私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第九章 10)二人の過去

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 記憶を奪った。
 プラーヌスは今、はっきりとその事実を認めた。
 あまりにも呆気なく、その態度は素っ気無かったが、間違いない。
 とてつもなく恐ろしい真実。
 信じたくないような衝撃的事実だれど、私は不思議なくらい、淡々とそれを受け止めた。

 しかし、どうして君はそんなことを? 

 私はつぶやいた。

 「どうしてだって? 君が僕に、落胆したからだよ。僕たちの友情を継続させるために、あれは止むを得ないことだった」

 こんなことを君に話すつもりはなかったのだけど。
 プラーヌスは肩をすくめながら、そう言った。

 「しかし、あれ以外の方法は今でもなかった、そう僕は確信しているよ」

 私が落胆しただって? 

 プラーヌスがいったい何の話をしているのか、まるで理解出来なかった。
 しかしそれこそが、彼が本当に私の記憶を奪ったという証拠かもしれないが。

 「そういえば、そのときも君は、今日と同じような口調と表情で、僕に詰め寄ってきたな。歴史は繰り返すというけど、それは本当だね。僕が人間的に、まるで成長していないことの証しかもしれないけど」

 プラーヌスは自嘲するように微笑んだ。

 「君のような穏やかな人生を歩んできた人間からすれば、僕の生き方は理解出来るようなものじゃなかったのだろう。だから、あのときの君の気持ちは理解出来るよ」

 「な、何があったんだよ? 僕たちの間に」

 「僕たちの間に何があったか・・・。君は僕から話を引き出すのが上手いね。別にたいしたことじゃないさ。僕はある人たちを殺してしまった。仕方なかったんだよ。僕が生き続けるためには、手に掛けざるを得なかった。しかしその人は君にとって、大切な人でもあった。だから君は僕の許から去ろうとした」

 「僕の大切な人?」

 「君はその女性を愛していたらしい。つまらない女性だったが・・・」

 「そ、そんなことがあったなんて、まるで知らない記憶だよ」

 他人のことについて話されているかのようだ。自分の過去の話しではないみたい。
 それとも、プラーヌスは嘘をついて私を騙そうとしているのか。しかしこのような嘘は全くの無意味。

 「エルビエ家と聞いて、何も思い出さないのだとしたら、僕の魔法は完璧な効力を発揮しているということなんだろう。地元では有名な名門貴族だ。僕はその一家の長男ということになっていたんだよ」

 プラーヌスはその話しを淡々とした表情で語り始めた。

 「もちろん実際は赤の他人だったけど、魔法で一家全ての記憶を弄ったのさ。彼らの財産を正式に相続するためにね。偶然、同じ頃、君はその屋敷で肖像画家として働くことになった。それで僕たちは知り合った」

 「わからない」

 私は首を振る。

 「君の話しは、僕の記憶を何一つ刺激しやしない」

 「シャグラン、君は屋敷の子弟たちとも、懇意にしていた。そして僕とも仲良くなった。けっこう楽しい毎日だったのに、その頃のことを思い出してくれないことが悔しいよ。僕たちは気が合う友人同士だった」

 プラーヌスは本当に悔しそうにその言葉を発した。それでもその言葉は、私の心に少しも響いてこなかった。

 「しかしそれも長く続かなかった。そもそも無茶な魔法だったからね。僕だって、いつまでも全ての人間を騙しきれるとは思ってなかったけど、ばれ方が最悪でね、それでやむなくエルビエ家の者を皆殺しさ」

 プラーヌスはその恐ろしい言葉を、さらりと言い放った。

 「み、皆殺しだって?」

 「けっこう血生臭い人生だったのさ。それでようやく、この地位まで辿り着けた。振り返れば、僕の足跡は他人の血で濡れている」

 実際に自分の足跡を確かめるかのように、プラーヌスは一瞬だけ背後に目をやった。
 私も彼の辿ってきた人生に思いを馳せるようにして、そっちの方向に目をやる。
 プラーヌスはすぐにこっちに向き直り、話を続けた。

 「君はそんな僕が許せなかったらしい。しかしこっちからすれば、君を失うわけにはいかなかったからね。僕は君の中から、その記憶を奪った。そして色々と辻褄を合わせるため、記憶を弄った上で、この塔に呼び寄せた」

 プラーヌスは続ける。

 「そのせいかもしれない、僕に関する記憶が君の中であやふやなのは。僕たちが赤の他人だったのではないかって世迷い言を言い出したのも、それが原因だろう。しかしそんなことはないのさ。僕たちは本当の友人だった。実際のところ、記憶は消えたにしても、君の中で継続している感情はあるはずだ。だから、僕たちはこうやっていられるのだから」

 確かに、プラーヌスに友情を感じている。それは間違いない。
 私の胸の中にしかと宿っているその感情が、浅薄な魔法で作られた偽物だとは到底思えないのだ。長い時間をかけて育まれた、現実の感情。

 「だけど、そんなことをしておいて友人だって?」

 しかしだからこそ、彼の話しは無茶苦茶だ。何もかも狂っている。

 「つ、つまりこういうことだろ? 僕たちが友人だったことは事実。しかしそれに関わる記憶の中に、君にとって都合が悪いことがあった。だから君はそれを全て僕から消し去って、その代わり偽の記憶を植え付けた。だから僕が今思い出すことが出来る君に関する記憶は、全て偽物・・・」

 「まあ、そういうことだね。しかし改めて繰り返すけど、友情は全て本物だった。それは嘘でも何でもない」

 「だ、だけど、ありえないよ、プラーヌス! 誰が聞いても、そんな話し納得しやしないだろう」

 都合が悪くなったから、魔法で記憶を奪ったなんて、どうしてそんな酷いことが、友人に対して出来るのか? 

 プラーヌスが友情の意味を理解しているとは思えない。
 こんなのはまるで、主人と奴隷の関係ではないか。

 「そうだね。君が怒る気持ちは、僕だってわかる。そして君がまだ、全ての本質を理解していないってことも。しかしこれ以上、君と話し合う気はない。今回も、前回と同じように、君の記憶を奪わなければいけないようだ。バルザ殿から手紙を貰った事実。この僕との会話。それらを全て綺麗に消し去る。そして何事もなかったかのようにして、昨日までの僕たちの関係に戻る」

 「な、何だって!」

 「その魔法を使うと、自分の記憶も失うリスクがある。失ったことも気づかずに、記憶の一部をなくすんだ。だからけっこう不安だよ。しかし君がいなくなると、もっと困るからね」

 「ど、どうしてだよ? どうして僕なんかがこの塔に必要なんだよ? 代わりは他にもいるじゃないか!」

 「いない、君だけだ」

 「な、なぜだよ?」

 「さっきも言ったとおり、君と僕が本当の友人だからだよ」

 プラーヌスはその白々しいセリフを依然として繰り返した。

 「君は有能だ。それに一緒に居て、とても心地良い。本当に心が美しい素晴らしい人間だと思う。そのような人間は、どこにでもいるようでいて、実際には滅多に出会うことは出来ない。それなのに君がこの塔から出たいというなら、力づくで止めなければいけない」

 君の記憶を奪うよ。

 彼は言った。

 「ちょっと待ってくれよ、プラーヌス!」

 彼は本気だ。間違いなく実行するだろう。プラーヌスが脅しだけでこのようなことを言うはずがない。
 しかし、そんなことが許されるはずがないではないか。

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ、プラーヌス」

 「そういえば、君は女神像も見つけたようだね。こんな物が僕の塔にあったとは、本当に驚きだよ。それだって全て君の手柄だ。改めて君が必要だと、僕は強く感じた」

 「め、女神像・・・」

 や、やはり彼はそのことも察知していたのか。この塔で彼に秘密に出来ることは何一つないのかもしれない。

 「女神像は蛮族たちに返す」

 私はプラーヌスにすがりつくように言った。

 「それでこの戦いを終わらせる。そして僕も、フローリアを諦める、だから僕を解放してくれ」

 「フローリアを諦めるだって? ああ、なるほど、君はそんな誤解をしていたのか。それで返すかどうか、随分迷っていたわけか。違う、フローリアはただの女だ。女神の化身なんてものではないさ」

 「何だって?」

 私は思わず、上ずった声を上げる。

 「彼女が閉じ込められていた地下の牢に女神像があったのは、ただの偶然だろう。そこには蛮族の神官も閉じ込められていた。前の塔の主の残した日誌に目を通しているうちに、僕にも見当がつき始めていたんだけど。前の主は、蛮族の高位の神官を拉致していたんだ」

 「え?」

 「そのときにそれと知らずに、女神像を奪ってしまった。それで蛮族はこの塔を襲うようになったのだ。別にフローリアと女神は何の関係もない」

 君はあの女が好きなのかい? 

 プラーヌスは切れ味の良い刃物を振り下ろしたような鋭い声で、そう尋ねてきた。

 「え・・・ さ、さあね」

 「まあ、どっちでもいい。だけどその勘違いのお陰で女神像は発見されたのだ。一時の劣情に流されたからといって、何も恥じることはないよ」

 いずれにしても、女神像なんて物を奴らに返す必要はないのさ。バルザ殿が門番を務めてくれている限り、この塔は安泰だからね。

 更にプラーヌスは、本当に驚くべきことを言ってきた。

 「バルザ殿の戦い振りを見て、僕の中に野心が芽生えてきた。魔法もいいけど、やはり戦いは剣や槍でするものだ。僕は自分の軍隊が欲しい。軍隊を鍛えるためには、敵が居る」

 「何だって?」

 「だから蛮族たちが定期的に襲来してくれるのは有難い。素晴らしい訓練になるはずだからね」

 正気だとは思えない。まだ君はこの無益な戦いを継続させる気なのか? 
 しかも、そのような自分勝手な理由で。
 女神像を返すことにあれだけ躊躇していた自分に、プラーヌスを責める資格はないのかもしれない。
 しかしこの戦いを終わらせるつもりがないなんて、あまりに酷過ぎる。
 プラーヌス、彼はやはり邪悪な人間だ。

 そのとき、あの泣き声が響き始めた。
 心の底を凍りつかせるような、不気味な女性の泣き声、それが私とプラーヌスの居るフロアに響き出した。いや、きっとこのフロアだけでなく、塔の至るところで聞こえているに違いない。
 その声を聞いて、プラーヌスが不快そうに顔をしかめた。

 「この声も女神像のせいだろう。この塔に置いておくと、いつまでもうるさい。どこか別のところに移そう。しかし、これでこの泣き声問題は解決だ」

 ありがたい、本当にこの声には辟易していたんだ。これも君の功績だね。
プラーヌスはそう言いながら、私に近づいてくる。

 「僕は本当に喋り過ぎた。シャグラン、君にあれやこれや話すつもりはなかったのに。全て忘れて欲しい、君は女神像を見つけなかった。バルザ殿の手紙も読むことはなかった。僕との間のこの会話も全て」

 プラーヌスは懐から宝石を取り出した。そして一瞬の躊躇もなく、何か魔法の言葉を唱え出した。

 ちょっと待ってくれよ、プラーヌス。

 彼は本気で、私の記憶を奪う気のようだ。

 「ま、まだ話は終わってないんだ、プラーヌス!」

 しかしもはや、プラーヌスは私のほうに視線を向けることもなかった。

 私は咄嗟に胸元の指輪を握る。
 このような窮地に陥ったとき、いつもこの指輪に助けを祈ってきた。すると不思議に奇跡が起きた。
 しかし今回に限っては、何も起きそうな気配がない。そんな予感がする。

 もしかしてこの指輪も、プラーヌスのでは? 

 そのとき、そのような直感が心を過ぎった。
 そういえばプラーヌスは、バルザ殿にも指輪を渡していたはずだ。まさに私も彼と同じ状況。それにこの指輪、これをどこで手に入れたのかまるで覚えていないのだ。

 そもそもこれが元凶だったのではないか? 
 こんな物を首にかけているから、私は好き勝手に彼に操られているに違いない。
 きっと指輪の奇跡というのも、プラーヌスの見せた幻。私はずっとプラーヌスの魔法の中で踊っていただけ。

 しかし今頃気づいても、もはや遅過ぎる。
 プラーヌスの魔法が効いてきたのか、少しずつ私の視界の中のプラーヌスがぼやけていく。深く黒い影が差し込み出し、意識もどこかに遠ざかっていく・・・。
 薄れゆき意識の中、プラーヌスが私に語ってくる言葉が聞こえてきた。

 「どうせ記憶なんてものは、僕たちにとって幻のようなものだ。何も確かなものはなくて、全てがアヤフヤ
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