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第257話 波乱ぶくみの運動会(3) at 1995/10/10

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「……モリケンってさー、変なところ度胸あるよねー。ホントはマジ喧嘩強いんじゃなーい?」


 小山田がだるそうに徒競走の集合場所へと向かっていったあと、ほっと胸を撫でおろしている僕の背後から、イキナリ耳元に囁かれた。この甘ったるい喋り方と甘ったるい匂いは……桃月だ。


「ちょ――突然何を言い出すのさ、桃月さん……。絶対強い訳ないじゃんか。僕だよ? 僕?」

「とかいっちゃってぇー。……ん? なんで逃げるのー?」

「きょ、距離……近くて、さ……」


 僕はさも当たり前という仕草で僕の背中におぶさるように寄りかかってきた桃月のカラダから逃げようとする。が、椅子に座った状態のまま、やたら柔らかいカラダを密着させられてしまい、思うように動きが取れなくなった。この……ぽよんぽよんしてるの……胸、じゃない?


「そ、それより桃月さん? 今、わざと声かけたんだろ? 違う?」

「……んー? なんのことぉー? モモ、頭悪いからわかんなーい」

「結構頭良いの、知ってるんだけど……」

「んー? なんか言ったかなー? えーい、こいつめー!」


 うりうりうりー! と、桃月はほぼおんぶ状態の体勢で、僕の頭を抱えるようにして髪の毛を、もしゃもしゃもしゃー! と搔き乱してきた。後頭部に……当たってる当たってるぅー!


「……ふーん」

「……あ」


 ふいに背筋に氷柱つららを突き込まれたような寒気が走り抜け、ナイフで刺すかのような鋭い殺意を感じて視線をめぐらすと、純美子が光を失ったジト目で僕たちのことを観察していた。これは……ヤバい。だが桃月は、僕をオモチャにして遊ぶのに夢中で、まるで気づいてないらしい。


「やっ……やめてやめて! 僕なんてイジったって面白くないでしょうが!」

「いひひー! おもしろいー! だってー、超真っ赤になってるじゃーん?」


 ……じーっ。

 マジで……ヤバい……。
 あれはマジでやる奴の目だって!


 いつだったかも、純美子からヤンデレ属性の片鱗を感じ取ったけれど、今日はそれをはるかに凌駕する黒々とした闇のオーラを感じる……! 僕、今日死ぬの? 死んじゃうのかな?


「はーい、お・わ・り♡」

「はぁ……助かった……」


 ……いろんな意味で。

 ようやく桃月は、僕で遊ぶことに飽きたらしい。すっと身を引き離すと、隣の空いている椅子にちょこんと腰かけた。それから、僕に向けてというよりはひとりごとのようにつぶやいた。


「……ダッチってさ、なんだか危なっかしーよね。ぶきっちょで、子どもみたいでさー?」


 そのセリフは隣にいる僕くらいまでしか届かなかっただろう。
 それほど小さく、優しかった。


 でも、優しくても、残酷なセリフであることを僕は知っている。
 なぜなら、桃月のココロの奥底に隠されているそれは、恋心でも愛情でもないからだ。


 桃月は昔を懐かしむように今まさに徒競走のスタートを切った小山田の姿を眺めながら続ける。


「小学校の頃からずーっとそう。ぜーんぜん変わってないんだよねー……」

「昔から知ってたんだ……知らなかった」

「……そーだよ?」


 桃月はとっさに僕の口から漏れた言葉を拾って、振り返って僕を見つめてこう告げる。


「ダッチはね……小学校の頃、あたしをいじめてたの。いじめの中心になってたのが、ダッチ」

「え………………!?」


 その告白はあまりに唐突すぎて衝撃的すぎて――僕は思わず言葉を失ってしまったのだった。


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