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第461話 エンドレス・バレンタイン(3) at 1996/2/14

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 ――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!



 その獣じみた嘲弄ちょうろうが、あまりにタイミングがよすぎる一瞬の沈黙をついて、やけに高らかな進軍ラッパの音色のごとく、校内のすみずみまで響きみ渡った。


「――っ!?」


 それを聞いた生徒たちはもちろん、職員室でつかの間の自由を満喫していた教師たちまでが一斉に窓を開け放ち、声のした方向を探す――いや、探すまでも、見るまでもなかった。



 ――すべてをぉーめちゃくちゃにしてやるぜぇー!!
 ――うひひひひひひひひひひっ!!



 校庭の隅にある、体育用具がしまってある青いプレハブ倉庫の屋根の上に、少年――赤川龍彦の姿があった。まるで本当に獣と化したかのごとく、両手両足で屋根を掴んだ低い姿勢でだ。

 だが、実に奇妙だった。

 短髪だった髪は伸び放題で赤く染められ、上半身には何も身につけていない。代わりに、赤い染料で奇妙で奇怪な文様がカラダのそこらじゅうに描かれているのだ。まるでそれは呪術の文様のようであり、見つめれば見つめているだけ、目を反らしたくなる不安が芽生えてくる。


「うわっ!?」

「きゃあっ!」


 時刻はすでに昼休みであり、一足先に校庭に出ていた生徒たちもいたのだが、タツヒコが声を発するまで、そこにいるものとは思ってもいなかったらしい。あまりの奇相に驚いている。



 ――いや。
 本当に、ついさっきまでは、そこにいなかったのかもしれない。



 ――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!



「お――おい! 赤川っ! お前、そこで何をしている!? 降りて来い! 今すぐに、だ!」


 再び学校中を震え上がらせる獣じみた嘲弄が響いた時、それをかき消すような怒号が轟いた。二年一組の担任であり、体育教師であり、学年主任でありサッカー部鬼顧問の梅田センセイだ。


「……よぉ、梅田のおっさんん! ひひひひさしぶりりりだなあああ! うひひひひひっ!!」

「あ……赤川? お前は一体――?」


 が、もはやまともに会話が成立しないなどとは思ってもいなかったのだろう。あきらかに常軌をいっしたタツヒコの言動に思考停止してしまっている。その隙をタツヒコは見逃さなかった。


 ――だんっ!!


「――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!」

「ぐっ!? お、おい! やめ――!!」


 人間離れした跳躍力で一気に飛びかかったタツヒコは、梅田センセイの顔に全身でしがみつくと、狂ったように両の拳を何度も繰り返し振り下ろす。徐々に梅田センセイの姿勢が崩れる。


「――うひ――っ!!」


 どさり、と梅田センセイは倒れたきり動かなくなった。
 それを一瞥したタツヒコは、まっすぐ前に視線を向け、それを捉える。





 二年十一組の教室にいる――僕の姿を。





「――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ――こぉーのぉーもぉーりぃー!!」



 そして呼んだ――僕の名を。
 たちまち僕の全身があまりの恐怖に総毛立った。



(くそ……っ! ついに……ついに、恐れていたことが現実になったってことかよ……っ!)


 次の瞬間――僕のカラダは本能的に全力で駆け出していたのだった。


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