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第一章 溜息は少女を殺す

溜息は少女を殺す(4)

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 アリスと白兎。
 面白い名前の組み合わせです。

 双子だって安里寿ありすさんは仰ってましたが、実に素敵なネーミングセンス。でも、追いかけて行く筈のアリスが、実際には『動かない』だなんて、何だかあべこべですね。



「で、だ」

 早速煙草に火を着けて、ぷかり、と満足気にふかしてから、白兎はくとさんは言いました。

「なんとなくの話は安里寿ありすから聞いてる。その何とかって女の子が自殺未遂までする原因になった人物、『溜息の主』とやらを探し出せば良いんだな?」
「で、ですね」

 漂ってくる煙をかわしつつ、あたしはせわしなく何度も頷きます。



 正直、男の人は苦手です。
 だって、汚いし、臭いし。



 ただ、良く似たもう一人の白兎さんには、そこまでの嫌悪感を抱かないのが自分でも不思議でした。安里寿さんの面影があるから? いえ、それだけではない気がします。

 つるりとした肌。髭は生まれつき薄いのでしょうか。夕刻ともなれば男の人は誰でも青々とするものだと思っていたのですが、そのせいで少年のような印象すらあります。短くつんつんとおっ立っている髪はブリーチの効いた金色。肌の色は羨ましいほど白くきめ細やかです。さすがは双子、これはお姉さんに感謝かもしれません。



「……なあ、祥子しょうこちゃん。俺の顔、何か付いてるか?」
「あ! や! 何でも……ないです、はい」

 ここは、あははははー、と笑って誤魔化しましょう。そうしましょう。

「ま、いいや……。じゃあ、早速明日にでも聞き込みに行こうと思うんだが、聖カジミェシュ女子だったよな? あの天下のお嬢様学校に、俺が入り込むうまい手を考えないと駄目だ」
「えと、安里寿さんなら大丈夫なのではないでしょうか?」
「そりゃそうなんだが……」

 妙に歯切れ悪くそう言うと、白兎さんは入れ替わりに安里寿さんが消えて行った扉の方を見て言いました。

「安里寿は出不精なんだ。特に昼間は苦手でね。探偵協会の集まりとか、地元の名士が集うパーティーとか、とかく仕事とカネの臭いがするところは大好きなんだがね――」

 現金な奴だろ、と苦笑を浮かべながら、白兎さんはキャスター付きの椅子を滑らせてクリスタルの灰皿にさらに追加の一本を無造作に突き立てました。捨てましょうよ、そろそろ。

「ともかくだ。夜ならまだしも、昼間の探偵活動は俺がやるしかない。……だがな、祥子ちゃん、謎ってモンは解けたらすっきりするとは限らないんだぜ? それでも良いのか?」
「どういう意味です?」
「聴こえたとおりさ」

 そう言って、新しい煙草を咥えようとする白兎さんを眉根を寄せてじろりと見ると、諦めたように肩をすくめてやめてもらえました。意外と優しい人なのかも――と思ったら、ズボンのポケットから今度は電子タバコを取り出してスイッチを入れました。眉を跳ね上げ、これなら煙は出ないだろ? と身振りを添えて無言で訴えてきます。仕方なく頷くあたし。

 さっきよりはだいぶマシな煙を吹き出し、白兎さんは独り言のようにこう言いました。

「解き明かさない方が良かった、そういう謎だってあるってことさ。無邪気に騙されたままの方が幸せだった、ってこともある。綺麗な白百合の園を掻き分けて進んだ先には、醜い怪物が待ち構えておりました……そういう御伽噺おとぎばなしもあるんだぜ、って言っているのさ」
「いえいえ。そんな筈はありません!」

 あたしは妙に意地になって、にやり、と笑う白兎さんに言い返しました。

「白百合の花言葉は『けがれのない心』です! その裏に隠された醜いどす黒い感情なんてありませんよ! いい加減なこと、言わないでください!」
「そうかねえ」

 まだ白兎さんのチェシャ猫に似たにやにや笑いは消えません。それを目にしたあたしはますますムキになります。ムキになって頭をフル回転させたら、あたしの脳内に一つの鮮烈な閃きが生まれました。

「そう! きっと五十嵐さんは恋をしていたんです! それもウチの学院の誰かに! だってそうじゃないですか! そんな恋する乙女が、想い人に目の前で溜息を吐かれたんですよ!? そりゃあ五十嵐さんじゃなくって誰だって、死んじゃいたい、って思うに違いないです!」

 すっく、と立ち上がり力説して、どうです!と鼻息荒く言い切ったあたしを、呆れたように頭を掻きむしっている白兎さんが見上げてこう言います。

「おいおいおい。それじゃ相手は同じ女の子ってことになるだろうが?」
「当たり前じゃないですか。五十嵐さんは自転車通学ですよ? 聖カジミェシュ女子の近くに男子校なんてないんです。共学校が一つあるだけなんですから。男子になんて出会う機会がありませんよ。それに――」
「それに?」
「汚くて臭い男子より、はるかに魅力的な女子生徒がウチにはいっぱいいるんです! だったら必要ないじゃないですか、男子なんて」
「おいおいおい。随分極端な考えするんだな」

 この場にいる唯一の男子代表である白兎さんは、あたしの台詞を聞いて怒るというよりは話の行先を楽しんでいるように見えました。くっくっく、と身を折るようにして笑っています。

「そこまで言うならまずはそのセンから洗ってみようか。祥子ちゃんの百合百合しい偏った発想が正しいのか、至ってノーマルでストレートな俺の発想が正しいのか。じきに分かるさ」
「ゆ――百合百合しいってどういう意味ですかー!?」



 自覚はあるのです。

 ですが、あえて他人様からあからさまに指摘されると抗いたくなるものなのです。



「はいはい、分かった分かった。……おい、みゃあ、明日出かけるぞ。準備しろ。良いな?」

 みゃあ、と呼ばれた美弥みやさんは、ソファーの上で、ぐでー、とのんびり寛いでいる体勢のまま、ぴくり、と耳を動かし、のろのろと身を起こして不思議そうな顔をします。

「何処に。行くの?」
「学校だ。天下のお嬢様学校だ。失礼のないように余計なことを言わず、澄ましてりゃ良い」
「うー。面倒……」

 美弥さんはソファーの上で胡坐をかき、しゃしゃっ、と猫のような仕草で白い首筋を丸めた手で掻きながら言いました。組まれたサイハイソックスの奥の方からまたピンク色の素敵な物がちらりと見えそうで、まんまと釣られたあたしの姿勢が自然と泳ぎます。

「という訳だ」
「あ。は、はい」

 白兎さんが完全に振り返る前には、あたしの姿勢はしゃきーん! と伸びていました。

「――? ええと、作戦はこうだ。俺がみゃあの保護者になりすます。あのお嬢様学校に妹を転入させたいので学校見学ついでにご相談に伺った、って訳だ。なあに、内申書やらの必要な書類は準備しておくから大丈夫だろう」
「また。偽造。するの?」
「ペットのご身分で、要らないことは言わなくていいっつうの。調査に必要なんだからな」



 またペット・・・
 凄く気になるんですけども、それ。

 この探偵事務所の居候ってことなんですよね?
 それ以上の深い深ーい意味なんてないんですよね?



「成功しますかね……」
「まあ見てな。伊達に『行動する名探偵』とは呼ばれてないところを見せてやるから」

 その前に、ぽりぽり掻くその真っ金々の頭じゃどう見ても無理そうなのですが……。

 でも、あたしに出来たことは、うん、と頷くことだけだったのです。
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