上 下
269 / 539

第268話 波乱ぶくみの運動会(14) at 1995/10/10

しおりを挟む
『ええーと……これは一体――どういうことでしょうか?』


 盛り上げ役を任された放送部の生徒の、スピーカー越しの声は若干うわずって聴こえた。


『借り物競争に出場中のひとりの選手が――女子生徒を抱えて――校庭を一周しております!』

『これは――パフォーマンスですかねぇ? それとも――お題に書かれた指令なのでしょうか』

『あ! 今、放送室に情報が――入ってきました! 選手は二年十一組の五十嵐君のようです』

『どれどれ……抱えられている女子は――水無月さんっ!? あの――水無月さんですか!?』


 二人がトラックを一周すると、盛り上がった観客席からたちまち冷やかしの言葉が飛んだ。


「いいぞー! 熱いぜー! ひゅーひゅー!」

「きゃー! お姫様だっこなんて憧れちゃうー!」

「そのまま結婚しちゃえー!」


 その一方で、とまどいと羨望の入り混じった声もちらほら聴こえてくるようだった。


「水無月さんって……あの!? なんかすっごい可愛くなってない……?」

「ブッキーとか呼ばれてた子……だっけ? ぜんぜん印象違うんだけど?」

「なんか、照れちゃって真っ赤じゃん……でも、そこがかわいいなぁ……」


 さて、当の本人たちはというと。


「ゆ、弓之助君……!? と、止めて! お、降ろして……くださいよぉおおおおおお……!」

「……いえ、それはできません。これは借り物競争のお題なのですから」

「は、恥ずかしい……よぅ……! そ、それに、こんなことしたら……弓之助君まで……!!」


 水無月さんは、まるで四〇度近くの高熱が出てるんじゃないかと心配になるくらいに顔どころかむき出しの腕やふとももまで真っ赤になっていたが、細くてもチカラ強い両腕で抱え上げられていてはまともに身動きができないようだ。

 抱える側の五十嵐君の方も、表情こそいつもの少し無機質にも見えるアルカイックスマイルを維持していたが、それだけに機械の故障かなにかで今にも耳から煙が出てきそうなイキオイだった。それに加えて、いくらやせ型で軽いとは言いつつも、人ひとりを抱えるのは辛そうだ。


「あと半周だぞ! がんばれー!」

「ファイトだよー! ゴーゴー!」


 これがいかにも誰もがうらやむイケメン・イケ女のカップルであれば、ぐうの音も出ない代わりに妬みの声も聞こえたりするものだが、意外や意外、自分たちと同レベルもしくはそれより格下扱いということもあってか、観客たちには妙な親近感と保護欲が湧いている様子だった。





 だが、しかし――。





「……なによ、あれ? ブッキーのくせに……! 超キモチワルイ!!」

「……男の方も相当な変わりモンなんでしょ? 変人で有名なさ。ウケるwww」

「……死にかけゾンビ女とマッド・サイエンティストのカップルなんて、超お似合いじゃん!」



 その声がした二年二組の正面あたりで、ぴたり、と五十嵐君は足を止めた。そして、優しく水無月さんを降ろしてあげてから、ぎろり、と視線を向けて息を吸う。





 一気に――吐き出した!





「僕は! 水無月さんのことが好きですっ! だからっ! 彼女を傷つけるようなことがあったらっ! 僕は絶っ対に許しませんっ! 彼女への文句はっ! この僕が受けて立ちますっ!」


 その決意の瞳は、どこも見ていないようでいて――確実に彼女たちを捉えているようだった。


「僕のような! 何を考えているのかわからない奴を怒らせると、一体どうなるかっ! 足りない頭で想像してみるがいい! きっと僕は! からっ!」

「ひ――っ……!」


 どこからか、か細い悲鳴が漏れ出た。

 だろうと思った――彼女たち以外の生徒は呆れたように軽く肩をすくめると、目の前の演説者に視線を戻した。


「でも! そんな奴らよりもっ! 何倍もっ! 何百倍もっ! 彼女を幸せにしてみせるっ! この世界は美しくて楽しいんだって! それこそがそんな奴らへのなのですっ!」



 一拍ののち。



 静かに耳を傾けていた聴衆は、小さな演説者に割れんばかりの惜しみのない拍手と声援を送ったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件

木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか? ■場所 関西のとある地方都市 ■登場人物 ●御堂雅樹 本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。 ●御堂樹里 本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。 ●田中真理 雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...