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第309話 越えられない壁 at 1995/11/6
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また新しい週がはじまった。
いよいよ今週は『小山田組VSイケメングループVS僕』という超格差マッチの最終決戦となる『西中球技大会』が、十一月八日から三日間かけて開催されるとあって、僕はもちろんのこと、我ら『電算論理研究部』の部員たちも前にもましてはりきっている様子だ。
「おはよ! ね? モリケンは球技大会、何に出るの……って、強制的に決まってるんだっけ」
「ん。サッカー一択らしいね。ありがたいことに」
「うっへぇ……汚いやり方するなぁ……。おっと」
渋田はわざとらしく滑った口元を覆い隠す。
こんな早い時間に小山田が登校していないのをわかった上での小芝居だ。
毎年秋の運動会から一か月後に開催される『西中球技大会』。男子生徒が選択できる球技は、サッカー、バスケットボール、ドッヂボールの三つとなっている。女子生徒はサッカーの代わりにバレーボールが選択できるのだ。
一時期はこれらの他に、ポートボールや軟式テニス、ソフトボールなどが加わったこともあったそうだが、どれも長続きせず一回きりだったようだ。まあ、元々ポートボールは、バスケットゴールの設備が導入できない学校向けに工夫されて生まれた競技だし――ちなみにメイド・イン・ジャパンだ――、軟テニとソフトは、ラケットやらバットやらミットやらと競技用具を必要とするスポーツで、それなりに敷居が高く、また、経験者と未経験者の差がかなり大きい。それに比べれば、どれもボール一つあればなんとかなるでしょ、ということらしい。
いずれにせよ無理そうな人はドッヂボールを選びなさい、という無言の圧を感じて、かつての僕は当たり前のようにドッヂボールを選択したのだが……今回はそういうわけにはいかない。
「どのみち、バスケは苦手だし、ドッヂは気楽な分、最優秀選手とかないからね。意味ないよ」
「そっか……ドッヂボールじゃダメなんだっけ……」
「……あ! あの、シブチンたちはいいんだぜ、フツーに楽しんでくれて」
「いやいや。そういうわけにもいかないっしょ? 僕たちだって、仲間を奪われるのは嫌だし」
「仲間、か……。まだそう思ってくれてるんだな」
「ん? 先週のアレのこと? まー、確かに? ちょっとびっくりはしたけどさ……でもね?」
シブチンは、困ったようにぽりぽり頭をかきつつ、教室の前の、自分の席の隣に座る咲都子と視線を交わしてから、うん、とうなずいた。それから僕に向けてこう言った。
「ロコちゃんの気持ちもわかるよね、って話してたんだ、僕たち。どっちが頭良いとか悪いとかじゃないけど、結局は高校受験ってそういうことになっちゃうじゃん? 友だちだから、仲が良いから、気が合うから――それだけじゃ、思いや気持ちだけじゃどうにもならないじゃん?」
「そう、だけど……」
「勉強だって、やればやっただけチカラは身につくけど、それでも限界ってあるじゃん? どうしても越えられない、高い壁みたいなのがさ? で、それって人それぞれ違うんだよ、きっと」
「うん……かも、な」
カンタンに認めたくはないことだったけれど、渋田が言わんとすることももっともだった。
いきなり『やろう!』と思い立ち、がむしゃらに努力に努力を重ねたとしても、やがて限界、伸び悩みがやってくる。それは僕自身でも感じていたことだし、渋田に置き換えてもそうなのだろう。
その状態は、はたから見たらネガティブで後ろ向きな『あきらめ』なのかもしれない。でも、本人にとってそれは己の限界を知ったということなのであって、その中で精一杯努力して毎日を充実したものにする、という生き方だって、ポジティブで前向きで、立派な行為に違いない。
考えをめぐらせて何度もうなずいている僕を見て、渋田は、にこり、と笑ってみせた。
「やっぱりノハラさんは、いつでも小細工ナシの、直球ど真ん中勝負の子だよね。でもさ……おかげで変な空気にならずに済んだよ。モリケンが追いかけてったあと、みんなでちょっと話したんだ」
「そう、だったんだ……サンキューな?」
ううん、と首を振り渋田は、僕らがいなくなったあとのハナシをざっくりとしてくれた。
元々あの勉強会は、中間テストや期末テストに備えてしっかり準備をしよう、っていう集まりだったということ。でも、学年が上がるにつれて、それがプレッシャーに感じる部員だっているんだってこと。誰もロコのことを悪く思ってなんかいないし、むしろ応援したいってこと。
改めて僕は、あの頃この仲間たちに出会わなかったことを後悔したのだった。
いよいよ今週は『小山田組VSイケメングループVS僕』という超格差マッチの最終決戦となる『西中球技大会』が、十一月八日から三日間かけて開催されるとあって、僕はもちろんのこと、我ら『電算論理研究部』の部員たちも前にもましてはりきっている様子だ。
「おはよ! ね? モリケンは球技大会、何に出るの……って、強制的に決まってるんだっけ」
「ん。サッカー一択らしいね。ありがたいことに」
「うっへぇ……汚いやり方するなぁ……。おっと」
渋田はわざとらしく滑った口元を覆い隠す。
こんな早い時間に小山田が登校していないのをわかった上での小芝居だ。
毎年秋の運動会から一か月後に開催される『西中球技大会』。男子生徒が選択できる球技は、サッカー、バスケットボール、ドッヂボールの三つとなっている。女子生徒はサッカーの代わりにバレーボールが選択できるのだ。
一時期はこれらの他に、ポートボールや軟式テニス、ソフトボールなどが加わったこともあったそうだが、どれも長続きせず一回きりだったようだ。まあ、元々ポートボールは、バスケットゴールの設備が導入できない学校向けに工夫されて生まれた競技だし――ちなみにメイド・イン・ジャパンだ――、軟テニとソフトは、ラケットやらバットやらミットやらと競技用具を必要とするスポーツで、それなりに敷居が高く、また、経験者と未経験者の差がかなり大きい。それに比べれば、どれもボール一つあればなんとかなるでしょ、ということらしい。
いずれにせよ無理そうな人はドッヂボールを選びなさい、という無言の圧を感じて、かつての僕は当たり前のようにドッヂボールを選択したのだが……今回はそういうわけにはいかない。
「どのみち、バスケは苦手だし、ドッヂは気楽な分、最優秀選手とかないからね。意味ないよ」
「そっか……ドッヂボールじゃダメなんだっけ……」
「……あ! あの、シブチンたちはいいんだぜ、フツーに楽しんでくれて」
「いやいや。そういうわけにもいかないっしょ? 僕たちだって、仲間を奪われるのは嫌だし」
「仲間、か……。まだそう思ってくれてるんだな」
「ん? 先週のアレのこと? まー、確かに? ちょっとびっくりはしたけどさ……でもね?」
シブチンは、困ったようにぽりぽり頭をかきつつ、教室の前の、自分の席の隣に座る咲都子と視線を交わしてから、うん、とうなずいた。それから僕に向けてこう言った。
「ロコちゃんの気持ちもわかるよね、って話してたんだ、僕たち。どっちが頭良いとか悪いとかじゃないけど、結局は高校受験ってそういうことになっちゃうじゃん? 友だちだから、仲が良いから、気が合うから――それだけじゃ、思いや気持ちだけじゃどうにもならないじゃん?」
「そう、だけど……」
「勉強だって、やればやっただけチカラは身につくけど、それでも限界ってあるじゃん? どうしても越えられない、高い壁みたいなのがさ? で、それって人それぞれ違うんだよ、きっと」
「うん……かも、な」
カンタンに認めたくはないことだったけれど、渋田が言わんとすることももっともだった。
いきなり『やろう!』と思い立ち、がむしゃらに努力に努力を重ねたとしても、やがて限界、伸び悩みがやってくる。それは僕自身でも感じていたことだし、渋田に置き換えてもそうなのだろう。
その状態は、はたから見たらネガティブで後ろ向きな『あきらめ』なのかもしれない。でも、本人にとってそれは己の限界を知ったということなのであって、その中で精一杯努力して毎日を充実したものにする、という生き方だって、ポジティブで前向きで、立派な行為に違いない。
考えをめぐらせて何度もうなずいている僕を見て、渋田は、にこり、と笑ってみせた。
「やっぱりノハラさんは、いつでも小細工ナシの、直球ど真ん中勝負の子だよね。でもさ……おかげで変な空気にならずに済んだよ。モリケンが追いかけてったあと、みんなでちょっと話したんだ」
「そう、だったんだ……サンキューな?」
ううん、と首を振り渋田は、僕らがいなくなったあとのハナシをざっくりとしてくれた。
元々あの勉強会は、中間テストや期末テストに備えてしっかり準備をしよう、っていう集まりだったということ。でも、学年が上がるにつれて、それがプレッシャーに感じる部員だっているんだってこと。誰もロコのことを悪く思ってなんかいないし、むしろ応援したいってこと。
改めて僕は、あの頃この仲間たちに出会わなかったことを後悔したのだった。
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