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第387話 マイ・ファースト・パーティー(2) at 1995/12/23

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「うーん、どこだったかな……? ああ、あったあった! ほら、これだよ、見るかい?」


 ひと通りパーティーの準備ができたところで、笙パパは僕らにマスカットに似た香気を立ち昇らせる熱い紅茶をふるまいながら、例のアトリエ部屋から一冊のアルバムを持ってきた。僕は飲みかけのティーカップを一気にあおり――熱っ!――悶絶しつつもアルバムを覗き込む。



 そこには。



「うわあ、凄いや……! いわゆる肖像画とは違うんですね。少女のいる風景画というか――」

「そうだね。主役は琴ちゃんだけど、僕はあくまで『日常の風景』を切り取って描いてるから」


 1ページ目の絵が描かれたのは病室だ。真っ白な部屋に真っ白で簡素なパイプベッドが置いてあって、その上で純白のシーツにくるまって拗ねた表情をしている少女がいる。歳の頃は幼稚園の年長さんくらいだろうか。むき出しになったマットレスの隅に黄色い帽子が落ちていた。

 2ページ目はもう少し後、小学校に上がりたての少女が新品の真っ赤なランドセルを背負って鉄棒で前回りをしているシーンの、逆さになった一瞬をとらえたストップモーションだ。でも留め具が開いたままだったからか、ランドセルの中の買ってもらったばかりの文房具をぶちまけてしまったらしい。あれ? と悪びれもせず、不思議そうな顔をして眉をしかめている。

 3ページ以降も少女の絵は続き、少しずつ、ちょびっとずつ少女は成長してオトナになっていく。





 が、11ページ目を開いた時、思わず僕の手と息が止まった。





「それは………………つづみさん――琴ちゃんのママが死んだ日だ」


 1ページ目に似た病室の光景。横たわり、かすかに口端に笑みを張りつけたまま、動かなくなってしまった優しい表情の女性の横で、顔をうずめて泣いている少女。あまりに寂しい絵だ。


「つづみさんは僕の妻で、琴ちゃんのママだ。琴ちゃんを出産したあとの体調が思わしくなくてね。ずっと病院暮らしだったんだ。元々カラダの弱い女性だったからね、カノジョは――」


 笙パパの声は囁きのようにか細く、優しかった。
 愛しむようにページを撫でてから、続ける。


「この時からさ。僕が描いた絵はすべて、懇意にしている神社にすることに決めたんだよ」

「奉納……神への供物として捧げる、という意味でしたよね?」

「うん、そうだね、弓之助君」


 うなずく笙パパの目はアルバムのページに向けられていたが、どこも見ていないようだった。


「ちょうどこの時期、偶然琴ちゃんが怪我をしちゃってね。ついでに血液型を調べてみようと、と血液検査のお願いをしたら、どうやら慢性骨髄性白血病だってことがわかっちゃったんだ。それで、願掛けの意味もこめて、ね。きっと治りますように。ずっと一緒にいられますように」



 僕らは――何も言えなかった。



「ああ……ごめんね。なんだかこんなハナシになっちゃって。まあ、そういうわけだから、琴ちゃんを描いた絵は、僕たちのこの家の中にはないんだ。だからこうして写真に残しているのさ」

「奉納した神社はどこなんです?」

「ああ、それは――」





 それまでフツーに話していた笙パパだったのだが――。
 なぜだか急にとまどいの色を浮かべた。





「それは……それはね………………あ、あれ? おかしいな……神社なのはたしかなんだけど」

「それは、菅原神社ではないでしょうか?」

「ええと……たぶん、そうじゃないかな。うん、きっとそうだ。はは、ありがとう、弓之助君」


 渋田や佐倉君は、えー! 忘れますー!? などと盛り上がっていたが、僕は違っていた。


 恐らく、水無月さんを描いた絵を神社に奉納するのは、『リトライ』の『ループ』の中では必ず起こる出来事なのだろう。

 だがしかし、カノジョを含めた水無月家がいつも同じ場所、同じ地域、どころか同じ時間軸に出現するのかは不確定なのかもしれない。以前コトセが言っていたように、『僕らの時間に現れたのはこれがはじめてで、恐らく二度目はない』なのだから。


 つまり、その『ループ』に巻き込まれている笙パパの記憶も、毎回変動しているに違いない。


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