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第207話 とある少女の夢見た世界 at 1995/9/10
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「遅いぞー、ケンタくーん!」
「えええ!? ち、遅刻はしてないと……思うんだけど……」
慌てた僕は何度も左手首に巻いた黒のデジタル時計で確認する。確か去年上映されているはずのハリウッド映画『スピード』で、キアヌ・リーブス演じる主人公の影響で人気が急上昇し、家事手伝い頼まれごとをなんでもこなしてようやく買ってもらったカシオの『Gショック』だ。
ほら、とデジタル画面に表示された数字の羅列を見せるが、ぷぅ! とますます膨れられてしまった。
「た、確かに遅刻はしてないけどっ! あたしはもう一〇分も前から待ってたんだからねっ!」
「理不尽すぎる……」
ぽかぽか。丸めた拳で僕の背中を叩くフリをする純美子だったが、前にもあったようなじゃれ合いなんかとは少し違う気がするのだ。
わざと拗ねてみせたり。
怒ったフリをしてみたり。
でもそれは、もうお互いの気持ちを知った上での、確認のための行為なんじゃないかなって。
まだちょっぴり気恥ずかしくて、好き、という言葉はすぐに出てこない。でも、拗ねて怒ってみせれば、少々強引なやり方かもしれないが、好き、という言葉はこっそり顔を出す。
もちろんこの僕が、そんな悟りじみた諦観をしていたわけじゃない。あくまで二周目だったからだ。
「ごめんごめん。待ちきれないスミちゃんが、早めに来てただなんて僕、思ってなくてさ――」
「――っ?」
だが。こうやって直接口に出してしまうのは、デリカシーがない、らしい。どうにもそのへんがわからないんだよなぁ……。あ、いてて、いて! 痛いってば!
「で……あ、いたっ! 今日はどこに……痛いってば! 連れて行こうっていうの、僕を?」
「もー、ケンタ君のいじわるーっ! ……こほん、前に教えたでしょ、叶えたい夢があるって」
「もちろん覚えてるさ。叶ったんだ、って思ってるんだけど……おめでとう、でいいのかな?」
「おめでとう、の前に……どんな夢なのか、知りたくない?」
そりゃあもちろん、知りたいに決まってる。
なにせ、僕の『失恋(勘違い)』の原因にもなった、純美子の描いた夢、なのだ。
そして『勝てるところがひとつもない』と自らを嘆いた、純美子が叶えた夢、なのだ。
僕は思うように言葉が出てこないまま、夢中で何度もうなずいてみせた。
それを見た純美子が、ころころと鈴を転がしたような声音で笑う。
「じゃあ、連れて行ってあげる。あたしがようやく掴まえた、あたしの夢の詰まった場所に」
僕はその言葉にただうなずいて、純美子と一緒にバスに乗り込んだ。菅原神社経由の『町田駅』行きだ。そして終点『町田駅』停留所のPOPビル前に降り立つと、踏切を渡り、久美堂の前あたりの小道を左に曲がり、右に曲がり、さらに郵便局のある方へ曲がり――これ以上は書かないでおこう。なんでも、直接押しかけてくる人たちを避けるため、そうしているらしい。
どこに、だって?
それは――。
「はいっ、ここだよ?」
「えええ!? ここって……もしかして『日本ナレーション指導学院』って奴じゃないの!?」
思わず眼を疑った。
そもそもアニメやゲームが好きな僕でさえ、町田にあの『日ナレ』の養成所があったことを知らなかったからだ。『日ナレ』と言えば、数々のナレーターや声優を輩出してきた名門中の名門。しかも、通おうと思っても、通える場所じゃない。そのためには。
「そう。ここに通うのが夢の第一歩なの。知ってる? まず入所審査っていうのがあって――」
たとえジュニアクラスでも、入所審査で合格できなければ通うことすらできない。つまり。
「うんうん! 凄いじゃん! 凄いよ、スミちゃん! さすがは――!」
「しーっ! 声が大きいよぉ。ようやく入れたのに、怒られちゃう! もー、ケンタ君は……」
でも、どうして?
週一回の二時間レッスンに向かう純美子に尋ねると、こう答えが返ってきた。
「一緒に見た、視聴覚授業の演劇、覚えてる? あたしが夢を持ったのは君のせいなんだよ?」
「えええ!? ち、遅刻はしてないと……思うんだけど……」
慌てた僕は何度も左手首に巻いた黒のデジタル時計で確認する。確か去年上映されているはずのハリウッド映画『スピード』で、キアヌ・リーブス演じる主人公の影響で人気が急上昇し、家事手伝い頼まれごとをなんでもこなしてようやく買ってもらったカシオの『Gショック』だ。
ほら、とデジタル画面に表示された数字の羅列を見せるが、ぷぅ! とますます膨れられてしまった。
「た、確かに遅刻はしてないけどっ! あたしはもう一〇分も前から待ってたんだからねっ!」
「理不尽すぎる……」
ぽかぽか。丸めた拳で僕の背中を叩くフリをする純美子だったが、前にもあったようなじゃれ合いなんかとは少し違う気がするのだ。
わざと拗ねてみせたり。
怒ったフリをしてみたり。
でもそれは、もうお互いの気持ちを知った上での、確認のための行為なんじゃないかなって。
まだちょっぴり気恥ずかしくて、好き、という言葉はすぐに出てこない。でも、拗ねて怒ってみせれば、少々強引なやり方かもしれないが、好き、という言葉はこっそり顔を出す。
もちろんこの僕が、そんな悟りじみた諦観をしていたわけじゃない。あくまで二周目だったからだ。
「ごめんごめん。待ちきれないスミちゃんが、早めに来てただなんて僕、思ってなくてさ――」
「――っ?」
だが。こうやって直接口に出してしまうのは、デリカシーがない、らしい。どうにもそのへんがわからないんだよなぁ……。あ、いてて、いて! 痛いってば!
「で……あ、いたっ! 今日はどこに……痛いってば! 連れて行こうっていうの、僕を?」
「もー、ケンタ君のいじわるーっ! ……こほん、前に教えたでしょ、叶えたい夢があるって」
「もちろん覚えてるさ。叶ったんだ、って思ってるんだけど……おめでとう、でいいのかな?」
「おめでとう、の前に……どんな夢なのか、知りたくない?」
そりゃあもちろん、知りたいに決まってる。
なにせ、僕の『失恋(勘違い)』の原因にもなった、純美子の描いた夢、なのだ。
そして『勝てるところがひとつもない』と自らを嘆いた、純美子が叶えた夢、なのだ。
僕は思うように言葉が出てこないまま、夢中で何度もうなずいてみせた。
それを見た純美子が、ころころと鈴を転がしたような声音で笑う。
「じゃあ、連れて行ってあげる。あたしがようやく掴まえた、あたしの夢の詰まった場所に」
僕はその言葉にただうなずいて、純美子と一緒にバスに乗り込んだ。菅原神社経由の『町田駅』行きだ。そして終点『町田駅』停留所のPOPビル前に降り立つと、踏切を渡り、久美堂の前あたりの小道を左に曲がり、右に曲がり、さらに郵便局のある方へ曲がり――これ以上は書かないでおこう。なんでも、直接押しかけてくる人たちを避けるため、そうしているらしい。
どこに、だって?
それは――。
「はいっ、ここだよ?」
「えええ!? ここって……もしかして『日本ナレーション指導学院』って奴じゃないの!?」
思わず眼を疑った。
そもそもアニメやゲームが好きな僕でさえ、町田にあの『日ナレ』の養成所があったことを知らなかったからだ。『日ナレ』と言えば、数々のナレーターや声優を輩出してきた名門中の名門。しかも、通おうと思っても、通える場所じゃない。そのためには。
「そう。ここに通うのが夢の第一歩なの。知ってる? まず入所審査っていうのがあって――」
たとえジュニアクラスでも、入所審査で合格できなければ通うことすらできない。つまり。
「うんうん! 凄いじゃん! 凄いよ、スミちゃん! さすがは――!」
「しーっ! 声が大きいよぉ。ようやく入れたのに、怒られちゃう! もー、ケンタ君は……」
でも、どうして?
週一回の二時間レッスンに向かう純美子に尋ねると、こう答えが返ってきた。
「一緒に見た、視聴覚授業の演劇、覚えてる? あたしが夢を持ったのは君のせいなんだよ?」
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