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快適すぎて目的を失う

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 この特にやることのない状況。じゃあ、何かやらなきゃいけないのか。何か生きるための目標とか目的とか作らなきゃならないのか。

 そもそもかつての自分は何の為に働いていたのか。美亜は自分に問う。言ってしまえば、生きるため、生活の基盤を築くためだ。突き詰めればお金を稼ぐため。しかし、この世界でお金の必要性を感じない。生活の基盤は、魔法によって既に確保されてしまった。衣食住全てが満たされたことで十分に生きていける。

 よって、目的を失った……。

 それってどうなんだろう。生きるために目的を持つこと自体が間違っていたという事だろうか。そうなのかもしれない。

 ただ生きる。

 何のために生きるのか、とか考える必要なんてない。目的なんて持たずに、何かやりたいことがあれば、それをやればいい。だから、それまでは何もやる必要はないのかもしれない。

「う~ん。確かに何もやることはないわね……」

 ボソリと呟きながら、紅茶をすする美亜。足を伸ばしてボーッと白い壁紙を眺める。傍には、これまたボーッとした青年が正座している。時々ティーカップに口をつけながら、何の感情をあらわにするでもなく、ただボーッと。

「その格好は、そのままでいいの?」

 そう言いながら、ツカサに向かって顎をクイと上げる美亜。

「うん。なかなか便利なんだ」

 両の手のひらを見つめながら頷くツカサ。あの時以来すっかりこの姿でいることが定着してしまったようだ。

 大宴会で美亜に魔法をかけられ、姿を変えられた動物たち。彼らはその後、自分の意思で元の動物の姿に戻ることが出来た。更には、好きな時に人の姿になることも出来るようになった。美亜の魔法がそういうものだったのか、中途半端だったのか、どのような結果が正しいのかは分からない。そもそも、ここは異世界である。彼らは彼らなりの何らかの異世界的な能力を持っていた。だが、そんなことを美亜は知る由もない。例えば、美亜は大宴会で酔っ払って覚えていないが、彼らはもともと言葉を理解し、話していた。そんな異世界の動物たちに、美亜はこの世界の法則を無視した魔法をかけてしまった。もはや彼らはこの世界において、美亜以上に奇妙奇天烈な存在になってしまったと言わざるをえない。しかし、そんな状況を理解できるわけもない美亜たちであった。

「ふ~ん。まあいいわ、好きにすれば。何だか自由ね」

 そう言いながら、ベッドに寄りかかり天井を見上げる美亜。

「ロデムって付けてもよかったかなぁ」

 独り言のように、ボソリと呟く。

「ロデム?」

 その言葉に反応したツカサが、復唱するように尋ねる。

「そうよ。変身して地を駆けるの」

 ボーッと聞いているツカサを前に、美亜は夢想する。ツカサにまたがって野山を駆け巡る姿を……。しかし、サイズ的に本来のツカサは、柴犬よりちょっと小さいくらいの大きさだ。いくら13歳とはいえ美亜がまたがる姿には無理がある。ほぼ虐待に見えなくもない。ラオウやトキは、ライオンくらいの大きさがあった。そっちの方が現実的だし、ビジュアル的にも何だか映える気がする。今度お願いしてみよう……。

 美亜はそんなことを考えている。ツカサは何を考えているか分からない。ポカポカと暖かい日差しが降り注ぐマンションの一室で、ボーッと紅茶をすする少女と青年。なんとも平和なひと時。

 この世界に時間という概念があるのかどうだかわからないが、何事もなくのんびりと時は流れていく。美亜の存在がこの世界の支配者たちにまだ知られていない、この時点においては……。
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