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第三章 忌み人は闇と踊る

忌み人は闇と踊る(2)

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「おはよう」
「おはようございます」

 朝の教室の中は次々と登校してくるクラスメイトたちの明るい声に満ちています。
 浮かない顔付きをしているのはあたしくらいのモンでしょうね……。





『えええっ!? む、無理っ! 無理ですってばっ!』
『そこを何とか、ね? 学院外に出てしまえば自由に動けるのだけれど、今言ったとおり学院内だけはそうもいかないのよ。あたしたちも遠隔でサポートするから。ね、安里寿ありすのお願い』
『うっ……ず、ずるいですよ、もう!』

 そんなやりとりをし、美女と美少女の頼み事にはノーと言えない哀しき性を背負ったあたしこと嬉野うれしのは、円城寺えんじょうじさんの学院内における警護と監視役を引き受けることになったのです。





 ――ザザ……ッ。

 大正浪漫ロマンを感じさせるとちまたでもっぱら評判の、ボブとは言い難いおかっぱ頭に隠れたあたしの右耳に挿入されている小型通信機が空電音を発します。そのまま耳を澄ますと――。

(――こちら白兎ラビット白鳥姫オデットはおでましか?)

「な――っ!?」

 寝起きのような間延びした口調を耳にして、あたしは思わず飛び出た叫びを慌てて口の中に押し戻します。恐る恐る周囲を見回してみると――ふう、誰の注意も引かなかったようです。

(……白兎はくとさん、白兎さんですよね!? 何でまた急に!?)
(おいおい、そんなに興奮するなって。悪いんだが、JKは守備範囲外でね)
(冗談言っている場合じゃ――!)
(声を潜めろって、馬鹿。大声で独り言喋ってるとそのうち友達無くすぞ?)



 もう!
 ふざけてばっかりなんだから!



 睨みつけたくても相手不在じゃ、誰もいない右側に視線を向けるくらいしかできません。仕方なく長い溜息を吐ききってから、机の上で腕組みしてうつ伏せになり小声で囁きかけます。

(……大体、白鳥姫ってどういうつもりです? 悲劇のヒロイン筆頭じゃないですか!)
(仕方ないだろ。駒鳥クックロビンって名付けようとしたら安里寿から猛反対されちまったんだから)
(当たり前でしょっ! 駒鳥なんて論外ですっ!!)

 自分たちは揃って『アリス』だってのに『マザー・グース』も知らないだなんて呆れちゃいます。駒鳥なんて呼びでもしたら、もう死ぬ運命確定じゃないですか。そりゃ誰だって止めますって。でもそんなあたしの感情なんてお構いなしに、白兎さんはもう一度繰り返します。

(で、白鳥姫はおでましか?)
(はぁ……ついさっきいらっしゃいましたよ。今日もとびっきりの美少――)
(了解。以上通信終わり)

 いっそ耳の中からほじくり出して粉々になるまで踏みつけてやろうかと思ったのですけれど、相当高価な通信機らしいので泣く泣く自制するあたし。損するのは安里寿さんだけですし。

 なので、顔を埋めていた腕の中からそっと身を起し、改めてクラスの光景を、そしてその中心で女神のごとき慈愛に満ちた微笑みを浮かべて皆を迎えている円城寺さんの姿をまじまじと観察します。ふぅ、やっぱり学年TOP5は伊達じゃありませんね。こうして眺めているだけで嬉野の邪念に満ちたけがれし心もたちまち浄化されていくかのようです。

「おっはー、うれしょんっ! ぎゅっ!」
「おはよう、有海あみ。っていうか、今日のスキンシップ激しすぎません? 手のひら全体で堪能できるほど、あたしの胸はありませんよ?」
「だーかーらー! こうやって揉みほぐしてあげれば大きくなるっしょ!」
「実体験ですかそうですか。ゼロは何を掛けてもゼロなんですけど」



 もにゅもにゅもにゅもにゅ。



 考え事に夢中になっていたあたしは、抱きついたままの有海に背後から入念に胸をマッサージされている状態で円城寺さんの一挙手一投足を見逃すまいと見つめます。うーん、特に変わった様子もなく、不安そうでも落ち着かなげでもないですね。意外とああ見えて――んふっ!

「……あ、有海さん? ち、ちょっとやりすぎじゃありませんか?」
「あー。うれしょん、ここがいいんだー? ……こう?」
「んんっ!? や、やめてくださいってば! 一〇〇倍にしてやり返しますよ!?」
「あらあら。仲がよろしいんですのね」

 合法的な反撃の機会を得て喜びのあまりつい目を離した隙に、円城寺さんはあたしたちの目の前に立っていたのです。観察対象ターゲットに逆に観察されてしまうとは、この嬉野なんたる不覚。

「おっはー、あんこ。うらやましーでしょー、にししー」
「お、おはようございます、円城寺さん。これは違うんです違うんですよ?」
「別にお隠しになることでもないでしょう? 仲が良くって悪いことはないですわよ?」

 円城寺さんは慈母のごとき微笑ましい眼差しをあたしたちに向けます。そうでしょうとも。円城寺さんともあろう人に、あたしのような偏った恋愛嗜好があるとは思えませんもん。単に仲の良い生徒同士だと思っているのでしょうね。少なくともあたしは下心満載なのですが。

「さっすが、あんこー。理解力パないしー。ねーねー、ご一緒するー? もみもみー!」
「うふふ。それはやめておきますわ。木崎きさきさんほど上手にできそうにありませんもの」

 円城寺さんの細くて白い指が絡みついてきいて……おう、それはとっても魅力的――とか言っている場合ではなく。もうマッサージだかくすぐりだか曖昧で、息が……く、苦しい!

「い――いい加減やめてくださいよぉおおお! このままじゃ悶え死にますってば! 円城寺さんもそこで微笑ましそうに眺めてないで、この馬鹿有海を止めてくださいって!」
「あらあら」さすがの円城寺さんも慌てた顔をします「そのへんでお許しになってあげて」
「はいはーい。じゃーまた明日やることにしよーっと」
「ううう……。あたし、穢されちゃったよぅ……」

 こうなったら有海にきちんと責任取ってもらって結婚してもらうしかないですね。ボロボロになり涙目になりつつあたしは密かに決意を固めます。乱れた胸元を引き寄せ睨み付けるあたしと、再び襲いかからんと両手をわきわきと蠢かせている有海の視線が火花を散らします。やはりそんなあたしたちの様子を微笑ましく、羨ましそうに見つめて円城寺さんは呟きました。

「……仲の良いお友達、って素敵ですわね」
「んー? あんこだってみんなと仲いーじゃん?」
「それは――そうなのですけれども」

 円城寺さんは微笑みを浮かべたまま、困ったように眉をしかめます。

「みなさんがあたしの事を快く思って下さってるのはとても有難いですわ。けれども……お二人のように、特定の誰かと親密な関係性を築いているかというとそうでもなくって……」
「あー。そりゃまー『みんなの円城寺さん』だしねー」
「ん? ちょっとそれどういう意味なんです、有海?」

 はじめて聞いた言葉です。円城寺さんがそんな呼ばれ方をしているだなんて初耳。

「そのまんまの意味だしー? あんこは『誰かの』じゃなく『みんなの』ってこと」
「うーん……。でも、それってどうなんだろう? あたしだったら寂しいかも……」

 裏を返せば、誰とも親密になってはならぬ、と運命付けられてしまっているようで。

 そのぼんやりした感想を耳にした途端、円城寺さんの緩やかな垂れ目が哀し気に曇ります。それに気付いたのかいないのか、有海が突然ぱちんと手を打ち、顔を寄せて囁きました。

「いーこと思いついたし! じゃさー、この三人で仲良しグループ作っちゃわね? まずはLIMEでグループ作って、お喋りから始めるってのでどーお?」
「うん、いいかも! あたしは賛成。円城寺さんはどうです?」

 円城寺さんは驚いたようにあたしたちの顔を見つめ、とびきりの笑顔を浮かべたのでした。

「え――よろしいんですの!? 嬉しいですわ……あたしのはじめてのお友達……!」
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