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第312話 変わらない、から at 1995/11/7

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 ざ――ざ――。


「………………!?」

「なに驚いてるんだよ? 僕のこと、馬鹿にしすぎじゃないか? 昔とは違うんだぜ!?」


 ざ――ざ――!


 向かい合っての正面からのドリブル勝負。ボールの進行方向を塞ぎ、潰して、うまくカラダを割り込ませる。お互いのあたたまったカラダから吐き出された白い息が、モールス信号のように虚空にとぎれとぎれの軌跡を残す。相手の焦るわずかな隙を逃さずに、一気に詰め寄る。


「………………っ!」

「……もう遅いって」


 ざっ!

 ボールを確保した僕は、ボールをしっかりと踏みしめて、ころり、ころり、と転がして言う。


「……はは、ようやく調子が出てきた。さ、会社勤めしてた頃、フットサルやってたんだよ」

「………………」

「まあ、一番歳喰ってるおっさんだったし、体力じゃ勝てないし、そこまでうまくはできなかったよ。でもさ? それでも飽きずに続けていれば、それなりに技術は身につく。こんな風に」


 僕は引き寄せるようにボールを転がして、つま先でちょいと跳ね上げると、んっとん、んっとん、と小気味のよいリズムでリフティングをはじめた。さっきの意趣返しって奴だ。


 ――とっ。


「意外だった? あの、ヘタレでドン臭いケンタが、って思ってるんだろ? ……そいつは大間違いだ。二十六年も経てば、人間、誰だって変わるんだ。んだって」


 ち――ちち――。


 やはり、返事はなかった。だが、ポニーテールを飾る青白い蝶の輝きが、わずかに頼りなさげに揺らいだ――気がした。


(あの光には、どんな意味があるんだ……? あれがロコの『リトライアイテム』のはず……)


 夏祭りの時もそうだった。追いつけそうで追いつけない青白い光。ときに強く、ときに頼りなく、激しい風にあおられ今にも吹き飛ばされそうな一匹の蝶。その透き通るような輝きが、あの時、あの夜に、僕を純美子の下へと導いてくれた。僕と純美子のココロをつないでくれた。



 そう。
 ロコが、僕の想いを届けてくれた――。










 ………………え?

 本当に――本当にそうだったのか?










(……絶対に勝てっこない。そう思っちゃってた)


 そう呟いたのは、あの夜の純美子だ。
 だったら、純美子が勝ったのは、一体誰になんだ!?


 必死でおぼろげな記憶をさかのぼる。だがしかし、その瞬間、僕は確かに目の前の勝負を忘れていたのだ。僕が対峙していたのは、それを見逃してくれるほど甘い相手ではなかったのだ。


 ざ――ざ――!


「な………………っ!?」


 我に返った時には遅すぎた、ハイカットのバスケットシューズが、サッカーボールをしっかりと踏みしめ、確かめるように、懐かしむように、ころり、ころり、と転がしていたのだ。


「………………変わらないものだってあるよ。だからあたしは、んだ」

「やっぱり……! お前、ロコじゃ――!!」



 ――どんっ!
 蹴り上げられたボールが満月に向けてどこまでも高く飛ぶ。





 が――。
 再び僕が前を見た時には、そこにはもう、誰もいなかったのだった。




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