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第五十四話 古き神ども
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「そう、聞くも野暮、語るも野暮な話でござんす――」
そうして『魔性の者ども』の長、テウメサは静かに語りはじめた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昔々はさ――。
そう、昔々の話でござりんす。
どこ行っても必ず、その土地土地の神様てえのがおらっしゃいましたざんしょ。
そこではどなたさんも皆お手をお合わせンなって、幸せになりたいやら、健康になりたいやら、出世したいやら、もてたいやら、儲けたいやらと。なんのまあ、実ににぎにぎしかったもんでありんした。
いえね。
わっちらが、その御大層な神様だのなんだのだってえワケじゃありもせん。
それでもさ。
一刻はそうして熱心に、わっちらを拝みに来なっしゃる方もおらっしゃったんでありんすよ。
そうさね。
魔性の者だなんだとさんざ偉ぶっておってもさ、ひと皮剥いてみりゃ、いいとこ堕ちて泥ンまみれた木っ端氏神の成りン損ねで、よくなきゃ祓って転じた荒神、祟り神、物の怪の成り上がりてえとこでおざりいす。ええ、ええ、何とでもお言いなんし。一向かまへんえ。
わっちら、お神階を授かり受けるほどの身分じゃござんせんし、お霊格でしたってぼちぼち、ぼちの上くらいだったら上等、そないな塩梅でひとまずンところは満足しておったんだんす。
けれど。
人の心が離れなさるのはほんに早うござんすね。
気づいた時分にゃ、あっちら様もこっちら様も、どなたさんもわっちらのことなんぞお忘れになってるじゃあおっせんか。じれっとう思いつつ待っていたんすけンど、やがて社は寂れて崩れ果て、手も忙しくどなたか呼んできろと申せど、どなたさまももうおらっしゃりんせん。
縁を繋いでやって夫婦になったあっちらさんも。
疝気の虫を払ってやって生き永らえたこっちらさんも。
偉くご立派におなりになったあの人さんも。
お屋敷に蔵までお建てになりんしたこの人さんも。
どちらさんも、もうすっかりお姿がお見えにならン。ああ、どうしんしょう。死んでしまったんじゃありんせんか! ふふふ――そりゃそうだんすね、わっちらとは生き刻の長さが丸っと違ってなさりんすもの。
三〇〇〇年――生きて死ねぬは惨うありんす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふうむ――」
テウメサの語る話を聞き終えた銀次郎は、ひとつ唸って、白い頭を、ぼりり、と掻いた。
「するってえと、なにか? てめえ様がたは、昔々からこの土地を守っていた神様仏様の『成れ果て』だってえのか?」
「それは……少々違いますね」
代わりに応じたのはホルペライトだ。
銀次郎から手荒く扱われたものだったが、すっかり感服はすれども、怒りや、ましてや恨みつらみはさっぱりと抜け落ち、あの独特の笑みも随分と和らいだ印象になっていた。銀次郎は無言で頷き、続きを促す。
「元々はわたくしどもも、狸御前様と同じ世界におりましたのですよ」
「おっと……そりゃまさかのまさかだ」
木っ端狐などと呼んでいた忌み敵から、いくらすっかり改心したからとはいえ『御前様』扱いされるのは身の丈合わずでくすぐったい。とはいえ、まだしっかり『狸』と余計な物が残っているところが、負けん気の強そうなホルペライトらしくもある。
しかしそれより気がかりなのは、彼ら『魔性の者』がこの世界に来てしまった経緯だ。
「その……まさかついでに聴かせてもらいてえんだが――」
「いえいえ。そちらのご心配なら無用ですよ」
さすが勘が良い。ホルペライトは隠すそぶりも一切なく、横目で銀次郎の様子を窺いながら、くすくすと忍ばぬ笑いを漏らしてみせる。
「もしもそうであったのでしたら、人と魔族の争いすら他人事でしょうに。それを存じ上げていることこそが、御前様の一件と無関係であることの証ですよ。……まったくお人がよろしい」
銀次郎が抱いていた懸念とは、銀次郎と銀次郎の店がひょんなことから『この世界』へと流れついてしまったことが、彼ら『魔性の者ども』の平穏を乱し、運命をねじ曲げてしまったのではないか、それだったのだ。
「わたしどもの姫様が何度も申し上げているでしょうに。三〇〇〇年――そのすべてをここで、この地で過ごしたワケではありませんが、一〇〇〇と二〇〇〇が二〇〇〇と一〇〇〇に変わったところで、貴方がたにはさしたる違いはないはずです」
「だろうたぁ思うけどよ――ち――ちょいと待ちな」
銀次郎は渋々応じながらも、ホルペライトの後方で再び優雅な会釈をしてみせて、元来た方角へと踵を返すテウメサを見て、慌てたように右手を振り上げ、声を上げた。
「おう。どこ行きなさるんだい、お姫さんよ?」
「さあて」
テウメサは長い艶やかな髪を揺らして見返り、そして、ホルペライトと目くばせをしてから、鈴を転がしたような声で、ころころ、と笑ってみせる。なぜか胸がきゅっと切なくなる笑みだった。
「どこなりと。お星さんに呼ばれた方へ。行くアテなんぞ……ありゃしゃんせんもの」
「おうおう。待ちなってんだ。……おう、『金の字』。あのな? 物は相談なんだがよ――?」
「はぁ……そう来ると思っておったわ」
銀次郎は、今まですっかり蚊帳の外で、何も言わず口を挟まずただ見守っていただけだったグレイルフォーク一世を、ちょいちょい、と右手の人さし指一本で呼びつけると、何やらこそこそと話しはじめた。
「……はぁ!? 爺、突然なにを言い出して――!」
「いいから聞けってんだよ『金公』。いいか――?」
この場にはこの四人しかいないからいいようなものの、あの忠誠心の高そうな近衛兵団団長、ハーランドがいたならば、止めだてこそしなくても、大いに訝しんで眉を顰めること請け合いのやりとりだった。ときおり王の顔が苦渋くなったかと思うと、いやいや、だの、正気か、だの、終いには、好きにしろ、と呆れたように呟いてしまって、力なく首を振ってみせる。
一方『魔性の者』であるテウメサとホルペライトは、銀次郎に言われるがままに見守っていたものの、どこからどういう話になっているのか皆目見当もつかない。次第に不安が募る。
中途半端な表情のまま黙していると、
「おう、すっかり待たせちまったな」
銀次郎がそう告げ、それに続くセリフを発した途端、驚きのあまり声を失った。
「話はついたぜ。……が、まずは俺の店に来な。自慢の一杯、ってえ奴をご賞味あれ、だ」
そうして『魔性の者ども』の長、テウメサは静かに語りはじめた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昔々はさ――。
そう、昔々の話でござりんす。
どこ行っても必ず、その土地土地の神様てえのがおらっしゃいましたざんしょ。
そこではどなたさんも皆お手をお合わせンなって、幸せになりたいやら、健康になりたいやら、出世したいやら、もてたいやら、儲けたいやらと。なんのまあ、実ににぎにぎしかったもんでありんした。
いえね。
わっちらが、その御大層な神様だのなんだのだってえワケじゃありもせん。
それでもさ。
一刻はそうして熱心に、わっちらを拝みに来なっしゃる方もおらっしゃったんでありんすよ。
そうさね。
魔性の者だなんだとさんざ偉ぶっておってもさ、ひと皮剥いてみりゃ、いいとこ堕ちて泥ンまみれた木っ端氏神の成りン損ねで、よくなきゃ祓って転じた荒神、祟り神、物の怪の成り上がりてえとこでおざりいす。ええ、ええ、何とでもお言いなんし。一向かまへんえ。
わっちら、お神階を授かり受けるほどの身分じゃござんせんし、お霊格でしたってぼちぼち、ぼちの上くらいだったら上等、そないな塩梅でひとまずンところは満足しておったんだんす。
けれど。
人の心が離れなさるのはほんに早うござんすね。
気づいた時分にゃ、あっちら様もこっちら様も、どなたさんもわっちらのことなんぞお忘れになってるじゃあおっせんか。じれっとう思いつつ待っていたんすけンど、やがて社は寂れて崩れ果て、手も忙しくどなたか呼んできろと申せど、どなたさまももうおらっしゃりんせん。
縁を繋いでやって夫婦になったあっちらさんも。
疝気の虫を払ってやって生き永らえたこっちらさんも。
偉くご立派におなりになったあの人さんも。
お屋敷に蔵までお建てになりんしたこの人さんも。
どちらさんも、もうすっかりお姿がお見えにならン。ああ、どうしんしょう。死んでしまったんじゃありんせんか! ふふふ――そりゃそうだんすね、わっちらとは生き刻の長さが丸っと違ってなさりんすもの。
三〇〇〇年――生きて死ねぬは惨うありんす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふうむ――」
テウメサの語る話を聞き終えた銀次郎は、ひとつ唸って、白い頭を、ぼりり、と掻いた。
「するってえと、なにか? てめえ様がたは、昔々からこの土地を守っていた神様仏様の『成れ果て』だってえのか?」
「それは……少々違いますね」
代わりに応じたのはホルペライトだ。
銀次郎から手荒く扱われたものだったが、すっかり感服はすれども、怒りや、ましてや恨みつらみはさっぱりと抜け落ち、あの独特の笑みも随分と和らいだ印象になっていた。銀次郎は無言で頷き、続きを促す。
「元々はわたくしどもも、狸御前様と同じ世界におりましたのですよ」
「おっと……そりゃまさかのまさかだ」
木っ端狐などと呼んでいた忌み敵から、いくらすっかり改心したからとはいえ『御前様』扱いされるのは身の丈合わずでくすぐったい。とはいえ、まだしっかり『狸』と余計な物が残っているところが、負けん気の強そうなホルペライトらしくもある。
しかしそれより気がかりなのは、彼ら『魔性の者』がこの世界に来てしまった経緯だ。
「その……まさかついでに聴かせてもらいてえんだが――」
「いえいえ。そちらのご心配なら無用ですよ」
さすが勘が良い。ホルペライトは隠すそぶりも一切なく、横目で銀次郎の様子を窺いながら、くすくすと忍ばぬ笑いを漏らしてみせる。
「もしもそうであったのでしたら、人と魔族の争いすら他人事でしょうに。それを存じ上げていることこそが、御前様の一件と無関係であることの証ですよ。……まったくお人がよろしい」
銀次郎が抱いていた懸念とは、銀次郎と銀次郎の店がひょんなことから『この世界』へと流れついてしまったことが、彼ら『魔性の者ども』の平穏を乱し、運命をねじ曲げてしまったのではないか、それだったのだ。
「わたしどもの姫様が何度も申し上げているでしょうに。三〇〇〇年――そのすべてをここで、この地で過ごしたワケではありませんが、一〇〇〇と二〇〇〇が二〇〇〇と一〇〇〇に変わったところで、貴方がたにはさしたる違いはないはずです」
「だろうたぁ思うけどよ――ち――ちょいと待ちな」
銀次郎は渋々応じながらも、ホルペライトの後方で再び優雅な会釈をしてみせて、元来た方角へと踵を返すテウメサを見て、慌てたように右手を振り上げ、声を上げた。
「おう。どこ行きなさるんだい、お姫さんよ?」
「さあて」
テウメサは長い艶やかな髪を揺らして見返り、そして、ホルペライトと目くばせをしてから、鈴を転がしたような声で、ころころ、と笑ってみせる。なぜか胸がきゅっと切なくなる笑みだった。
「どこなりと。お星さんに呼ばれた方へ。行くアテなんぞ……ありゃしゃんせんもの」
「おうおう。待ちなってんだ。……おう、『金の字』。あのな? 物は相談なんだがよ――?」
「はぁ……そう来ると思っておったわ」
銀次郎は、今まですっかり蚊帳の外で、何も言わず口を挟まずただ見守っていただけだったグレイルフォーク一世を、ちょいちょい、と右手の人さし指一本で呼びつけると、何やらこそこそと話しはじめた。
「……はぁ!? 爺、突然なにを言い出して――!」
「いいから聞けってんだよ『金公』。いいか――?」
この場にはこの四人しかいないからいいようなものの、あの忠誠心の高そうな近衛兵団団長、ハーランドがいたならば、止めだてこそしなくても、大いに訝しんで眉を顰めること請け合いのやりとりだった。ときおり王の顔が苦渋くなったかと思うと、いやいや、だの、正気か、だの、終いには、好きにしろ、と呆れたように呟いてしまって、力なく首を振ってみせる。
一方『魔性の者』であるテウメサとホルペライトは、銀次郎に言われるがままに見守っていたものの、どこからどういう話になっているのか皆目見当もつかない。次第に不安が募る。
中途半端な表情のまま黙していると、
「おう、すっかり待たせちまったな」
銀次郎がそう告げ、それに続くセリフを発した途端、驚きのあまり声を失った。
「話はついたぜ。……が、まずは俺の店に来な。自慢の一杯、ってえ奴をご賞味あれ、だ」
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