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第208話 とある少女の夢の先 at 1995/9/10
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「お・ま・た・せ、ケンタ君。ちゃんと待っててくれるなんて、なんだかすごく嬉しいな……」
「そ、そりゃあ、か、彼氏だったら、と、当然だし?」
息を弾ませて店内に入ってきた純美子のセリフに真っ赤になりながら僕はこたえた。そんな僕らのやりとりをマスターはいつものように無言で、じろり、と見ただけで豆を焙煎中である。
そう。
ここはお馴染みとなった珈琲舎『ロッセ』だ。
何度かお世話になり何度かご迷惑をおかけしている僕は、こうなったら意地でも通い続けて、ちゃんと常連さんになろうと決心したのだった。ちなみに、マスターの好感度はまだ低い模様。
二時間のレッスン後で疲れているだろうし、少し休憩しようと追加で純美子の分を注文する。香り高い一杯がうやうやしく運ばれてきたところで、僕はあらためてこう尋ねてみた。
「あのさ、スミちゃん……さっき言っていた『夢を持ったのは僕のせい』ってどういうこと?」
「……忘れちゃったの?」
「いっ! いやいやいやいや! そ、そうじゃなくってぇ……!」
「うふふ、ジョーダンだってば。ケンタ君にも誰にも話してないのに、知ってるわけないもん」
気のせいか、純美子の演技力が格段に向上しているように思えるのはレッスンの賜物なの? ひとしきり笑ってみせたあと純美子は、急に恥ずかしくなってきたのか、もごもご口ごもる。
「あ……あのね? 笑っちゃ嫌だよ? あの日、演劇を見ていた時、ケンタ君がこう言ったの」
『役者って、俳優って凄いね! どんな人にもなれる。どんな世界にもいけるんだ!』
『ナレーションの人も凄い。声だけで感情を伝えて、風景までがらりと変えちゃう!』
――確かに言ったと思う。
僕はあの時、軽い失望を覚えていた。なぜなら劇団のメンバーがみな高齢に思えたからだ。しかし、僕はすぐにその考えの浅はかさを判断の愚かさを驚きとともに思い知ることになる。
――あ。
そうだ!
確かあの時、純美子は僕の言葉に応えるようにこう言っていたんだっけ。
「『じゃああたし、決めた』、だ……」
僕が、記憶の中のあの時、あの瞬間の純美子のセリフを声に替えて吐き出すと、純美子はあの時と同じまっすぐな目で僕をじっと見つめ、こくり、とうなずいてみせた。
「スミちゃんはそう言ってたんだ……だから、僕のせい……もしかして、あの時からずっと?」
「そう……だよ」
純美子は、カップにそえた僕の両手を包んではにかんだ。少し汗ばんだようなしっとりとした指が、僕の指の一本一本と重なり、優しくするりとなぞっていく。たちまち心音が速くなる。
「あたしが夢を持ったのも、恋してるって気づいたのも、あの時からずっと。全部、君のせい」
「え……? あ、あの……えっと……。ご、ごめ――」
「だぁめ。今ごろ謝っても、絶っ対に許さないんだから」
純美子はわざと大袈裟にむくれてみせると、握ったままの僕の手の甲に爪を立ててみせる。
「ホントはね? 養成所に通うのも君に告白するのも、高校を卒業して大学が決まるまでは我慢するつもりだったんだよ? でも……そんなことしてたら、きっとケンタ君はあの子と――」
「え? ………………あの子?」
「う、ううん、なんでもない!」
純美子は突然僕の手から離れると、慌てたように顔の前でしきりに手を振って否定した。
「『あんなこと』って言ったの! ケンタ君の聞き間違い! それに……勝負には勝ったもん」
(あの祭り夜も『勝てるとは思わなかった』とか言ってたような……にしても、なんてこった)
まだいくつか気になることはあれど、はじめて知った事実に僕は驚きを隠せなかった。
それは――。
超人気声優・河東純美子に、この世界への道を選択させたのは僕だった、ということだ。
「そ、そりゃあ、か、彼氏だったら、と、当然だし?」
息を弾ませて店内に入ってきた純美子のセリフに真っ赤になりながら僕はこたえた。そんな僕らのやりとりをマスターはいつものように無言で、じろり、と見ただけで豆を焙煎中である。
そう。
ここはお馴染みとなった珈琲舎『ロッセ』だ。
何度かお世話になり何度かご迷惑をおかけしている僕は、こうなったら意地でも通い続けて、ちゃんと常連さんになろうと決心したのだった。ちなみに、マスターの好感度はまだ低い模様。
二時間のレッスン後で疲れているだろうし、少し休憩しようと追加で純美子の分を注文する。香り高い一杯がうやうやしく運ばれてきたところで、僕はあらためてこう尋ねてみた。
「あのさ、スミちゃん……さっき言っていた『夢を持ったのは僕のせい』ってどういうこと?」
「……忘れちゃったの?」
「いっ! いやいやいやいや! そ、そうじゃなくってぇ……!」
「うふふ、ジョーダンだってば。ケンタ君にも誰にも話してないのに、知ってるわけないもん」
気のせいか、純美子の演技力が格段に向上しているように思えるのはレッスンの賜物なの? ひとしきり笑ってみせたあと純美子は、急に恥ずかしくなってきたのか、もごもご口ごもる。
「あ……あのね? 笑っちゃ嫌だよ? あの日、演劇を見ていた時、ケンタ君がこう言ったの」
『役者って、俳優って凄いね! どんな人にもなれる。どんな世界にもいけるんだ!』
『ナレーションの人も凄い。声だけで感情を伝えて、風景までがらりと変えちゃう!』
――確かに言ったと思う。
僕はあの時、軽い失望を覚えていた。なぜなら劇団のメンバーがみな高齢に思えたからだ。しかし、僕はすぐにその考えの浅はかさを判断の愚かさを驚きとともに思い知ることになる。
――あ。
そうだ!
確かあの時、純美子は僕の言葉に応えるようにこう言っていたんだっけ。
「『じゃああたし、決めた』、だ……」
僕が、記憶の中のあの時、あの瞬間の純美子のセリフを声に替えて吐き出すと、純美子はあの時と同じまっすぐな目で僕をじっと見つめ、こくり、とうなずいてみせた。
「スミちゃんはそう言ってたんだ……だから、僕のせい……もしかして、あの時からずっと?」
「そう……だよ」
純美子は、カップにそえた僕の両手を包んではにかんだ。少し汗ばんだようなしっとりとした指が、僕の指の一本一本と重なり、優しくするりとなぞっていく。たちまち心音が速くなる。
「あたしが夢を持ったのも、恋してるって気づいたのも、あの時からずっと。全部、君のせい」
「え……? あ、あの……えっと……。ご、ごめ――」
「だぁめ。今ごろ謝っても、絶っ対に許さないんだから」
純美子はわざと大袈裟にむくれてみせると、握ったままの僕の手の甲に爪を立ててみせる。
「ホントはね? 養成所に通うのも君に告白するのも、高校を卒業して大学が決まるまでは我慢するつもりだったんだよ? でも……そんなことしてたら、きっとケンタ君はあの子と――」
「え? ………………あの子?」
「う、ううん、なんでもない!」
純美子は突然僕の手から離れると、慌てたように顔の前でしきりに手を振って否定した。
「『あんなこと』って言ったの! ケンタ君の聞き間違い! それに……勝負には勝ったもん」
(あの祭り夜も『勝てるとは思わなかった』とか言ってたような……にしても、なんてこった)
まだいくつか気になることはあれど、はじめて知った事実に僕は驚きを隠せなかった。
それは――。
超人気声優・河東純美子に、この世界への道を選択させたのは僕だった、ということだ。
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