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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第八章 10)アリューシアの章
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王の遣いと言えば、とても身分の高い大臣だ。王の分身と言っても良い。移動のため、黄金で飾られた豪華な馬車を、何台も何台も連ねてきているはず。
今晩は満月である。馬車の屋根を飾る黄金は月明りを受け止め、キラキラと反射させていることだろう。
馬車を守る、屈強な騎士や従士たちもついているに違いない。彼らの白銀の鎧や、穂先を天に向けた槍も、その月明りにきらめいているはず。
もしかしたら楽士たちを従えているかもしれない。だとすれば、黄金や白銀の輝きと一緒に、小太鼓のリズムや、ホルンやラッパの音を響かせ、この塔に近づいてきている。
その光景を見てみたい気はする。アリューシアのような貴族でも、そう簡単に見ることの出来ない隊列。
「ずっと待っていたんだ、我々は王の遣いを! プラーヌスがこの塔の主に就任したことを承認する書状を持ってくるらしい」
シャグランは妙な感動に声を震わせて、そんなことを言ってくる。
「なるほど、彼らはプラーヌス様に会いに来たのね」
「そうさ。心を込めて丁重に迎えなければいけない」
「どうしよう、ボス。私、王の遣いなんて迎えたことないよ」
アビュも緊張しているようだ。当然のことであろう、王やら貴族やらと無縁な人生を送ってきたこの平民たちにとって、王の遣いは本当に恐れ多い存在。
「当たり前だ。僕だってない。とにかく失礼があってはならない」
「シャグラン、お仕事のようね。ボーアホーブには私たちだけで帰る」
王の遣いが到着したということはそういうことだ。残念だったわねと、アリューシアはシャグランに言う。
「お前はしっかり留守番を勤めな。アリューシアは俺が守ってやる」
カルファルもアリューシアの言葉を受け継いで、こんなことを言ってきた。
「カルファル、あなたも着いてくる気なの? 来なくていいわ。それにこの際だからはっきり言っておくけど、もう、どれだけアプローチしても無駄よ。私はプラーヌス様を諦めることはないから」
「そう言われると余計に燃える。今、決心した。俺は行くことにしたぜ」
「いや、留守番なんてしない。僕も行くよ」
困ったように唇を噛みながら下を向いていたシャグランが、きっと顔を上げた。
「アビュ、本当に申し訳ないのだけど・・・」
「え? な、何よ、もしかして?」
「王の遣いの歓迎に関する全ては、君に任せる。・・・アリューシアを放っておくことは出来ない」
「え? ちょっと待って、う、嘘でしょ」
「無理して来なくてもいいって、言ってるでしょ」
アリューシアもアビュの意見に同意してやる。
「そうだ、すっかり忘れていた」
シャグランは窓の外に目をやった。「もうこんな時間か。プラーヌスと会う時間をとっくに過ぎた。彼は怒っているかもしれないな」
「うん、本当に怒ってたよ! 早く謝ったほうがいい。一応、私から事情は話しておいたけど、納得していない。するわけないじゃん、あの人が!」
「いや、今、プラーヌスに会うと、引き留められてしまう。すぐにボーアホーブに行こう、アリューシア!」
「だから、あんたなんて留守番していればいいわ。足手まといなんだから」
「そうよ、ボス。ここで働くのが仕事でしょ!」
「いや、そうもいかない」
しかしシャグランは断固として引き下がらない。自分が参加するかどうかで、この戦いの行方が決せられるとでも言いたげな態度。
「プラーヌスに引き留められる前に、さっさと出発しよう」
挙句の果て、彼はそう言って、さっさと魔法陣のほうに移動していく。
以前、アリューシアとシャグラン、シュショテの三人でアリュエールの街に飛んで行ったことがある。そのときの魔法陣がこの部屋に残っている。
「ところで、どこに飛ぶんだ?」
カルファルも出発を催促するように、シャグランのあとに続いて魔法陣に立った。
「えーと、クリストフってボーアホーブお抱えの魔法使いの部屋。そこに魔法陣があって」
仕方なく、アリューシアも魔法陣に向かう。何やら彼らが拵えた道筋に乗せられているような気もするが、一刻も早くボーアホーブに向かいたいのは彼女が一番だ。
「城内はギャラックの兵だらけかもしれない。そこは安全なのか? 到着してすぐ、死にたくないぜ」
カルファルが言ってくる。本当に文句が多い連中だ。いい加減、アリューシアはうんざりしてきた。
「彼の家は居城の外。ボーアホーブ領の城壁の中だけど、外れのほうにあるから安心だと思う」
「そうか、いずれにしろ、油断はならないぜ」
わかっているわ、そんなこと。さあ、サンチーヌ!
アリューシアはサンチーヌ、アデライド、ミリュー、アバンドン、彼女がこの塔に連れてきた付き人たちに視線をやり、早く魔法陣に来るように誘う。
しかしサンチーヌが言ってきた。
「お嬢様、そしてシャグラン殿、私たちは留守を預かります。シャグラン殿に代わり、王の遣いの歓待を勤めます」
「何ですって? あなたは帰らないつもりなの?」
いや、しかしサンチーヌがそのようなことを言うことを、アリューシアは予想していた。
彼の家族の安否は不明。彼らも一刻も早く、自分たちの家族の安否を確かめたいはず。でもサンチーヌたちも剣は使えない。彼らが足手まといになるのは確か。
「ドニとエドガルだけを送ります。シャグラン殿、戦いになったとしても、この二人は役に立つはず」
「サンチーヌ殿、本当に有り難いことです。塔の留守、あなたに任せます。その代わりアリューシアの命は僕たちが守る」
「信じておりますぞ、シャグラン殿」
シャグランとサンチーヌは、熱い眼差しを交わしている。いつの間に、二人の間にこのような信頼感が形成されていたのだろうか。
アリューシアは驚きながら二人を見比べる。どうやらこの塔に来て、変わったのは自分だけではなかったようだ。
しかしサンチーヌがここに残るということは、全ての目的を終えたあとにも、アリューシアが返ってくる場所はこの塔だということ。
ボーアホーブが滅んだ今も、サンチーヌたちはアリューシアと運命を共にすると言ってくれているのだ。
さりげないけれど、これはお互いにとって大きな決断。
「みんなの家族も、ちゃんと連れて帰ってくるからね」
アリューシアは瞬間移動の魔法を使って、ボーアホーブ領へ飛ぶ。その間際、王の遣いに帯同している楽師たちの奏でる楽音が、窓の外からかすかに聞こえてきた気がした。
今晩は満月である。馬車の屋根を飾る黄金は月明りを受け止め、キラキラと反射させていることだろう。
馬車を守る、屈強な騎士や従士たちもついているに違いない。彼らの白銀の鎧や、穂先を天に向けた槍も、その月明りにきらめいているはず。
もしかしたら楽士たちを従えているかもしれない。だとすれば、黄金や白銀の輝きと一緒に、小太鼓のリズムや、ホルンやラッパの音を響かせ、この塔に近づいてきている。
その光景を見てみたい気はする。アリューシアのような貴族でも、そう簡単に見ることの出来ない隊列。
「ずっと待っていたんだ、我々は王の遣いを! プラーヌスがこの塔の主に就任したことを承認する書状を持ってくるらしい」
シャグランは妙な感動に声を震わせて、そんなことを言ってくる。
「なるほど、彼らはプラーヌス様に会いに来たのね」
「そうさ。心を込めて丁重に迎えなければいけない」
「どうしよう、ボス。私、王の遣いなんて迎えたことないよ」
アビュも緊張しているようだ。当然のことであろう、王やら貴族やらと無縁な人生を送ってきたこの平民たちにとって、王の遣いは本当に恐れ多い存在。
「当たり前だ。僕だってない。とにかく失礼があってはならない」
「シャグラン、お仕事のようね。ボーアホーブには私たちだけで帰る」
王の遣いが到着したということはそういうことだ。残念だったわねと、アリューシアはシャグランに言う。
「お前はしっかり留守番を勤めな。アリューシアは俺が守ってやる」
カルファルもアリューシアの言葉を受け継いで、こんなことを言ってきた。
「カルファル、あなたも着いてくる気なの? 来なくていいわ。それにこの際だからはっきり言っておくけど、もう、どれだけアプローチしても無駄よ。私はプラーヌス様を諦めることはないから」
「そう言われると余計に燃える。今、決心した。俺は行くことにしたぜ」
「いや、留守番なんてしない。僕も行くよ」
困ったように唇を噛みながら下を向いていたシャグランが、きっと顔を上げた。
「アビュ、本当に申し訳ないのだけど・・・」
「え? な、何よ、もしかして?」
「王の遣いの歓迎に関する全ては、君に任せる。・・・アリューシアを放っておくことは出来ない」
「え? ちょっと待って、う、嘘でしょ」
「無理して来なくてもいいって、言ってるでしょ」
アリューシアもアビュの意見に同意してやる。
「そうだ、すっかり忘れていた」
シャグランは窓の外に目をやった。「もうこんな時間か。プラーヌスと会う時間をとっくに過ぎた。彼は怒っているかもしれないな」
「うん、本当に怒ってたよ! 早く謝ったほうがいい。一応、私から事情は話しておいたけど、納得していない。するわけないじゃん、あの人が!」
「いや、今、プラーヌスに会うと、引き留められてしまう。すぐにボーアホーブに行こう、アリューシア!」
「だから、あんたなんて留守番していればいいわ。足手まといなんだから」
「そうよ、ボス。ここで働くのが仕事でしょ!」
「いや、そうもいかない」
しかしシャグランは断固として引き下がらない。自分が参加するかどうかで、この戦いの行方が決せられるとでも言いたげな態度。
「プラーヌスに引き留められる前に、さっさと出発しよう」
挙句の果て、彼はそう言って、さっさと魔法陣のほうに移動していく。
以前、アリューシアとシャグラン、シュショテの三人でアリュエールの街に飛んで行ったことがある。そのときの魔法陣がこの部屋に残っている。
「ところで、どこに飛ぶんだ?」
カルファルも出発を催促するように、シャグランのあとに続いて魔法陣に立った。
「えーと、クリストフってボーアホーブお抱えの魔法使いの部屋。そこに魔法陣があって」
仕方なく、アリューシアも魔法陣に向かう。何やら彼らが拵えた道筋に乗せられているような気もするが、一刻も早くボーアホーブに向かいたいのは彼女が一番だ。
「城内はギャラックの兵だらけかもしれない。そこは安全なのか? 到着してすぐ、死にたくないぜ」
カルファルが言ってくる。本当に文句が多い連中だ。いい加減、アリューシアはうんざりしてきた。
「彼の家は居城の外。ボーアホーブ領の城壁の中だけど、外れのほうにあるから安心だと思う」
「そうか、いずれにしろ、油断はならないぜ」
わかっているわ、そんなこと。さあ、サンチーヌ!
アリューシアはサンチーヌ、アデライド、ミリュー、アバンドン、彼女がこの塔に連れてきた付き人たちに視線をやり、早く魔法陣に来るように誘う。
しかしサンチーヌが言ってきた。
「お嬢様、そしてシャグラン殿、私たちは留守を預かります。シャグラン殿に代わり、王の遣いの歓待を勤めます」
「何ですって? あなたは帰らないつもりなの?」
いや、しかしサンチーヌがそのようなことを言うことを、アリューシアは予想していた。
彼の家族の安否は不明。彼らも一刻も早く、自分たちの家族の安否を確かめたいはず。でもサンチーヌたちも剣は使えない。彼らが足手まといになるのは確か。
「ドニとエドガルだけを送ります。シャグラン殿、戦いになったとしても、この二人は役に立つはず」
「サンチーヌ殿、本当に有り難いことです。塔の留守、あなたに任せます。その代わりアリューシアの命は僕たちが守る」
「信じておりますぞ、シャグラン殿」
シャグランとサンチーヌは、熱い眼差しを交わしている。いつの間に、二人の間にこのような信頼感が形成されていたのだろうか。
アリューシアは驚きながら二人を見比べる。どうやらこの塔に来て、変わったのは自分だけではなかったようだ。
しかしサンチーヌがここに残るということは、全ての目的を終えたあとにも、アリューシアが返ってくる場所はこの塔だということ。
ボーアホーブが滅んだ今も、サンチーヌたちはアリューシアと運命を共にすると言ってくれているのだ。
さりげないけれど、これはお互いにとって大きな決断。
「みんなの家族も、ちゃんと連れて帰ってくるからね」
アリューシアは瞬間移動の魔法を使って、ボーアホーブ領へ飛ぶ。その間際、王の遣いに帯同している楽師たちの奏でる楽音が、窓の外からかすかに聞こえてきた気がした。
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