私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
上 下
163 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第八章 10)アリューシアの章

しおりを挟む
 王の遣いと言えば、とても身分の高い大臣だ。王の分身と言っても良い。移動のため、黄金で飾られた豪華な馬車を、何台も何台も連ねてきているはず。
 今晩は満月である。馬車の屋根を飾る黄金は月明りを受け止め、キラキラと反射させていることだろう。
 馬車を守る、屈強な騎士や従士たちもついているに違いない。彼らの白銀の鎧や、穂先を天に向けた槍も、その月明りにきらめいているはず。
 もしかしたら楽士たちを従えているかもしれない。だとすれば、黄金や白銀の輝きと一緒に、小太鼓のリズムや、ホルンやラッパの音を響かせ、この塔に近づいてきている。
 その光景を見てみたい気はする。アリューシアのような貴族でも、そう簡単に見ることの出来ない隊列。

 「ずっと待っていたんだ、我々は王の遣いを! プラーヌスがこの塔の主に就任したことを承認する書状を持ってくるらしい」

 シャグランは妙な感動に声を震わせて、そんなことを言ってくる。

 「なるほど、彼らはプラーヌス様に会いに来たのね」

 「そうさ。心を込めて丁重に迎えなければいけない」

 「どうしよう、ボス。私、王の遣いなんて迎えたことないよ」

 アビュも緊張しているようだ。当然のことであろう、王やら貴族やらと無縁な人生を送ってきたこの平民たちにとって、王の遣いは本当に恐れ多い存在。

 「当たり前だ。僕だってない。とにかく失礼があってはならない」

 「シャグラン、お仕事のようね。ボーアホーブには私たちだけで帰る」

 王の遣いが到着したということはそういうことだ。残念だったわねと、アリューシアはシャグランに言う。

 「お前はしっかり留守番を勤めな。アリューシアは俺が守ってやる」

 カルファルもアリューシアの言葉を受け継いで、こんなことを言ってきた。

 「カルファル、あなたも着いてくる気なの? 来なくていいわ。それにこの際だからはっきり言っておくけど、もう、どれだけアプローチしても無駄よ。私はプラーヌス様を諦めることはないから」

 「そう言われると余計に燃える。今、決心した。俺は行くことにしたぜ」

 「いや、留守番なんてしない。僕も行くよ」

 困ったように唇を噛みながら下を向いていたシャグランが、きっと顔を上げた。

 「アビュ、本当に申し訳ないのだけど・・・」

 「え? な、何よ、もしかして?」

 「王の遣いの歓迎に関する全ては、君に任せる。・・・アリューシアを放っておくことは出来ない」

 「え? ちょっと待って、う、嘘でしょ」

 「無理して来なくてもいいって、言ってるでしょ」

 アリューシアもアビュの意見に同意してやる。

 「そうだ、すっかり忘れていた」

 シャグランは窓の外に目をやった。「もうこんな時間か。プラーヌスと会う時間をとっくに過ぎた。彼は怒っているかもしれないな」

 「うん、本当に怒ってたよ! 早く謝ったほうがいい。一応、私から事情は話しておいたけど、納得していない。するわけないじゃん、あの人が!」

 「いや、今、プラーヌスに会うと、引き留められてしまう。すぐにボーアホーブに行こう、アリューシア!」

 「だから、あんたなんて留守番していればいいわ。足手まといなんだから」

 「そうよ、ボス。ここで働くのが仕事でしょ!」

 「いや、そうもいかない」

 しかしシャグランは断固として引き下がらない。自分が参加するかどうかで、この戦いの行方が決せられるとでも言いたげな態度。

 「プラーヌスに引き留められる前に、さっさと出発しよう」

 挙句の果て、彼はそう言って、さっさと魔法陣のほうに移動していく。
 以前、アリューシアとシャグラン、シュショテの三人でアリュエールの街に飛んで行ったことがある。そのときの魔法陣がこの部屋に残っている。

 「ところで、どこに飛ぶんだ?」

 カルファルも出発を催促するように、シャグランのあとに続いて魔法陣に立った。

 「えーと、クリストフってボーアホーブお抱えの魔法使いの部屋。そこに魔法陣があって」

 仕方なく、アリューシアも魔法陣に向かう。何やら彼らが拵えた道筋に乗せられているような気もするが、一刻も早くボーアホーブに向かいたいのは彼女が一番だ。

 「城内はギャラックの兵だらけかもしれない。そこは安全なのか? 到着してすぐ、死にたくないぜ」

 カルファルが言ってくる。本当に文句が多い連中だ。いい加減、アリューシアはうんざりしてきた。

 「彼の家は居城の外。ボーアホーブ領の城壁の中だけど、外れのほうにあるから安心だと思う」

 「そうか、いずれにしろ、油断はならないぜ」

 わかっているわ、そんなこと。さあ、サンチーヌ! 
 アリューシアはサンチーヌ、アデライド、ミリュー、アバンドン、彼女がこの塔に連れてきた付き人たちに視線をやり、早く魔法陣に来るように誘う。
 しかしサンチーヌが言ってきた。

 「お嬢様、そしてシャグラン殿、私たちは留守を預かります。シャグラン殿に代わり、王の遣いの歓待を勤めます」

 「何ですって? あなたは帰らないつもりなの?」

 いや、しかしサンチーヌがそのようなことを言うことを、アリューシアは予想していた。
 彼の家族の安否は不明。彼らも一刻も早く、自分たちの家族の安否を確かめたいはず。でもサンチーヌたちも剣は使えない。彼らが足手まといになるのは確か。

 「ドニとエドガルだけを送ります。シャグラン殿、戦いになったとしても、この二人は役に立つはず」

 「サンチーヌ殿、本当に有り難いことです。塔の留守、あなたに任せます。その代わりアリューシアの命は僕たちが守る」

 「信じておりますぞ、シャグラン殿」

 シャグランとサンチーヌは、熱い眼差しを交わしている。いつの間に、二人の間にこのような信頼感が形成されていたのだろうか。
 アリューシアは驚きながら二人を見比べる。どうやらこの塔に来て、変わったのは自分だけではなかったようだ。

 しかしサンチーヌがここに残るということは、全ての目的を終えたあとにも、アリューシアが返ってくる場所はこの塔だということ。
 ボーアホーブが滅んだ今も、サンチーヌたちはアリューシアと運命を共にすると言ってくれているのだ。
 さりげないけれど、これはお互いにとって大きな決断。

 「みんなの家族も、ちゃんと連れて帰ってくるからね」

 アリューシアは瞬間移動の魔法を使って、ボーアホーブ領へ飛ぶ。その間際、王の遣いに帯同している楽師たちの奏でる楽音が、窓の外からかすかに聞こえてきた気がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

処理中です...