上 下
498 / 539

第496話 男たちのバンカー・アフター(1) at 1996/3/1

しおりを挟む
「そ、そんな……そんなことって………………!」


 耳をろうする喝采から切り離されたかのように、僕の聴覚は徐々に麻痺しはじめ、まるで深い海の底に沈められてしまったかのように、すべてがぼんやりと、すべてがあいまいになった。



 どうして――どうして『DRR』の予知が外れたんだ!?



(いや――予知じゃない、過去に実際に起こった出来事の『再現』のはずだっただろ――?)



 つまり――どういうことなんだ?
 今、ここで一体、何が起きている!?



 と――とん、肩に手が添えられた。その妙に懐かしい温もりで、僕の意識は一瞬にして現実世界へと引き戻された。


「……おいおい、モリケン! そんなにがっかりすんなって! しょげすぎだろ、あははは!」


 小山田だった。なんだかとっても嬉しそうだ。

 それだけに――僕は無性に悔しくなった。
 思わず涙がにじむ。


「勝て……なかった……! 絶対に……勝ちたかったのに……! これだけは……絶対に……」

「ばぁか。ンなモン、どうでもいいだろ」

「……え? だ、だって――!」


 もはや半べそをかきながら僕が声にならない叫びを上げると、小山田はわざとらしく視線をそらす。俺様は、てめぇの泣き顔なんて見てねぇからな――? そう言っているようだった。


「……いーんだよ。俺様は、俺は、そうやって悔しがってくれるだけでうれしーんだ。友だちなんて……もういらねえ、二度と信じてたまるか、そう思ってたんだからよ。だから――よ」


 にっ、と笑ってみせる。その顔があまりにもまぶしくって、僕はもう少しだけ泣いた。隣に立つ室生も、嬉しそうだ。もちろん、誰もが悔しい。悔しいんだけれど、それでも嬉しかった。


「ま。これでプレゼントはゲットできたしな! 問題ねぇよ」

「………………おぅ。ちょっと顔貸せや、ガキども?」


 それは突然だった。

 さっきまでは愛想をふりまいていた口上売りが気づけばそこにいて、彼本来の底冷えのする恫喝を含んだ声音で僕らを呼び止め、顎で指図した。一瞬だけ元の口上売りの顔と声に戻ると『ごめんなさいねー! ちょっとおションベンを――!』と笑いを取って、再び僕らを睨む。

 たちまち小山田が身構えた。
 室生と僕も、その両脇を固める。


「な――なんでぇ? 俺様たちはなにも迷惑なんざかけてねぇだろうが――?」

「……阿呆。誤解すんじゃねえよ。ちぃーっとばかりお話ししてみたくなっただけさ。来いって」


 若い口上売りの凄みは変わらなかったものの、口調はいくぶん呆れたようにくだけていた。ポケットから取り出したくしゃくしゃになったハイライトから一本取り出し、口にくわえる。


「……けみぃんだけど?」

「我慢しろって。こちとらずっと辛抱してたんだからよ。……よし、このへんでいいだろう」


 マルカワの裏手の、狭い路地の突き当りに置いてあった青いポリバケツの上に、男は、どっか、とあぐらをかくように座り込んだ。よくよく見れば、その頬にはうすい切り傷があった。


「さっきのは面白かったな。つーかよ、お前らのおかげで、今日は楽できそうだわ。助かった」


 振り返ってみると、特設激安バーゲンセールは大盛況の様子だった。どうやら僕らとのやりとりで、そのお買い得さ加減と同時に、品質の保証までされたように錯覚しているのだろう。


「あれな? どっかの社長うんぬんってのは嘘だ。まあ、ってヤツでね……おっと、合法だぞ?」

「ち――だろうと思ったぜ。くそっ」


 悔しがる小山田に向けて男は、煙草のケムリの輪を、ほわり、と飛ばしながらぼんやり言う。


「でもよ? お前のそれは、神仏に誓って正真正銘マジモンだぜ。だから、負けられなかった――」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...