上 下
257 / 539

第256話 波乱ぶくみの運動会(2) at 1995/10/10

しおりを挟む
 現在の天気、晴れ。気温、19℃。
 校舎の裏手の、咲山団地の給水塔の方角に広がる空の色を見るに、午後から曇りになる模様。


「おいっ! てめぇ!」


 徒競走を走り終えたクラスメイトの一人が、早速勝気にはやる小山田に詰め寄られていた。


「手ぇ抜いて、ちんたら走ってんじゃねえぞ!? もし負けたらてめぇの責任だからな!?」

「ちょ――手なんて……抜いてないって……!」

「ンだと!?」


 まったくこいつは……朝っぱらからこの調子だと、そのうち血管ブチ切れるぞ。


「おいおい。そのくらいにしてやれよ、ダッチ。わざと遅く走って得する奴なんていないって」

「ダッ――また、このっ! てめぇ!?」

「あっ! 痛たたた……苦しいっつーの! あのさ、いい加減、慣れてくれないか? みんな、馬鹿にして呼んでるわけじゃない。あだ名ってのは親しみの証拠、だろ? 喜ぶべきだってば」


 この際だから言いたいことを言ってやることにした。呼び捨てにすればキレられ、あだ名で呼べばキレられる。どうしろってんだ、と言いたい。


「それとも、とおるー! って呼んだらいいのか? 小山田さん、って仰々しく呼んで欲しいのか? どっちも違うと思うよ? ダッチはダッチだよ。それは仲間だし、友だちだから――」

「――っ! 黙ってろ!」

「なんでそんなに嫌がるんだよ……」


 頭一つ分背の低い小山田に胸倉を掴み上げられながらも僕は、怯まず諭すように尋ねてみる。



 僕は昔から――そう、あの頃から、とても不思議で仕方なかったのだ。

 ダチでもねぇのに馴れ馴れしい――それは多少わからなくもなかったけれど、この小山田という僕の記憶の中にいる男は、どのような呼び方をされても結局は気に入らない様子で、いつも周囲から腫れ物を触るような扱いをされていた。そばにいるのは吉川か桃月くらいだった。



 でも、今改めてこの目で見た『小山田徹』という少年は、ひどく寂しそうだったのだ。

 自ら積み上げ築き上げた高くて狭い塀の中にいる『小山田徹』という少年は、ちっとも楽しそうには見えなかった。ああ、あの頃不思議だと感じていたのはこの感覚なんだな、と思った。



 なんで――僕のその問いに、小山田は、ぐっ、と見つめたきり答えようとしない。だから僕はなおも問う。


「僕とダッチは、競争中なんだよな? でも今は、同じチームの仲間だ。だろ? 違うかい?」

「……うるせぇ」

「だったら、嫌でも協力しないとダメだ。僕はそうするつもりだよ。たとえダッチが嫌でもさ」

「………………うるせぇ!」


 ばっ――小山田は吐き捨てるようにそう言うと、乱暴に僕を突き放した。


「……てめぇに何がわかる?」

「わからない。わからないから聞いてるんだ。なんで――」

「………………うるせぇつってんだろ!!」


 ぶん! ――偶然にも反射的に首をすくめた途端、僕の頭のてっぺんのすぐ上を、小山田がチカラ任せに振るった拳が通り過ぎていった。内心、冷や汗が背筋を伝ったが、僕は平気なフリをして小山田から視線を外さずに見つめ続けた。すると、鼻を鳴らす音が聴こえた。


「くそが……生意気にも避けやがって……」

「いやいやいや。たまたまだよ。ホントなら、今頃鼻血が出てるって。いや、ホントだって!」

「ったく……ムカつく野郎だ。けっ……!」

「ねえ、ダッチー! 徒競走、呼ばれてるよー!」


 今の緊迫したやりとりを知ってか知らずか、のんびりとした桃月の声に小山田は背を向けた。


「てめぇだけはどうにも気に入らねぇ……。てめぇ相手だと調子が狂うぜ、ナプキン王子様よ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件

木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか? ■場所 関西のとある地方都市 ■登場人物 ●御堂雅樹 本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。 ●御堂樹里 本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。 ●田中真理 雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...