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第341話 ひとり、たりない。 at 1995/11/20
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「ねえねえ、ケンタ君? ここなんだけど、ちょっと教えて欲しいの。……いいかな?」
「いいよ。もちろん。ええと……一次関数のところか。ここから、急に難しくなるよね」
この前、中間テストの結果が返されたと思ったら、もう今週末から期末テストだ。
『電算論理研究部』の部員たちは、いつものとおり放課後部室に集まって、各教科の試験範囲の確認と、予習と復習に余念がない。僕は、静かでありながら活気があるこの光景が好きだ。
しかし――この中には、もうロコの姿はなかった。
(あたしはさ? みんなみたく頭が良いわけじゃない。みんなと同じじゃないんだって)
(――正直しんどいんだよ、もう)
あの時僕は、一旦はロコの言葉にある程度共感した。
誰もが誰も、やればやるだけ知力が際限なく向上するわけじゃない。やっぱり悲しいかな、そこには限界が存在していて、どうしても越えられない壁が行く手を阻む。教科ごとに得手不得手があるのと同じで、成績ののびしろも人それぞれだ。そう僕は思ったりするのだった。
されど、だ。
定期テストを少しでもいい成績で無事クリアできるように、と、『電算論理研究部』で行われる勉強会への参加にみずから手を挙げたのは、ほかならぬロコだったはずだ。
なのに、こうもあっさりと姿を見せなくなってしまうと――。
(もう、その必要がなくなった、ってことなのかな……)
この約半月の間で、ロコに身の回りで起こった変化といえば、それは言うまでもなく。
(ムロは確か、小川高校だったっけ……? ならきっと、二人で勉強してるんだろうさ……)
ずきり、と幻痛が僕の心臓の奥の方で脈打った。
球技大会の表彰式での、ムロの突然のカミングアウト。とたんに迷子になったかのようにココロ細くなった僕が振り返っても、もうそこにはあのロコの姿は、影もカタチもなかった。
その時から、ときおり、ずきり、ずきり、と実体のない痛みが僕の胸を締め付けている。なにかの拍子に、ふっ、と思い出し、ありもしない場所にあやふやなカタチをした痛みが生じる。
(これは、僕にとっての最高のエンディングなんだ。君も祝福してくれるだろ、モリケン?)
なぜ僕はあの時、うん、とこころよく返事することができなかったのだろうか。
ロコがなにも教えてくれなかったから?
付き合うことをヒミツにしていたから?
僕のそばからいなくなってしまう気がしたから?
――馬鹿々々しい。
元々、中学卒業後は一度も会ったことなんてなかったじゃないか。あの日だ。あの同窓会の日に、本当にひさびさに再会したのだ。実に二十六年ぶりの再会。お互いもう四〇歳のおじさんとおばさんだ。相手の知らないところで知らない仕事をして、知らない仲間と生きてきた。
そう、とっくにいなくなっていたじゃないか。
目の前から。
僕の人生から。
ご近所さんで幼馴染みで、兄貴分でもあり師匠でもあった上ノ原広子という女の子は。
「……もしかして、あたし以外の女の子のこと、考えてない?」
「え! あ……えっと……。ごめん」
「それって、ロコちゃんのこと。でしょ?」
ちゃぶ台の上に置いてあった教科書は、気づかないうちに閉じられてしまっていた。代わりに純美子が寝転がるように見上げて覗き込み、ぼんやり考えごとをしてうわの空だった僕の顔に向けてそう言う。さすがだ。怒っている――というより、仕方ないなぁ、と言いたげだった。
「ね? ケンタ君? スミは、ちゃんと聞いた方がいいと思う。ロコちゃんの口から、ね?」
「いいよ。もちろん。ええと……一次関数のところか。ここから、急に難しくなるよね」
この前、中間テストの結果が返されたと思ったら、もう今週末から期末テストだ。
『電算論理研究部』の部員たちは、いつものとおり放課後部室に集まって、各教科の試験範囲の確認と、予習と復習に余念がない。僕は、静かでありながら活気があるこの光景が好きだ。
しかし――この中には、もうロコの姿はなかった。
(あたしはさ? みんなみたく頭が良いわけじゃない。みんなと同じじゃないんだって)
(――正直しんどいんだよ、もう)
あの時僕は、一旦はロコの言葉にある程度共感した。
誰もが誰も、やればやるだけ知力が際限なく向上するわけじゃない。やっぱり悲しいかな、そこには限界が存在していて、どうしても越えられない壁が行く手を阻む。教科ごとに得手不得手があるのと同じで、成績ののびしろも人それぞれだ。そう僕は思ったりするのだった。
されど、だ。
定期テストを少しでもいい成績で無事クリアできるように、と、『電算論理研究部』で行われる勉強会への参加にみずから手を挙げたのは、ほかならぬロコだったはずだ。
なのに、こうもあっさりと姿を見せなくなってしまうと――。
(もう、その必要がなくなった、ってことなのかな……)
この約半月の間で、ロコに身の回りで起こった変化といえば、それは言うまでもなく。
(ムロは確か、小川高校だったっけ……? ならきっと、二人で勉強してるんだろうさ……)
ずきり、と幻痛が僕の心臓の奥の方で脈打った。
球技大会の表彰式での、ムロの突然のカミングアウト。とたんに迷子になったかのようにココロ細くなった僕が振り返っても、もうそこにはあのロコの姿は、影もカタチもなかった。
その時から、ときおり、ずきり、ずきり、と実体のない痛みが僕の胸を締め付けている。なにかの拍子に、ふっ、と思い出し、ありもしない場所にあやふやなカタチをした痛みが生じる。
(これは、僕にとっての最高のエンディングなんだ。君も祝福してくれるだろ、モリケン?)
なぜ僕はあの時、うん、とこころよく返事することができなかったのだろうか。
ロコがなにも教えてくれなかったから?
付き合うことをヒミツにしていたから?
僕のそばからいなくなってしまう気がしたから?
――馬鹿々々しい。
元々、中学卒業後は一度も会ったことなんてなかったじゃないか。あの日だ。あの同窓会の日に、本当にひさびさに再会したのだ。実に二十六年ぶりの再会。お互いもう四〇歳のおじさんとおばさんだ。相手の知らないところで知らない仕事をして、知らない仲間と生きてきた。
そう、とっくにいなくなっていたじゃないか。
目の前から。
僕の人生から。
ご近所さんで幼馴染みで、兄貴分でもあり師匠でもあった上ノ原広子という女の子は。
「……もしかして、あたし以外の女の子のこと、考えてない?」
「え! あ……えっと……。ごめん」
「それって、ロコちゃんのこと。でしょ?」
ちゃぶ台の上に置いてあった教科書は、気づかないうちに閉じられてしまっていた。代わりに純美子が寝転がるように見上げて覗き込み、ぼんやり考えごとをしてうわの空だった僕の顔に向けてそう言う。さすがだ。怒っている――というより、仕方ないなぁ、と言いたげだった。
「ね? ケンタ君? スミは、ちゃんと聞いた方がいいと思う。ロコちゃんの口から、ね?」
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