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第459話 エンドレス・バレンタイン(1) at 1996/2/14
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二月十四日である。
世にいう――忌まわしき――『バレンタイン・デー』というヤツである。
そのいわれは、今から一八〇〇年近く前のローマ帝国で起こった故事にある。戦士の士気低下を憂慮した皇帝・クラウディヌス二世が兵士たちの婚姻を禁ずる令を発布したところ、禁令に背き秘密裡に若者たちの結婚の儀式を続けていたウァレンティヌスが捕えられることとなった。彼は己の信仰を捨てず、皇帝に愛することの尊さを毅然と説くも処刑されてしまう。その聖人・ヴァレンティヌスが殉教した日こそが二月十四日だった、というわけである。
ただ、この逸話そのものが少々うさん臭い。当時のローマは異教排除のムードが高まっており、元々古い信仰にもとづいた若い男女がペアになって執り行う豊穣を祈願する祭があった――大半のペアはのちに結婚することが多かった――ものを、ただ禁止することで民衆の反感を買うことがないよう、自らが広める信仰に即したカタチにうまく当てはめる必要があったのだ。
だがしかし。
女性から男性にチョコレートを贈って愛する気持ちを伝える、という習慣があるのは日本だけだ――いや、正確に言えば韓国も同様なのだけれど――世界的にはそんな慣習はないのだ。
つまりだ。
つまり今日この日に女子からチョコレートがもらえなくても、なんら恥じることはないのである。
「――はい、工藤君にも。バレンタイン・デーだよ♡」
「………………なんですって?」
そう――そこで今日二月十四日に女子からチョコレートをひとつももらえないことを正当化しようとしていた工藤善のやけに小理屈めいた思考は停止したのだった。顔を上げると笑顔が。
「あの……いつもうるさくしててごめんね……? メーワク……じゃない?」
「い、いや、大丈夫です。割と騒がしいのは平気な方なので」
「いつも席立っちゃうし……怒ってるのかなって」
「そ、そんなことはないんですが……」
いたたまれない――あのイチャコラの波動に耐えきれるヤツなんていないだろとは言えない。こたえに窮して机の上に視線を落とすと、河東さんの手が視界を横切り、小さな箱を置いた。
「それ、工藤君へ。ごめんね、あたしの手作りだから、ちょっと不格好かも。食べてくれる?」
「………………いただきます」
むしろ、手作りチョコなんてものを今までもらったことがない。しかも、こんなにていねいでキレイにラッピングしてあるものなんて。ルビー色に輝くそれは、まるで宝石箱のようだ。
「いつもありがとう――これからもよろしくね」
こちらこそ――おいおいおい。もしかするとこれ、古ノ森と付き合ってるのは嘘で、実は俺のことがスキだったりして――と、時間にしてコンマ5秒ほど考えた工藤だったが――溜息。
(んな、アホなことがあるかっての。はぁ……河東さんからのチョコはうれしいけど……)
少なくとも今年は、母親と妹に自慢ができそうだとひとり苦笑する工藤であった。
しかしあともうひとつ、思いがけない人からチョコレートをもらうことを彼はまだ知らない。
そして、そんな幸せのおすそ分けをしていた純美子がようやく席に戻ってくると、椅子に座ったまま僕の方へと向き直って、はい、と小さな箱を差し出してきた。
「えっ……? い、いいの?」
「もちろんだよ! これは、ケンタ君に!」
と、次の瞬間、純美子は真っ赤な顔をしたまま僕の耳元に唇を寄せて急いで囁いた。
「が――学校であげないと、なんか逆に怪しまれるんじゃないかって……こ、この前のこと」
「………………たしかに」
そして元の姿勢に戻って平静を装っていた純美子だったが――慌てたように再び。
「それ……この前のチョコとは別のヤツなの。だ、だから……味見しないとダメ……かも」
世にいう――忌まわしき――『バレンタイン・デー』というヤツである。
そのいわれは、今から一八〇〇年近く前のローマ帝国で起こった故事にある。戦士の士気低下を憂慮した皇帝・クラウディヌス二世が兵士たちの婚姻を禁ずる令を発布したところ、禁令に背き秘密裡に若者たちの結婚の儀式を続けていたウァレンティヌスが捕えられることとなった。彼は己の信仰を捨てず、皇帝に愛することの尊さを毅然と説くも処刑されてしまう。その聖人・ヴァレンティヌスが殉教した日こそが二月十四日だった、というわけである。
ただ、この逸話そのものが少々うさん臭い。当時のローマは異教排除のムードが高まっており、元々古い信仰にもとづいた若い男女がペアになって執り行う豊穣を祈願する祭があった――大半のペアはのちに結婚することが多かった――ものを、ただ禁止することで民衆の反感を買うことがないよう、自らが広める信仰に即したカタチにうまく当てはめる必要があったのだ。
だがしかし。
女性から男性にチョコレートを贈って愛する気持ちを伝える、という習慣があるのは日本だけだ――いや、正確に言えば韓国も同様なのだけれど――世界的にはそんな慣習はないのだ。
つまりだ。
つまり今日この日に女子からチョコレートがもらえなくても、なんら恥じることはないのである。
「――はい、工藤君にも。バレンタイン・デーだよ♡」
「………………なんですって?」
そう――そこで今日二月十四日に女子からチョコレートをひとつももらえないことを正当化しようとしていた工藤善のやけに小理屈めいた思考は停止したのだった。顔を上げると笑顔が。
「あの……いつもうるさくしててごめんね……? メーワク……じゃない?」
「い、いや、大丈夫です。割と騒がしいのは平気な方なので」
「いつも席立っちゃうし……怒ってるのかなって」
「そ、そんなことはないんですが……」
いたたまれない――あのイチャコラの波動に耐えきれるヤツなんていないだろとは言えない。こたえに窮して机の上に視線を落とすと、河東さんの手が視界を横切り、小さな箱を置いた。
「それ、工藤君へ。ごめんね、あたしの手作りだから、ちょっと不格好かも。食べてくれる?」
「………………いただきます」
むしろ、手作りチョコなんてものを今までもらったことがない。しかも、こんなにていねいでキレイにラッピングしてあるものなんて。ルビー色に輝くそれは、まるで宝石箱のようだ。
「いつもありがとう――これからもよろしくね」
こちらこそ――おいおいおい。もしかするとこれ、古ノ森と付き合ってるのは嘘で、実は俺のことがスキだったりして――と、時間にしてコンマ5秒ほど考えた工藤だったが――溜息。
(んな、アホなことがあるかっての。はぁ……河東さんからのチョコはうれしいけど……)
少なくとも今年は、母親と妹に自慢ができそうだとひとり苦笑する工藤であった。
しかしあともうひとつ、思いがけない人からチョコレートをもらうことを彼はまだ知らない。
そして、そんな幸せのおすそ分けをしていた純美子がようやく席に戻ってくると、椅子に座ったまま僕の方へと向き直って、はい、と小さな箱を差し出してきた。
「えっ……? い、いいの?」
「もちろんだよ! これは、ケンタ君に!」
と、次の瞬間、純美子は真っ赤な顔をしたまま僕の耳元に唇を寄せて急いで囁いた。
「が――学校であげないと、なんか逆に怪しまれるんじゃないかって……こ、この前のこと」
「………………たしかに」
そして元の姿勢に戻って平静を装っていた純美子だったが――慌てたように再び。
「それ……この前のチョコとは別のヤツなの。だ、だから……味見しないとダメ……かも」
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