440 / 539
第438話 黙って聞け at 1996/1/31
しおりを挟む
とうとう一月も今日で終わる――その夜遅くのことだった。
――ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
シングルベッドのヘッドボードに置いてあったスマホがビリビリと震え出し、真っ暗な僕の部屋を明るく照らし出していた。半分眠りにつきかけていたカラダを引き起こし、画面を見る。
――『非通知設定』。
(………………!? アプリの通知じゃない! ということは……!!)
あわてて掛け布団を引っかぶり、わずかに震える指先で通話ボタンを押すと、カーテン越しの隣で寝ているはずのお袋を起こさないように十分潜めた声でそっと話しかけた。
「も――もしもし?」
『いいか、古ノ森。時間がないんだ。私が、簡潔に、一方的に話す。黙って聞け』
「う、うん」
『あの絵を完成させるな。琴世に話すな。聞かせるな。そして――私を信じるな』
「え……っ!? それって一体――!!」
しかし無情にも、ぷつり、と通話は終了してしまった。
僕の最後のセリフが届いたかどうかすら定かではない。
(一体どういう意味だ……? コトセが無意味なことをわざわざ連絡してくるなんて思えない)
そう考えると、おそらくコトセが伝えてきた内容は、僕らの『リトライ』の成否に関連する重要事項が含まれているのだろうと推測できる。かなり急いでいた様子から察すると、無事でこそいるようだけれど、カノジョの行動は極端に制限されている状態のようだ。
(『あの絵を完成させるな』っていうのは、間違いなく水無月笙が描いている油絵のことだ)
しかし問題の『油絵』は、少女の姿がふたり分下絵に描かれた完成にはほど遠い段階で、笙氏のアトリエから忽然と消えてしまい、どこに移されたのかを突き止められていない。
(毎週金曜日に、水無月笙は夕方から家を留守にしている。そして、帰ってくるのは深夜、遅い時には明け方近くにもなるらしい。ということは……移送した先で絵の続きを描いている?)
知り合いの神社と言っていたか。
その際、彼は『奉納』という言葉を用いていた。
(『奉納』という言葉の示す意味は、単に物質的なものだけを指すわけじゃなかったはずだ)
ごくごく一般的に身近で代表的な物が、絵馬だ。一方で、神楽のような舞踊や、流鏑馬のような武芸もある。元々、神仏を楽しませ、また鎮めるために納め供える行為が『奉納』なのだ。
(ということは……その『描く』という行為までも『奉納』している、ってことかもしれない)
しかし、素朴な疑問があった。
(けれど……笙氏が願い望んでいるのは、水無月さんの命がいつまでも長く続くことのはずだ)
フツーに考えれば、それを止める必要はないように思える。重い病を抱えたひとり娘を憂いて、その命がわずかでも長く続きますように、と想い願うことに何か問題があるのだろうか。
なのに、電話の向こう側からコトセは『完成させるな』と伝えてきた。
限られたわずかで貴重な時間を割いてまで、である。
(止める必要がある、っていうなら信じるしかないんだけど……。ちょっとややこしいよなぁ)
それは最後の『私を信じるな』のせいだった。
余計なことなのかもしれないが、あえて深読みをすれば『今は正直なセリフが言えないので、すべて逆に受け取れ』というサインだった可能性だってなくはない。いや――そうなるとその『私を信じるな』すら、くるり、するりと裏返り、『私を信じろ』という意味になってしまう。
(い、いや……今は一旦忘れて寝るとしよう。そして明日、ロコに相談してみることにしよう)
――ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
シングルベッドのヘッドボードに置いてあったスマホがビリビリと震え出し、真っ暗な僕の部屋を明るく照らし出していた。半分眠りにつきかけていたカラダを引き起こし、画面を見る。
――『非通知設定』。
(………………!? アプリの通知じゃない! ということは……!!)
あわてて掛け布団を引っかぶり、わずかに震える指先で通話ボタンを押すと、カーテン越しの隣で寝ているはずのお袋を起こさないように十分潜めた声でそっと話しかけた。
「も――もしもし?」
『いいか、古ノ森。時間がないんだ。私が、簡潔に、一方的に話す。黙って聞け』
「う、うん」
『あの絵を完成させるな。琴世に話すな。聞かせるな。そして――私を信じるな』
「え……っ!? それって一体――!!」
しかし無情にも、ぷつり、と通話は終了してしまった。
僕の最後のセリフが届いたかどうかすら定かではない。
(一体どういう意味だ……? コトセが無意味なことをわざわざ連絡してくるなんて思えない)
そう考えると、おそらくコトセが伝えてきた内容は、僕らの『リトライ』の成否に関連する重要事項が含まれているのだろうと推測できる。かなり急いでいた様子から察すると、無事でこそいるようだけれど、カノジョの行動は極端に制限されている状態のようだ。
(『あの絵を完成させるな』っていうのは、間違いなく水無月笙が描いている油絵のことだ)
しかし問題の『油絵』は、少女の姿がふたり分下絵に描かれた完成にはほど遠い段階で、笙氏のアトリエから忽然と消えてしまい、どこに移されたのかを突き止められていない。
(毎週金曜日に、水無月笙は夕方から家を留守にしている。そして、帰ってくるのは深夜、遅い時には明け方近くにもなるらしい。ということは……移送した先で絵の続きを描いている?)
知り合いの神社と言っていたか。
その際、彼は『奉納』という言葉を用いていた。
(『奉納』という言葉の示す意味は、単に物質的なものだけを指すわけじゃなかったはずだ)
ごくごく一般的に身近で代表的な物が、絵馬だ。一方で、神楽のような舞踊や、流鏑馬のような武芸もある。元々、神仏を楽しませ、また鎮めるために納め供える行為が『奉納』なのだ。
(ということは……その『描く』という行為までも『奉納』している、ってことかもしれない)
しかし、素朴な疑問があった。
(けれど……笙氏が願い望んでいるのは、水無月さんの命がいつまでも長く続くことのはずだ)
フツーに考えれば、それを止める必要はないように思える。重い病を抱えたひとり娘を憂いて、その命がわずかでも長く続きますように、と想い願うことに何か問題があるのだろうか。
なのに、電話の向こう側からコトセは『完成させるな』と伝えてきた。
限られたわずかで貴重な時間を割いてまで、である。
(止める必要がある、っていうなら信じるしかないんだけど……。ちょっとややこしいよなぁ)
それは最後の『私を信じるな』のせいだった。
余計なことなのかもしれないが、あえて深読みをすれば『今は正直なセリフが言えないので、すべて逆に受け取れ』というサインだった可能性だってなくはない。いや――そうなるとその『私を信じるな』すら、くるり、するりと裏返り、『私を信じろ』という意味になってしまう。
(い、いや……今は一旦忘れて寝るとしよう。そして明日、ロコに相談してみることにしよう)
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる