411 / 539
第409話 えらい、えらい。 at 1995/12/24
しおりを挟む
「おはよっ! ケンタ君! あ、勝手にキッチン、使わせてもらってますからね!」
「あ………………う、うん、おはよう、スミちゃん」
クリスマスの朝――。
僕は予想外の光景に、少しとまどいながらも、その予想外さに見とれてしまっていた。
「はい、そこに座って待っててね」
「あ、あのさ、スミちゃん……」
純美子は僕の弱々しいセリフをひとさし指一本でさえぎると、にこり、と笑ってみせた。
「昨日の夜のハナシなら、今はパス。今日は一日デートなんでしょ?」
「でも、さ――!」
「あたし、言ったはずだよ? あたしはそれでもケンタ君が『スキ』だって。忘れちゃった?」
「わ、忘れてない、けど……」
「そ・れ・と・も。フラれて……すっかり冷たくなって帰ってきたケンタ君が、まるで赤ちゃんみたいに一晩中ずっと泣きじゃくってたことだけは忘れて欲しい、ってハナシなのカナー?」
「そっ――それは忘れてくださいお願いします……」
「ダーメ! ダーメだよーっ! うふふふっ!」
なぜかやたらと上機嫌な純美子は、再び朝食づくりに意識を戻したようだ。ここちよいハミングに合わせて、エプロン姿のヒップをリズミカルに振っている姿がとてもかわいらしい。
――がちゃり。
僕は昨日の夜、相応の覚悟を決めて、鍵が開いたままの自分の家へと重いカラダを引きずるようにして帰ったのだった。もうそこには、すでに純美子の姿はない――そう思いこんでいた。
『………………おかえり、ケンタ君』
だから僕は、驚くのと同時に、ひどくうろたえてしまっていた。
どうして?
なぜ?
そう問いかけたくなるその前に、みるみる僕の瞳から涙があふれ出ていた。
『がんばったね……えらい、えらい』
そのあとのことはよく覚えていない。
泣きじゃくる赤子をあやすように、純美子が何度もそう言って、僕の冷え切ったカラダのあちこちをあたたかくてやわらかな手で撫でてくれたように思う。そのうち僕は疲れ果てて眠ってしまったようだ。こんな無茶した後だから、風邪でも引くんじゃ……という心配は杞憂だった。朝目覚めた時、不思議とカラダはポカポカとあたたかかった。暖房器具も点けていなかったのに。
うーむ……と断片的な記憶を寄せ集めていると、とん、と目の前にほかほかと湯気を上げている一皿と一杯が並べられた。ベーコンエッグとバターたっぷりの厚切りトースト、レタスときゅうりのサラダ、そしてホットミルクのようだ。同じように、テーブルの反対側にも、とん。
「あ、あのさ、スミちゃん……」
小さく、いただきます、と手を合わせている純美子に尋ねる。
「僕さ、そのままベッドで寝ちゃったみたいなんだけど……へ、変なことしなかったよね?」
「へぁっ……? ……あ、あー、ケ、ケンタ君のこと? ケンタ君は何もしなかったよー?」
「そっか……ご、ごめんね、いろいろと」
「ううん! おかげでいい夢が見れたし」
「へ? いい夢?」
「ち、違っ……! こ、こっちのハナシ、ですっ!」
なぜか熟したトマトが見劣りするくらい真っ赤になっている純美子は、やけにぷくーとふくれたまま僕の方を見ようともせず、目の前の朝食と格闘しはじめた。なぜだ。謎すぎる……。
「それにしても……すっかり積もっちゃったなぁ。これじゃ、出かけるっていっても……」
「別にスミは、ケンタ君のおうちでデートでも全然いいんだけど」
「って言っても、特におもしろいものなんてないよ?」
困り果ててそうこたえると、純美子は恥ずかしそうにしながらもにこりと微笑む。
「そう? ただ一緒にいるだけで、それだけであたしはステキだなぁって思えるんだけど?」
「あ………………う、うん、おはよう、スミちゃん」
クリスマスの朝――。
僕は予想外の光景に、少しとまどいながらも、その予想外さに見とれてしまっていた。
「はい、そこに座って待っててね」
「あ、あのさ、スミちゃん……」
純美子は僕の弱々しいセリフをひとさし指一本でさえぎると、にこり、と笑ってみせた。
「昨日の夜のハナシなら、今はパス。今日は一日デートなんでしょ?」
「でも、さ――!」
「あたし、言ったはずだよ? あたしはそれでもケンタ君が『スキ』だって。忘れちゃった?」
「わ、忘れてない、けど……」
「そ・れ・と・も。フラれて……すっかり冷たくなって帰ってきたケンタ君が、まるで赤ちゃんみたいに一晩中ずっと泣きじゃくってたことだけは忘れて欲しい、ってハナシなのカナー?」
「そっ――それは忘れてくださいお願いします……」
「ダーメ! ダーメだよーっ! うふふふっ!」
なぜかやたらと上機嫌な純美子は、再び朝食づくりに意識を戻したようだ。ここちよいハミングに合わせて、エプロン姿のヒップをリズミカルに振っている姿がとてもかわいらしい。
――がちゃり。
僕は昨日の夜、相応の覚悟を決めて、鍵が開いたままの自分の家へと重いカラダを引きずるようにして帰ったのだった。もうそこには、すでに純美子の姿はない――そう思いこんでいた。
『………………おかえり、ケンタ君』
だから僕は、驚くのと同時に、ひどくうろたえてしまっていた。
どうして?
なぜ?
そう問いかけたくなるその前に、みるみる僕の瞳から涙があふれ出ていた。
『がんばったね……えらい、えらい』
そのあとのことはよく覚えていない。
泣きじゃくる赤子をあやすように、純美子が何度もそう言って、僕の冷え切ったカラダのあちこちをあたたかくてやわらかな手で撫でてくれたように思う。そのうち僕は疲れ果てて眠ってしまったようだ。こんな無茶した後だから、風邪でも引くんじゃ……という心配は杞憂だった。朝目覚めた時、不思議とカラダはポカポカとあたたかかった。暖房器具も点けていなかったのに。
うーむ……と断片的な記憶を寄せ集めていると、とん、と目の前にほかほかと湯気を上げている一皿と一杯が並べられた。ベーコンエッグとバターたっぷりの厚切りトースト、レタスときゅうりのサラダ、そしてホットミルクのようだ。同じように、テーブルの反対側にも、とん。
「あ、あのさ、スミちゃん……」
小さく、いただきます、と手を合わせている純美子に尋ねる。
「僕さ、そのままベッドで寝ちゃったみたいなんだけど……へ、変なことしなかったよね?」
「へぁっ……? ……あ、あー、ケ、ケンタ君のこと? ケンタ君は何もしなかったよー?」
「そっか……ご、ごめんね、いろいろと」
「ううん! おかげでいい夢が見れたし」
「へ? いい夢?」
「ち、違っ……! こ、こっちのハナシ、ですっ!」
なぜか熟したトマトが見劣りするくらい真っ赤になっている純美子は、やけにぷくーとふくれたまま僕の方を見ようともせず、目の前の朝食と格闘しはじめた。なぜだ。謎すぎる……。
「それにしても……すっかり積もっちゃったなぁ。これじゃ、出かけるっていっても……」
「別にスミは、ケンタ君のおうちでデートでも全然いいんだけど」
「って言っても、特におもしろいものなんてないよ?」
困り果ててそうこたえると、純美子は恥ずかしそうにしながらもにこりと微笑む。
「そう? ただ一緒にいるだけで、それだけであたしはステキだなぁって思えるんだけど?」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる