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第438話 黙って聞け at 1996/1/31

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 とうとう一月も今日で終わる――その夜遅くのことだった。



 ――ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。



 シングルベッドのヘッドボードに置いてあったスマホがビリビリと震え出し、真っ暗な僕の部屋を明るく照らし出していた。半分眠りにつきかけていたカラダを引き起こし、画面を見る。



 ――『非通知設定』。

(………………!? アプリの通知じゃない! ということは……!!)



 あわてて掛け布団を引っかぶり、わずかに震える指先で通話ボタンを押すと、カーテン越しの隣で寝ているはずのお袋を起こさないように十分潜めた声でそっと話しかけた。


「も――もしもし?」

『いいか、古ノ森。時間がないんだ。私が、簡潔に、一方的に話す。黙って聞け』

「う、うん」

『あの絵を完成させるな。琴世に話すな。聞かせるな。そして――私を信じるな』

「え……っ!? それって一体――!!」


 しかし無情にも、ぷつり、と通話は終了してしまった。
 僕の最後のセリフが届いたかどうかすら定かではない。


(一体どういう意味だ……? コトセが無意味なことをわざわざ連絡してくるなんて思えない)


 そう考えると、おそらくコトセが伝えてきた内容は、僕らの『リトライ』の成否に関連する重要事項が含まれているのだろうと推測できる。かなり急いでいた様子から察すると、無事でこそいるようだけれど、カノジョの行動は極端に制限されている状態のようだ。


(『あの絵を完成させるな』っていうのは、間違いなく水無月笙が描いている油絵のことだ)


 しかし問題の『油絵』は、少女の姿がふたり分下絵に描かれた完成にはほど遠い段階で、笙氏のアトリエから忽然と消えてしまい、どこに移されたのかを突き止められていない。


(毎週金曜日に、水無月笙は夕方から家を留守にしている。そして、帰ってくるのは深夜、遅い時には明け方近くにもなるらしい。ということは……移送した先で絵の続きを描いている?)


 知り合いの神社と言っていたか。
 その際、彼は『』という言葉を用いていた。


(『奉納』という言葉の示す意味は、単に物質的なものだけを指すわけじゃなかったはずだ)


 ごくごく一般的に身近で代表的な物が、絵馬だ。一方で、神楽かぐらのような舞踊や、流鏑馬やぶさめのような武芸もある。元々、神仏を楽しませ、またしずめるためにおさそなえる行為が『奉納』なのだ。


(ということは……その『描く』という行為までも『奉納』している、ってことかもしれない)



 しかし、素朴な疑問があった。



(けれど……笙氏が願い望んでいるのは、水無月さんの命がいつまでも長く続くことのはずだ)


 フツーに考えれば、それを止める必要はないように思える。重い病を抱えたひとり娘をうれいて、その命がわずかでも長く続きますように、と想い願うことに何か問題があるのだろうか。

 なのに、電話の向こう側からコトセは『完成させるな』と伝えてきた。
 限られたわずかで貴重な時間を割いてまで、である。


(止める必要がある、っていうなら信じるしかないんだけど……。ちょっとややこしいよなぁ)


 それは最後の『私を信じるな』のせいだった。


 余計なことなのかもしれないが、あえて深読みをすれば『今は正直なセリフが言えないので、すべて逆に受け取れ』というサインだった可能性だってなくはない。いや――そうなるとその『私を信じるな』すら、くるり、するりと裏返り、『私を信じろ』という意味になってしまう。


(い、いや……今は一旦忘れて寝るとしよう。そして明日、ロコに相談してみることにしよう)


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