442 / 539
第440話 十五の夜(1) at 1996/2/1
しおりを挟む
「ほらほら! 早く上がんなさいよ! 何ガラにもなく遠慮なんてしちゃってんの?」
「は、はぁ!? べ、別にしてないし! い、今靴脱ごうとしてるだろ、急かすなよ、ロコ!」
ロコの家の、明るい色の壁紙で彩られたダイニングキッチンからは、いつもと同じ甘く爽やかなフリージアの匂いとともに、砂糖を焦がしたような芳ばしくて甘い匂いがしていた。僕を迎え入れようとするロコの隣にある背の高いテーブルの上には、急いで脱ぎ、丸めて放り投げられたような水玉模様のエプロンがあった。どうやら何か作っていた最中らしい。
「えと……なんか忙しそうなところ時間作ってもらって悪かったな」
「はぁ? ……あー。あははは、忙しくはないってば」
きょとん、としたかと思うと、いきなり弾かれたようにロコは笑い出した。そして、窓のそばにある年季の入ったオーブンの方に視線を投げて、こうこたえる。
「誰もいなくてヒマだしさ。ウチにある材料で焼き菓子でも作ろうかな、ってやってたところ」
「へー。クッキーとか?」
「そ。あとでたっぷり味見させてあ・げ・る」
暖房の効いた室内だからか、冬だというのにロコはカラダのラインがくっきりと浮き出た薄手のスカイブルーのニットに白いショートパンツ姿だ。少し無防備すぎる気もするそんな恰好でなまめかしいポーズをとってウインクをしたものだから、たちまち僕の動悸は激しくなった。
「ちょ――!」
「……あ。なーに? 変な想像してんじゃないのー? あたしが言ってるのはクッキーのこと」
「し――っ! してないってば! ななななんでロコなんかに……」
「はいはい。どーせあたしは『なんか』ですよーだ」
いひひ、とからかうような笑みを浮かべ、ロコは僕のへそ曲がりの口からとっさに飛び出した気持ちとは真逆のセリフを軽くあしらった。今考えている――想像してしまっていることまで見透かされてしまっているようで、情けないやら、恥ずかしいやら、なんとも落ち着かない。
「……で? 何するんだっけ?」
「あのな……。この前コトセから届いたメッセージのハナシだってば」
と、すっかり目的を忘れていたらしいロコのとぼけ顔で僕の頭はクールダウンができた。
「メッセージは三つ――例の絵を完成させないこと、ツッキーに話したり聞かせたりしないこと、コトセを信じるなってこと。いろいろ考えてみたんだけど、僕だけの推理だと偏るからね」
ひとつひとつ、目の前に突き出した右手の指を立てながら僕が言うと、ロコがうなずく。
「例の絵って……ツッキーパパの描いた絵でしょ?」
「正確には『今描いている絵』だよ。まだ完成はしてないはずだから。どこにあるのやら……」
「えっと。この前の――アレの時は、駅の南口の方に行こうとしてたんでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
一瞬言いよどんだところをみると、ロコなりに気をつかったようだ。
浮かない顔をしているロコに笑顔を見せながら僕はこうこたえる。
「水無月笙氏は、どうやら僕の尾行に気がついていて、逆に僕をおびき寄せたフシがある。だから、絵の置いてある場所が南口方面にあると決めつけてしまうのは、少し安直かもしれない」
「『笙氏』って……。ツッキーパパでしょ?」
「……わからないんだ」
「?」
わかりやすいハテナ顔をしているロコに笑い返してやろうとしたが――それは難しかった。
「たったひとりきりの家族でもある最愛の娘の敵になんてなるはずがない、僕だってそう思ってるし、わかってる。……でもね? あの人には謎が多すぎるよ。特にカレが描く絵にはね」
「もしかして……ツッキーパパまで『リトライ者』だ、って言いたいの?」
「それは……ないと思う。僕が目の前でスマホを取り出しても、眉ひとつ動かさなかったし」
「はぁ? なにそれ?」
「合宿の時、僕がスマホを取り出したら、必死で見えないフリしてたヤツに言われたくないね」
「………………誰のことかしら?」
「さーぁ? 誰だろーなー? ……おいやめろ僕がくすぐりに弱いの知ってるだろ馬鹿よせ!」
「は、はぁ!? べ、別にしてないし! い、今靴脱ごうとしてるだろ、急かすなよ、ロコ!」
ロコの家の、明るい色の壁紙で彩られたダイニングキッチンからは、いつもと同じ甘く爽やかなフリージアの匂いとともに、砂糖を焦がしたような芳ばしくて甘い匂いがしていた。僕を迎え入れようとするロコの隣にある背の高いテーブルの上には、急いで脱ぎ、丸めて放り投げられたような水玉模様のエプロンがあった。どうやら何か作っていた最中らしい。
「えと……なんか忙しそうなところ時間作ってもらって悪かったな」
「はぁ? ……あー。あははは、忙しくはないってば」
きょとん、としたかと思うと、いきなり弾かれたようにロコは笑い出した。そして、窓のそばにある年季の入ったオーブンの方に視線を投げて、こうこたえる。
「誰もいなくてヒマだしさ。ウチにある材料で焼き菓子でも作ろうかな、ってやってたところ」
「へー。クッキーとか?」
「そ。あとでたっぷり味見させてあ・げ・る」
暖房の効いた室内だからか、冬だというのにロコはカラダのラインがくっきりと浮き出た薄手のスカイブルーのニットに白いショートパンツ姿だ。少し無防備すぎる気もするそんな恰好でなまめかしいポーズをとってウインクをしたものだから、たちまち僕の動悸は激しくなった。
「ちょ――!」
「……あ。なーに? 変な想像してんじゃないのー? あたしが言ってるのはクッキーのこと」
「し――っ! してないってば! ななななんでロコなんかに……」
「はいはい。どーせあたしは『なんか』ですよーだ」
いひひ、とからかうような笑みを浮かべ、ロコは僕のへそ曲がりの口からとっさに飛び出した気持ちとは真逆のセリフを軽くあしらった。今考えている――想像してしまっていることまで見透かされてしまっているようで、情けないやら、恥ずかしいやら、なんとも落ち着かない。
「……で? 何するんだっけ?」
「あのな……。この前コトセから届いたメッセージのハナシだってば」
と、すっかり目的を忘れていたらしいロコのとぼけ顔で僕の頭はクールダウンができた。
「メッセージは三つ――例の絵を完成させないこと、ツッキーに話したり聞かせたりしないこと、コトセを信じるなってこと。いろいろ考えてみたんだけど、僕だけの推理だと偏るからね」
ひとつひとつ、目の前に突き出した右手の指を立てながら僕が言うと、ロコがうなずく。
「例の絵って……ツッキーパパの描いた絵でしょ?」
「正確には『今描いている絵』だよ。まだ完成はしてないはずだから。どこにあるのやら……」
「えっと。この前の――アレの時は、駅の南口の方に行こうとしてたんでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
一瞬言いよどんだところをみると、ロコなりに気をつかったようだ。
浮かない顔をしているロコに笑顔を見せながら僕はこうこたえる。
「水無月笙氏は、どうやら僕の尾行に気がついていて、逆に僕をおびき寄せたフシがある。だから、絵の置いてある場所が南口方面にあると決めつけてしまうのは、少し安直かもしれない」
「『笙氏』って……。ツッキーパパでしょ?」
「……わからないんだ」
「?」
わかりやすいハテナ顔をしているロコに笑い返してやろうとしたが――それは難しかった。
「たったひとりきりの家族でもある最愛の娘の敵になんてなるはずがない、僕だってそう思ってるし、わかってる。……でもね? あの人には謎が多すぎるよ。特にカレが描く絵にはね」
「もしかして……ツッキーパパまで『リトライ者』だ、って言いたいの?」
「それは……ないと思う。僕が目の前でスマホを取り出しても、眉ひとつ動かさなかったし」
「はぁ? なにそれ?」
「合宿の時、僕がスマホを取り出したら、必死で見えないフリしてたヤツに言われたくないね」
「………………誰のことかしら?」
「さーぁ? 誰だろーなー? ……おいやめろ僕がくすぐりに弱いの知ってるだろ馬鹿よせ!」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる