはその隙すら与えなかった。
プラーヌスがいなくなったのを見て、アリューシアも打ち沈んだ様子で謁見の間を去ろうと歩き出す。
私の空腹感も限界に近い。しかし予定が変更された。すぐに夕食を食べることは出来ないかもしれない。
私はアビュの姿を探す。彼女はさっきまで、客たちをここまで案内する係りをしていたから、すぐ近くにいた。
「アビュ、いつもの料理人に食事の準備をさせてくれ」
「あれ? 今日はお客さんが連れてきた料理人が、とっておきの作ってくれるんじゃなかったの?」
「その予定だったけど。アリューシアが臍を曲げてしまったんだよ」
「嘘! じゃあ、私も食べれないわけ? 何よ、それ、最悪じゃない! ずっと楽しみにしてたのに。いきなり言われても、多分、すぐに準備できないと思うけど? 今夜は休みだと思って、もう寝てるかもよ」
アビュが苛立ちをあらわにしてくる。
「寝ていたら叩き起こしてでも作らせてくれ。僕はこれからプラーヌスに事情を説明して、食事が遅れる理由を話してくる」
それも憂鬱な作業である。もしかしたらその事情を話せば、アリューシアへの心象は更に悪くなってしまうかもしれない。
しかし嘘をついてまで、アリューシアは庇う気もない。私だってそれほど優しい人間ではない。それに空腹過ぎて、もう嘘をつくだけの気力もないのだ。
短い時間ではあったが、待機していた客の半分ほどを処理することが出来た。
嬉しそうに帰っていった客、不満そうな客、その反応はそれぞれだったが、その作業は私の想像以上にスムーズに運んだ。
プラーヌスの客のあしらいは本当に巧みであった。
しかしそのスムーズさに、喜んでばかりもいられなかった。アリューシアが謁見の間の端っこのほうに立って、その様子をずっと眺めている。
呆然自失といった感じである。掛ける言葉も見つからない。その華やかドレスのせいか、まるで人形が打ち捨てられているかのよう。
「昨日、いきなり抱きついたんですって、お嬢様」
「そう、きっと、それがいけなかったんですよ」
「まあ、さっさとお屋敷に帰られるので、私たちは有り難いけど」
「でも、あんなに楽しみにしてらしたのですから、お嬢様はさぞショックでしょうね」
プラーヌスが客と接見している間、彼女のことが心配になって、そっと様子を見に行ったのであるが、侍女たちがアリューシアの真後ろでそんなことを言い合っていた。
容赦のない言葉である。
侍女たちも主と同じくらい打ち沈んだ雰囲気かと思ったら、彼女たちはアリューシアの感情と随分距離を取っているようだ。
アリューシアを慰めるでもなく、むしろその失策を囃し立てている。なかなか面白い主従関係だ。
「うるさいわね、さっきから!」
しかし当然、アリューシアは侍女たちの言葉が気に入らない様子。
彼女は声を荒げて言った。
「確かに私が馬鹿だったかもしれないわ。本当に失礼なことをしてしまったと思う。だけどそのミスをどうやって挽回させるか考えるのが、あんたたちの仕事でしょ!」
「そうは仰いますがお嬢様、もうこれは、絶望的な状況です」
「はい、一切話しを聞いてくれないのですから、手の打ちようがありません」
「もう一度、シャグラン殿に頼ってみるのはどうでしょうか?」
「あんな奴に頼ったのが、そもそもの間違いだったのよ! 他の方法考えなさいよ」
アリューシアが声を荒げる。
「お嬢様、ちょうどシャグラン殿がいらっしゃいましたが」
アリューシアの言葉を聞いて、そっとその場を立ち去ろうと思ったのであるが、侍女の一人に見つかってしまったようだ。私は仕方なく足を止める。
「すまないね、アリューシア」
睨み付けてくるようにこっちを見てくるアリューシアに向かって、私は言った。
「すまないね、ですって? そんな言葉で済むような問題じゃないわ! 私はこの日を本当に心待ちにしていたのよ。それなのに!」
「うん、それはよくわかってる」
「話しくらい聞いて下さってもいいじゃない。プラーヌス様の意地悪! って言うか、何とかしてよ、それがあなたの仕事でしょ」
「それが僕の仕事かどうかは、検討の余地はあるけど、とにかくもう一度、彼に話してみよう。明日には何とか会えるように取り計らうよ」
「当然よ。でも食事の件はなかったことに」
アリューシアが言ってきた。
「何だって?」
「ミリューとアバンドンが作る、最高の夕食を提供するって話しよ。悔しいから食べさせてあげない」
「おいおい、そ、それは筋が違うじゃないか」
「筋なんて知ったことじゃないわ。とにかくプラーヌス様とお話しが出来るまで、ご馳走はお預けってこと」
「なるほど、わかったよ」
二人の料理が楽しみだったので、昼食を抜いたくらいの私だ。それが食べられないのは残念だけど、アリューシアの怒りだって理解出来なくもない。
しかし一旦は約束したものをあっさりと反故にするのは、どう考えても子供っぽいことだ。もちろん、アリューシアはどっから見ても子供なのだから仕方ないことであるが。
「もう一度彼を説得するよ。どれだけ真剣に弟子入りしたいかっていう君の想いを、彼にしっかり話してやる。他に何か伝えたいことはないか」
私はアリューシアへの腹立ちを抑えながら、そう言ってやる。
「そ、そうね、今、上位の魔法の言語の勉強も始めている。この年齢でそこまで出来る子なんてほとんどいないはず」
「ふーん、そうなんだ」
魔法についての不案内な私には、よくわからないことであるが、しかしアリューシアが自信満々で言っているのだから、それはきっと自慢に値するのだろう。「伝えておこう」
「で、その証拠として私の書いた魔法のプログラムを、プラーヌス様にお見せしてよ。これなんだけど」
アリューシアは侍女の一人に向かって手を差し出す。侍女の一人がカバンの中から羊皮紙の束を取り出し、それを彼女に手渡した。
「これを読んだら、きっとプラーヌス様はおっしゃるはずよ。『若いのに、なかなかやるじゃないか』ってね」
私はその羊皮紙の束を受け取り、パラパラとめくって中を見る。そこには私の知っている言語の体系とはまるで別の、文字列がびっしりと書き込まれていた。
「これを君が書いたのかい?」
「そうよ、凄いでしょ?」
「僕にはよくわからないものだけど。でも必ずプラーヌスに見せる」
「絶対よ。ああ、私もお腹が空いたわ。ミリューとアバンドンに食事の用意をさせて」
ちょうど、今日最後の客がプラーヌスの前を辞していった。
それと同時にプラーヌスの姿が謁見の間からかき消えた。
アリューシアは、チャンスさえあればプラーヌスの前に駆け寄ろうとチャンスを伺っていた様子だったが、プラーヌスはその隙すら与えなかった。
プラーヌスがいなくなったのを見て、アリューシアも打ち沈んだ様子で謁見の間を去ろうと歩き出す。
私の空腹感も限界に近い。しかし予定が変更された。すぐに夕食を食べることは出来ないかもしれない。
私はアビュの姿を探す。彼女はさっきまで、客たちをここまで案内する係りをしていたから、すぐ近くにいた。
「アビュ、いつもの料理人に食事の準備をさせてくれ」
「あれ? 今日はお客さんが連れてきた料理人が、とっておきの作ってくれるんじゃなかったの?」
「その予定だったけど。アリューシアが臍を曲げてしまったんだよ」
「嘘! じゃあ、私も食べれないわけ? 何よ、それ、最悪じゃない! ずっと楽しみにしてたのに。いきなり言われても、多分、すぐに準備できないと思うけど? 今夜は休みだと思って、もう寝てるかもよ」
アビュが苛立ちをあらわにしてくる。
「寝ていたら叩き起こしてでも作らせてくれ。僕はこれからプラーヌスに事情を説明して、食事が遅れる理由を話してくる」
それも憂鬱な作業である。もしかしたらその事情を話せば、アリューシアへの心象は更に悪くなってしまうかもしれない。
しかし嘘をついてまで、アリューシアは庇う気もない。私だってそれほど優しい人間ではない。それに空腹過ぎて、もう嘘をつくだけの気力もないのだ。
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