私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第九章 8)浮いている死体

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 それは悪夢の中の光景が、間違って現実に入り込んできたような、不気味で、異様で、とても非現実的で、私も、隣に立っていたアリューシアも声が出ず、ただただ呆然として、その光景を見上げる他なかった。
 悪夢の中でも、例えば高熱にうなされているときに見てしまう、とりわけ質の悪い、本当に嫌な悪夢。目覚めても、しばらく最悪な気分が続くような最悪の悪夢。夢だとわかっても、どうにも割り切れない強烈な衝撃。
 これが悪夢ならば、私はその恐怖の中、いずれ目覚めただろう。多量の寝汗をかきつつも、夢で良かったと一息つけるのだ。
 もし、これが悪夢ならば、その死体は笑い声を上げたり、叫び出したり、躍り出したりしたのかもしれない。
 しかし現実の死体は、身動き一つしなかった。

 私たちはギルドに連れられて、彼らのアジトに向かっていた。その前に、見せたいものがあると言われ、その通りに連れていかれた。
 居城に続く裏手の大通り。数日前、そこでギャラックと、ギルドが率いる抵抗軍との戦いがあったらしい。

 「その戦いには勝ったのか?」

 カルファルが尋ねる。

 「いえ、その戦いの結末が、その場にまだ生々しく残っています」

 私たちは声をひそめ、足音を立てないよう、用心深く周りを伺いながら歩いている。
 ギルドという騎士にとって、ここは生まれ育った街である。ギャラックの見回りの兵が知りえない路地などを知り尽くしている。我々は敵に見つかることなく、その目的の場所に辿り着くことが出来た。

 「そこは大通りです。もしかしたら、敵がまだ哨戒しているかもしれません。路地から、こっそり伺い見るほうが良いでしょう」

 「おいおい、そこまでして見なければいけないのかよ」

 カルファルの問いに、ギルドは静かに頷く。「その先です」

 どうやら到着したようだ。私たちは大通りに出る手前の建物に身体を隠し、充分に注意を払いながら、ギルドの指差したほうに視線をやる。
 通りは静かだった。広い通りに死体が転がっていたわけでもない。折れた武器や防具は転がっていたが、私が恐れていたような死体の切れ端が無残に散乱している様子などはなかった。
 どういうことなのかとギルドに尋ねようとしたときだ。私たちはそれに気づいた。

 その上に、たくさんの人たちが浮いていたのだ。
 手を伸ばしても届かないくらい、宙に高く、ふんわりと。風に、あるいは大地の震動に呼応したように、少し揺れながら。

 それは死体だった。縄で首を吊るされた首吊り死体。
 十数体の死体が宙に浮いていたのだ。首に巻き付けられた縄の先端は、何かに引っ掛けられたわけではないよう。それはただ、夜空に浮いている。

 どのようなカラクリなのかわからない。建物と建物の間に細い糸が張り渡されているわけでもないようだ。だって右側に建物は立っているが、その反対側には何もないのだから。
 それに、死体の浮いている高さはそれぞれバラバラであった。

 「魔法です」

 ギルドの声が聞こえる。「こうやって、多くの者が惨殺されました」

 魔法? 

 「ああ、そうか、あの縄は宙に浮く仕組みになっているんだ。だからあれに巻き付けられると、自然と首を絞められ、身体は足場を失う」

 カルファルが口を開いた。

 「どういうことさ?」

 「縄に魔法がかかっているんだよ。宙に浮いていく魔法だよ。それが首にかかると、どうなってしまうか、お前にだってわかるだろ?」

 「わからない!」

 「ああなるのさ! つまり、宙吊り、絞首刑だ・・・。最悪な奴らが相手だな。知っているぜ、俺だって、そいつらの噂くらい。相手は仮面兵団」

 「仮面兵団・・・」

 いや、私も名前くらい聞いたことがある。その戦い方の残酷さで知られる傭兵団。戦場や傭兵について、本当に疎い私でも知っている名前の一つ。

 「ギャラック家はとんでもない悪魔と契約を交わしたな。アリューシア、奴らの魔法にかかると、俺たちも終わりだ」

 カルファルが表情をしかめる。「端的に言えば、逃げたほうがいい」

 「こんなの見せられて、逃げられるわけないでしょ!」

 それまでずっと黙っていたアリューシアが、ようやく声を出した。その口調が怒りに満ちていることは言うまでもない。

 「それに、確かに奇妙な魔法だけど、あんなの別にどうってことないんじゃないの」

 宙で揺れる死体をアリューシアはずっと見上げている。これらの死体はボーアホーブの兵士たちだ。もしかしたら彼女の知っている顔だってあるかもしれない。
 夜も暗くて、確かめることは出来ない遠さであるが、彼女は必死に視線を凝らしている。

 「あいつらの縄が首にかかると、そこから逃れる術がない。魔法のシールドだって効かないのさ」

 「シールドが?」

 「シールドの上から、シールドごと縄で首を閉められるからな。だから奴らは、魔法使いからも恐れられている」

 「す、素晴らしい魔法ね。私も使いたい」

 「それがお前の感想かよ。ガキ過ぎて、飽きれるぜ。あいつらと遭遇したら、お前だって死ぬっていうのに?」

 「そうね、でもすごい魔法ね」

 アリューシアはその死を見上げている。そこには怒りと悲しみ、そして大いなる恐怖。それだけじゃない、何か不思議な憧憬の光のようなものも宿っていたのかもしれない。
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