上 下
175 / 539

第174話 かえでちゃん奪還作戦(2) at 1995/8/6

しおりを挟む
 幾重にも取り囲むように立ち並んだ見物客を押し退け、ようやく辿り着いた先にいたのは。


「え……? ホ、ホントに君、佐倉君なの……か!?」


 ネイビーブルーのミリタリーテイストのドレスに身を包み、驚いたような恥ずかしいような、それでいて少しうれしそうな、驚愕と恍惚の表情を複雑に入り混じらせた少女の姿。

 いや、ふと漏れ出た声は確かに佐倉君のものだったと思うけど、すらりと伸びた足には白いガーターストッキングを履き、くい、と引き締まったヒップは極小のショートパンツに包まれていて、どう見たってその姿は女の子でしかないのである。

 長めのジャケットの裾がミニスカートのようにも見えるようデザインされているので、ちらちらイケナイものが見えてる感が。


「ち――違いますぅ! あ、あたしは、ただいま売り出し中の新人アイドル、葉桜はざくらふぅですう!」

「あ……ご、ごめん!」


 慌てて謝る僕。
 よくよく見れば、睫毛まつげも驚くほど長いし、佐倉君よりたれ目だ。

 左目の下に、あんな目立つホクロなんてなかったと思う。な、なにより、この子のチューブトップの胸元を押し上げているあの二つのかわいらしくて慎ましやかなふくらみは、どう考えたって――!


「えええええ、嘘っ!? か、かえでちゃん!? ホントにかえでちゃんなの? マジぃ!?」

「うひぃっ!」


 僕に遅れること数十秒、ようやく人波から、ぽん、と顔を出したロコが開口一番叫ぶと、・新人アイドルの葉桜ふぅはアイドルらしからぬ変なポーズで両手をあげつつ悲鳴を上げた。しかし、そこはさすが将来有望なアイドルというべきか、すぐさま体制を立て直して抗議した。


「だ、だ・か・ら・! あたしは、葉桜ふぅです、ってさっきから言ってるじゃないですか!」


 葉桜ふぅは必死に否定する。目には涙まで浮きはじめていた。それを見た観衆たちは当然のように彼女の味方になって、突如乱入して台無しにしてしまった僕らを口々に非難しはじめた。


「お前ら! ふぅちゃんに変ないいがかりつけてんじゃねーぞ! 帰れー!」

「そうだそうだー! せっかく盛り上がってたステージが台無しじゃねーか! ふざけんな!」


 怒れる人の輪が、徐々に僕らを追い詰めはじめた。
 それでも粘るロコは僕に尋ねてくる。


「ねぇ? ホントに違うの? それとも、ホントにそうなの? どっちなのよ、ケンタ!?」

「い、いやいやいや! ぼ、僕に聞かれたってわかんないってば! それより……ヤバい!」


 両手を広げて迫りくる人波を押し返そうとふんばりながら僕は真偽を見極めるべく観察する。でも、おへその見えた大胆なデザイン、怯えるような内股の姿勢。やっぱり違うのか……!?



 その時だ。

 ようやく人混みから抜け出したみかんちゃんは、迷うことなくこう叫んだ。



「ぷはぁっ! ……かえでちゃん! お姉ちゃんたちも! もうこんなことやめなさい!!」

……!? どうしてここに――はっ!?」


 しまった! という表情が、カノジョの嘘を雄弁に語っていた。
 あれは――やっぱり!



 ピーッ! ピーッ!



 突如響き渡ったホイッスルの音が、その場にいた者全員の動きを止めた。

 人々の輪がJR『町田駅』の改札のある方角から、少しずつ少しずつ崩れていく――そうか、ここのすぐ下には交番があったんだっけ。上で騒ぎが大きくなってきたから様子を見に来たに違いない。


「なんだなんだ、この騒ぎは? 今日ここでイベントをやるだなんて話、聞いてないぞー!?」

「やべぇ! 警察サツだ! お、おい、即刻撤収するぞ!」


 だがその一瞬のスキをついて、佐倉君の左後方で待機していたらしいパンツスーツ姿の長身の女性が叫び、そのすぐ隣にいた瓶底メガネの根暗女子が佐倉君の白いロンググローブに包まれた手を一気に引き寄せ、薄手の毛布をかぶせてぐるぐる巻きにする。


 そして。
 一気に逃げた。


「お、おい! ロコ! みかんちゃん! あいつらを追うぞ! 巻き込まれる前に走れ!!」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...