13 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第一章 13)野菜の皮の剥き方
しおりを挟む
召使いたちが昼食を摂る時間は過ぎていたので、食堂は閑散としていた。厨房にも誰もいないだろう。
私は自分でパンを用意して、冷えたスープを温めるために火を起こさなければいけない。料理は苦手だが、まあ、スープを温めることくらいは出来る。
厨房の奥の、食器が置かれている部屋の更に奥に食糧庫がある。ここに、今日の分の食料が保管されているはずだ。
塔の住人はゆうに千人を越すのだから、食糧庫だけでも大変な大きさである。
その広大な食糧庫の中に、食糧庫には様々な食料が余裕を持って保管されている。私が気軽にそれを持っていけるのも、そのおかげである。
地下にはもっと大きな食糧庫があり、街で調達した食糧品や、この塔の食料調達係が集めた木の実、野菜、獲物の肉などが運び込まれている。
プラーヌスの魔法の力で、この塔の敷地内にある花は決して枯れることがなくなった。
その魔法は食料品にも効果があるようで、花と同様、野菜や生肉も腐ったり傷んだりすることはなくなったそうだ。
そのお陰で、せっかく確保した食糧品を腐らせてしまうこともなくなり、この塔の食糧事情は劇的に良くなっているらしい。
とはいえ、それでもこれだけの数の住人を食べさせていくのは簡単ではない。
塔の歴史は長く、その中には優秀な食料調達係も存在したのであろう、食料品は干したり、塩漬けにしたり、燻製にしたり、様々な工夫で保管されていた。その努力は見上げたものである。
私はそうやって確保された食料品の一つを食するために、厨房に入った。
今日はベーコンでもパンに載せようかな。あの塩味はけっこう癖になる。そんなことを思いながら。
しかし誰もいないと思った厨房に人の気配がした。
しかもかなりの騒々しさである。
「不器用ね、あんた。本当に右利き? 足を使ったほうがマシなんじゃない」
「うるさいわね! それが客に向かって言うこと?」
アビュの声が聞こえてくる。それともう一人、同じ年頃の少女の声だ。
アビュ・・・、ついこの間まで人形で遊んでいたような年齢の少女であるが、私の最も信頼出来る助手である。
私のことをボスと呼んで、素直に命令に従ってくれる唯一の部下。他の召使たちと私との間を仲介しくれる伝達人でもある。
彼女がいなければ、この塔での仕事は何一つ進まず、私はとっくのこの仕事を投げ出していたであろう。
「おい、アビュ、何を騒いでいるんだよ?」
私は厨房の入り口をくぐりながら声をかけた。アビュは料理台の前で野菜の皮剥きでもしているようだ。その右手に小さな包丁を持っているのが見える。
彼女の隣にいるのは、アリューシアだった。
アリューシアもアビュと同様、野菜の皮を剥いていたようであるが、今は手に持った包丁を、アビュの喉元に突きつけんばかりに怒っている。「謝りなさい、この庶民!」
「あっ、ボス、聞いて。この子、野菜の皮剥きも出来ないのよ」
ちょっと、この物騒なものを降ろしなさいよ! アビュは包丁を突き付けてくるアリューシアをにらみながら言う。
「初めてやったんだから出来るわけないでしょ!」
アリューシアは開き直ったように言う。
しかし彼女もその事実が悔しそうではある。
まあ、実際、貴族の娘が野菜の皮など剥く必要はないであろう。全ては召使たちがやってくれるのだ。極端な話し、彼女くらいの貴族になれば自分で自分の服を着る必要もないのである。
「じゃあ、あなたは馬に乗れるの?」
逆にアリューシアがアビュに言い返した。
「乗れるけど。鞍なしでも大丈夫」
「はあ? 何ですって! 何て野蛮なの。なら、ダンスは?」
「余裕よ」
「三拍子のリズムに乗れるのね?」
「三拍子?」
「そうよ! 私の言っているダンスは、あんたのような身分の低い、庶民がやる下品なダンスとは違うのよ。王様や王子様の前で、こうやってクルと回って」
アリューシアは軽やかな身振りで、スカートの裾を翻しながら、フワリと身体を一回転する。「妖精か、翼人のように華麗に舞うの。あんたみたいな田舎者に、それが出来るのかしら?」
「・・・知らない」
その言葉を聞いた途端、アリューシアに対する全ての興味を無くしたといった感じで、アビュは彼女に背を向け、私に言ってくる。「ねえ、ボス、もうあっちは片付いたの? もうそろそろ手伝いに行かないとって思っていたんだけど」
「ああ、何とかなったよ」
「ちょっとあんた、私の話し、聞いてるの?」
アリューシアが言う。
「え? 聞いてないけど。全然興味ないから」
「本当に失礼な庶民だわ!」
「うるさいわね、庶民、庶民って!」
「おいおい、二人とも仲良くするんだ。同じ年頃の女の子同士だろ?」
私のその言葉に、アビュとアリューシアは「嫌!」と同時に叫んだ。
「じゃあ、ボスは同じ年頃の男性となら、どんなに性格が悪くても仲良くするの?」
「そうよ、友達選びは年齢じゃなくて性格が重要でしょ? ってちょっと、誰の性格が悪いって?」
「あんたよ!」
やれやれである。私の言葉が火に油を注いでしまったようで、二人はまた唾を飛ばしながら、再び言い合いを始める。
私は自分でパンを用意して、冷えたスープを温めるために火を起こさなければいけない。料理は苦手だが、まあ、スープを温めることくらいは出来る。
厨房の奥の、食器が置かれている部屋の更に奥に食糧庫がある。ここに、今日の分の食料が保管されているはずだ。
塔の住人はゆうに千人を越すのだから、食糧庫だけでも大変な大きさである。
その広大な食糧庫の中に、食糧庫には様々な食料が余裕を持って保管されている。私が気軽にそれを持っていけるのも、そのおかげである。
地下にはもっと大きな食糧庫があり、街で調達した食糧品や、この塔の食料調達係が集めた木の実、野菜、獲物の肉などが運び込まれている。
プラーヌスの魔法の力で、この塔の敷地内にある花は決して枯れることがなくなった。
その魔法は食料品にも効果があるようで、花と同様、野菜や生肉も腐ったり傷んだりすることはなくなったそうだ。
そのお陰で、せっかく確保した食糧品を腐らせてしまうこともなくなり、この塔の食糧事情は劇的に良くなっているらしい。
とはいえ、それでもこれだけの数の住人を食べさせていくのは簡単ではない。
塔の歴史は長く、その中には優秀な食料調達係も存在したのであろう、食料品は干したり、塩漬けにしたり、燻製にしたり、様々な工夫で保管されていた。その努力は見上げたものである。
私はそうやって確保された食料品の一つを食するために、厨房に入った。
今日はベーコンでもパンに載せようかな。あの塩味はけっこう癖になる。そんなことを思いながら。
しかし誰もいないと思った厨房に人の気配がした。
しかもかなりの騒々しさである。
「不器用ね、あんた。本当に右利き? 足を使ったほうがマシなんじゃない」
「うるさいわね! それが客に向かって言うこと?」
アビュの声が聞こえてくる。それともう一人、同じ年頃の少女の声だ。
アビュ・・・、ついこの間まで人形で遊んでいたような年齢の少女であるが、私の最も信頼出来る助手である。
私のことをボスと呼んで、素直に命令に従ってくれる唯一の部下。他の召使たちと私との間を仲介しくれる伝達人でもある。
彼女がいなければ、この塔での仕事は何一つ進まず、私はとっくのこの仕事を投げ出していたであろう。
「おい、アビュ、何を騒いでいるんだよ?」
私は厨房の入り口をくぐりながら声をかけた。アビュは料理台の前で野菜の皮剥きでもしているようだ。その右手に小さな包丁を持っているのが見える。
彼女の隣にいるのは、アリューシアだった。
アリューシアもアビュと同様、野菜の皮を剥いていたようであるが、今は手に持った包丁を、アビュの喉元に突きつけんばかりに怒っている。「謝りなさい、この庶民!」
「あっ、ボス、聞いて。この子、野菜の皮剥きも出来ないのよ」
ちょっと、この物騒なものを降ろしなさいよ! アビュは包丁を突き付けてくるアリューシアをにらみながら言う。
「初めてやったんだから出来るわけないでしょ!」
アリューシアは開き直ったように言う。
しかし彼女もその事実が悔しそうではある。
まあ、実際、貴族の娘が野菜の皮など剥く必要はないであろう。全ては召使たちがやってくれるのだ。極端な話し、彼女くらいの貴族になれば自分で自分の服を着る必要もないのである。
「じゃあ、あなたは馬に乗れるの?」
逆にアリューシアがアビュに言い返した。
「乗れるけど。鞍なしでも大丈夫」
「はあ? 何ですって! 何て野蛮なの。なら、ダンスは?」
「余裕よ」
「三拍子のリズムに乗れるのね?」
「三拍子?」
「そうよ! 私の言っているダンスは、あんたのような身分の低い、庶民がやる下品なダンスとは違うのよ。王様や王子様の前で、こうやってクルと回って」
アリューシアは軽やかな身振りで、スカートの裾を翻しながら、フワリと身体を一回転する。「妖精か、翼人のように華麗に舞うの。あんたみたいな田舎者に、それが出来るのかしら?」
「・・・知らない」
その言葉を聞いた途端、アリューシアに対する全ての興味を無くしたといった感じで、アビュは彼女に背を向け、私に言ってくる。「ねえ、ボス、もうあっちは片付いたの? もうそろそろ手伝いに行かないとって思っていたんだけど」
「ああ、何とかなったよ」
「ちょっとあんた、私の話し、聞いてるの?」
アリューシアが言う。
「え? 聞いてないけど。全然興味ないから」
「本当に失礼な庶民だわ!」
「うるさいわね、庶民、庶民って!」
「おいおい、二人とも仲良くするんだ。同じ年頃の女の子同士だろ?」
私のその言葉に、アビュとアリューシアは「嫌!」と同時に叫んだ。
「じゃあ、ボスは同じ年頃の男性となら、どんなに性格が悪くても仲良くするの?」
「そうよ、友達選びは年齢じゃなくて性格が重要でしょ? ってちょっと、誰の性格が悪いって?」
「あんたよ!」
やれやれである。私の言葉が火に油を注いでしまったようで、二人はまた唾を飛ばしながら、再び言い合いを始める。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる