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第三章 忌み人は闇と踊る
忌み人は闇と踊る(1)
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貴女は私だけのもの。私は貴女だけのもの。
貴女は私。私は貴女。二人は半分ずつ。運命の悪戯で引き裂かれた二人は、合わせて一人。
◆ ◆ ◆
有海から聞いたのは、思いがけない話でした。
毎週木曜日。
『四十九院探偵事務所』の所長、『動かざる名探偵』こと四十九院安里寿さんは決まってその日の午後、郊外にある『県立総合リハビリテーションセンター』の、とある入院患者の下へ面会に来るのだそうです。
とはいえ、患者の名前も病室も定かではありません。
有海はただ、同性でも思わず見惚れるような美の体現たる安里寿さんの姿に魅了され、馴染みの婦長さんと交わしている会話を何となしに耳にしただけなのでした。
『毎週偉いわね、ホント』
『偉いだなんてそんな……。当たり前のことをしているだけですから』
『それでも偉いわよ。もう一〇年も経つっていうのに、一回も欠かしたことないじゃない?』
『一〇年……そうですよね、もうあれから一〇年過ぎてしまったんですよね――』
一〇年前――一体その時、何が起こったのでしょう?
「し……う……ちゃ……?」
とはいえ、平凡な地味JK代表たるこの嬉野祥子にそれを調べる方法があるのでしょうか?
「しょぉーうぉーこぉーちゃぁーん!?」
「……はっ!?」
「はっ、じゃないわよ、もう!」
塗装も剥げよとキャビネットの上を延々往復させていたピンクのダスターを握り締めたまま思わず我に返って振り向くと、デスクに陣取る安里寿さんは呆れ顔で頬杖をつき苦笑しています。
「さっきからずーっと呼んでるのに! まるでうわの空でぼーっとしちゃって。どうしたの? 恋のオナヤミでもあるのかしら?」
「あ……。い、いえいえ! そんなアレでは……ないんですけれども……」
実はですね――と当の本人相手に正直にお話しできる訳もなく、あははははーと誤魔化しながら拭き掃除を再開するあたし。とはいうものの、この探偵事務所の所長である安里寿さんのデスクを手始めとしてオフィスの隅から隅まですっかり拭き終わってしまいましたので、あと残っているのは混沌の象徴たる白兎さんの散らかり放題のデスクだけですね。
と、そこであたしは見つけてしまったのです。
先日溜まりに溜まっていた吸殻を捨てて綺麗に水洗いし、ピカピカになるまで磨き上げたクリスタルの灰皿に一本だけ、フィルターぎりぎりまで吸い終えた吸殻が捨てられているのを。
これは――あの人の吸い方。
「……白兎さん、戻ってらしたんですか?」
「あらあら? 恋しかった?」
「そそそそんなこと誰が言いました!? 言ってないですよ言ってませんけど!?」
「そうなの? 白兎の方は満更でもなさそうだったけれど」
「またそんな適当なこと言わないでくださいっ!」
おっかしーですね?
何であたしの頬、熱いんでしょうか?
白兎さんは仮にも男性なんですよ、ありえません!
朱に染まった顔の前で手を振り、あたしは危うく曖昧にされそうになった質問を繰り返します。何となく思ったんです、安里寿さんは話を反らそうとしているんじゃないか、って。
「そそそそれよりもですっ! いつ帰って来たんです? 用事ってのは終わったんですか?」
「そうねえ。終わったんじゃないかしら」
安里寿さんは書類保管用のサイドテーブルの引き出しを開け、依頼ファイルを探りながら呑気な声でのんびりと答えます。でも、それが余計にあたしの憶測を肯定しているかのようで。
「白兎のことだもの。所長のあたしにさえロクに報告しないのだから、所員としては失格ね」
ようやく目当てのものを見つけた、という素振りで身を起し、一冊のファイルを振って見せた安里寿さんは茶目っ気たっぷりに軽く肩を竦める仕草をしてみせました。
「そのファイルがそうなんです?」
「え……あ、ああ。こ、これは違うわよ? これはこの前ウチ御指名で相談が来た案件なの」
おっと珍しい。安里寿さんがわずかでも動揺した素振りを見せるだなんて。でもあたしは、それには気付かなかったフリをして、手招きされるまま安里寿さんの隣まで近づきます。
「これ、どういう依頼内容なんですか?」
「端的に言ってしまえばストーカー被害ね。でも、少し妙なのよ」
「妙、とは?」
「うーん。説明が難しいのだけれど……」
安里寿さんは整った眉毛を可愛らしく顰めてナチュラルピンクのルージュをすぼめます。
「犯人はまったくの正体不明。姿形も見えないのに、被害者の行動は分刻みで逐一監視されてるようなの。今何をしていた、さっきはこうだった、そんな文面がメッセージアプリ経由で送られてくるって話なのよ。今のところは直接の被害は無いから良いのだけれど……ねえ?」
「それは、まあ……薄気味悪いですよね。ところで、被害者はどんな人なんです?」
「ん。祥子ちゃんご自慢の脳内データベースならピンと来るんじゃない?」
そういって安里寿さんは手元のファイルをデスクの上に開きます。
記入済みの依頼書と共にクリップで止められている写真に写っていたのは――。
「え……円城寺さん!? これ、あたしと同じクラスの円城寺杏子さんじゃないですか!」
「そ」
艶めいた黒髪ロングと雪のように白い肌。そして他の追随を許さない超絶美少女。確かにそこに写っていたのは、我が校不動の学年TOP5、円城寺杏子さんです。けれど、あの皆を惹き付けてやまない憂いを湛えた切れ長の垂れ目は、微笑んでいるというより何処か悲しげな陰りを帯びているように思えて、あたしの心はたちまち沈みます。一体誰が何の目的で……。
「でね? ここからが肝心なところなの」
安里寿さんはあたしの顔の前で指を三本立て、一本ずつ折りながらこう続けます。
「白兎がいくら得意の変装を駆使しても、もう一度学院内に潜入するのは難しいと思うのよ。そしてこのあたしに関しては、前回の一件で顔を露出し過ぎたわ。放課後の学院外での接触だけだったのだけれど……。白兎曰く、あたしってやけに悪目立ちしちゃうらしいのよね」
まあ、それだけの美人っぷりなら、同性だってなかなか忘れないですよ、うん。
「美弥はアレでしょ? デッサンのヌードモデルで、顔どころか裸まで見られちゃってるし」
うんうん。
この嬉野、スケッチとメモ書きのみならず、脳内プライベートHDDに厳重保管してます。
……ん?
もしかして、このいやーな流れはひょっとして。
「ここは一つ、ウチの隠し玉である祥子ちゃんのご登場って訳! ねえ、お願いできる?」
貴女は私。私は貴女。二人は半分ずつ。運命の悪戯で引き裂かれた二人は、合わせて一人。
◆ ◆ ◆
有海から聞いたのは、思いがけない話でした。
毎週木曜日。
『四十九院探偵事務所』の所長、『動かざる名探偵』こと四十九院安里寿さんは決まってその日の午後、郊外にある『県立総合リハビリテーションセンター』の、とある入院患者の下へ面会に来るのだそうです。
とはいえ、患者の名前も病室も定かではありません。
有海はただ、同性でも思わず見惚れるような美の体現たる安里寿さんの姿に魅了され、馴染みの婦長さんと交わしている会話を何となしに耳にしただけなのでした。
『毎週偉いわね、ホント』
『偉いだなんてそんな……。当たり前のことをしているだけですから』
『それでも偉いわよ。もう一〇年も経つっていうのに、一回も欠かしたことないじゃない?』
『一〇年……そうですよね、もうあれから一〇年過ぎてしまったんですよね――』
一〇年前――一体その時、何が起こったのでしょう?
「し……う……ちゃ……?」
とはいえ、平凡な地味JK代表たるこの嬉野祥子にそれを調べる方法があるのでしょうか?
「しょぉーうぉーこぉーちゃぁーん!?」
「……はっ!?」
「はっ、じゃないわよ、もう!」
塗装も剥げよとキャビネットの上を延々往復させていたピンクのダスターを握り締めたまま思わず我に返って振り向くと、デスクに陣取る安里寿さんは呆れ顔で頬杖をつき苦笑しています。
「さっきからずーっと呼んでるのに! まるでうわの空でぼーっとしちゃって。どうしたの? 恋のオナヤミでもあるのかしら?」
「あ……。い、いえいえ! そんなアレでは……ないんですけれども……」
実はですね――と当の本人相手に正直にお話しできる訳もなく、あははははーと誤魔化しながら拭き掃除を再開するあたし。とはいうものの、この探偵事務所の所長である安里寿さんのデスクを手始めとしてオフィスの隅から隅まですっかり拭き終わってしまいましたので、あと残っているのは混沌の象徴たる白兎さんの散らかり放題のデスクだけですね。
と、そこであたしは見つけてしまったのです。
先日溜まりに溜まっていた吸殻を捨てて綺麗に水洗いし、ピカピカになるまで磨き上げたクリスタルの灰皿に一本だけ、フィルターぎりぎりまで吸い終えた吸殻が捨てられているのを。
これは――あの人の吸い方。
「……白兎さん、戻ってらしたんですか?」
「あらあら? 恋しかった?」
「そそそそんなこと誰が言いました!? 言ってないですよ言ってませんけど!?」
「そうなの? 白兎の方は満更でもなさそうだったけれど」
「またそんな適当なこと言わないでくださいっ!」
おっかしーですね?
何であたしの頬、熱いんでしょうか?
白兎さんは仮にも男性なんですよ、ありえません!
朱に染まった顔の前で手を振り、あたしは危うく曖昧にされそうになった質問を繰り返します。何となく思ったんです、安里寿さんは話を反らそうとしているんじゃないか、って。
「そそそそれよりもですっ! いつ帰って来たんです? 用事ってのは終わったんですか?」
「そうねえ。終わったんじゃないかしら」
安里寿さんは書類保管用のサイドテーブルの引き出しを開け、依頼ファイルを探りながら呑気な声でのんびりと答えます。でも、それが余計にあたしの憶測を肯定しているかのようで。
「白兎のことだもの。所長のあたしにさえロクに報告しないのだから、所員としては失格ね」
ようやく目当てのものを見つけた、という素振りで身を起し、一冊のファイルを振って見せた安里寿さんは茶目っ気たっぷりに軽く肩を竦める仕草をしてみせました。
「そのファイルがそうなんです?」
「え……あ、ああ。こ、これは違うわよ? これはこの前ウチ御指名で相談が来た案件なの」
おっと珍しい。安里寿さんがわずかでも動揺した素振りを見せるだなんて。でもあたしは、それには気付かなかったフリをして、手招きされるまま安里寿さんの隣まで近づきます。
「これ、どういう依頼内容なんですか?」
「端的に言ってしまえばストーカー被害ね。でも、少し妙なのよ」
「妙、とは?」
「うーん。説明が難しいのだけれど……」
安里寿さんは整った眉毛を可愛らしく顰めてナチュラルピンクのルージュをすぼめます。
「犯人はまったくの正体不明。姿形も見えないのに、被害者の行動は分刻みで逐一監視されてるようなの。今何をしていた、さっきはこうだった、そんな文面がメッセージアプリ経由で送られてくるって話なのよ。今のところは直接の被害は無いから良いのだけれど……ねえ?」
「それは、まあ……薄気味悪いですよね。ところで、被害者はどんな人なんです?」
「ん。祥子ちゃんご自慢の脳内データベースならピンと来るんじゃない?」
そういって安里寿さんは手元のファイルをデスクの上に開きます。
記入済みの依頼書と共にクリップで止められている写真に写っていたのは――。
「え……円城寺さん!? これ、あたしと同じクラスの円城寺杏子さんじゃないですか!」
「そ」
艶めいた黒髪ロングと雪のように白い肌。そして他の追随を許さない超絶美少女。確かにそこに写っていたのは、我が校不動の学年TOP5、円城寺杏子さんです。けれど、あの皆を惹き付けてやまない憂いを湛えた切れ長の垂れ目は、微笑んでいるというより何処か悲しげな陰りを帯びているように思えて、あたしの心はたちまち沈みます。一体誰が何の目的で……。
「でね? ここからが肝心なところなの」
安里寿さんはあたしの顔の前で指を三本立て、一本ずつ折りながらこう続けます。
「白兎がいくら得意の変装を駆使しても、もう一度学院内に潜入するのは難しいと思うのよ。そしてこのあたしに関しては、前回の一件で顔を露出し過ぎたわ。放課後の学院外での接触だけだったのだけれど……。白兎曰く、あたしってやけに悪目立ちしちゃうらしいのよね」
まあ、それだけの美人っぷりなら、同性だってなかなか忘れないですよ、うん。
「美弥はアレでしょ? デッサンのヌードモデルで、顔どころか裸まで見られちゃってるし」
うんうん。
この嬉野、スケッチとメモ書きのみならず、脳内プライベートHDDに厳重保管してます。
……ん?
もしかして、このいやーな流れはひょっとして。
「ここは一つ、ウチの隠し玉である祥子ちゃんのご登場って訳! ねえ、お願いできる?」
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