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第266話 波乱ぶくみの運動会(12) at 1995/10/10

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 僕の見つめるパネルボードに書かれていたお題とは――。



『大好きな子をお姫様だっこで(ただし校庭一周してからゴールすること)』



「おぅいっ! 誰だよ!? こんな無茶振りしてくる奴! こんなんできっこな――!!」


 そう言いかけて、ふと脳裏に蘇ってきた咲都子のひとこと。


(はぁ? 困るわけないでしょ? むしろ、自分からガンガン惚気にいくタイプよ、スミは)


 そうだった……そういう子なんだったっけ……。
 ということは、お願いすればやってくれそうなフンイキではある。うん。


「でもなぁ……僕自身の羞恥心メーターがぶっちぎりに振り切れちゃうんだよなぁ……」


 このところクラス内の一部からは、『陰キャのくせにバカップルとはなにごとだ』というどこかのラブコメ系ラノベタイトルみたいな認識が定着しているのは確かだ。しかしかといって、それを全校生徒の前でやすやすとご披露できるほど面の皮が厚い訳ではない。悶死しちゃう。

 それに、ずっとお姫様だっこを続けなければならない、というトラップも潜んでいる。スミちゃんの体重はひそかに把握済みだったけれど(※第35話、第36話参照)、お姫様だっこを維持できなかったり、万が一『重い』的なニュアンスのワードを口に出そうものなら、一気にピュアピュアでラブラブなカンケイがぶっ壊れてしまう可能性すらありえるのだ。怖ろしい。


(とはいえ、もう開けてしまったからには後戻りはできないんだ! 覚悟を決めろ、ケンタ!)



 ――と。



「ふむ……。なるほど、こういうお題もあるのですね……さて、どうしますか……」

「ハ、ハカセ……! そっちもパネル、ゲットできたんだな。どんなお題だった?」

「そういう古ノ森リーダーは?」

「ほ、ほら! こんなの引いちゃってさ――」


 見せようかどうしようか一瞬躊躇したものの、結局見せることにする。
 それを目にした五十嵐君は、軽く肩をすくめてみせた。


「よかったですね。おめでとうございます。これで古ノ森リーダーのクリアは確定しましたね」

「あ、あのさ……ちゃんと見えてる、このお題? これ、難しくない?」

「正確に認識できたからこその率直な感想なのですが?」

|なんだろうけどさぁ……」


 僕は五十嵐君のお株を奪うセリフでぶつぶつ呟くと、逆に聞いてみることにした。


「そういうハカセは、どんなお題引き当てたの?」

「………………これですよ」


 なぜか少しためらうそぶりをしてから、僕に向けてパネルボードに書かれたお題を見せる。





 そこに書かれていたのは――。


『今、一番許せない、憎いと思う人』





 それを目にした僕の顔には、苦々しい色が浮かんでいたのだろう、五十嵐君は軽く肩をすくめて見せてから、手にしたパネルボードをもう一度裏返しにして自分の方に向けながら言った。


「ラッキーでした。実に、ね。これに勝る好機はありません。罪人は裁かれるべきなのですよ」


 少しも表情は変わっていない

 だが、優しさと慈愛を失ったトレードマークのアルカイックスマイルは、冷たく鋭かった。

 五十嵐君は一途で頑固だ。一度ココロに決めた信念は絶対に曲げず、必ず事をやり遂げる。そのさまを幾度も僕たちは見てきた。見てきた――からこそ、僕はためらいがちに尋ねる。


「………………本気、なのか? ハカセ?」

「ええ。これは……そう……天啓なのですよ。ならば僕は、進んで拳を振り下ろしましょう」


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