94 / 539
第94話 テニスコートで応援を at 1995/6/25
しおりを挟む
「ご、ごめんね、スミちゃん。急に誘ったりしてさ……」
「ううん、あたしも予定なかったから。ケ、ケンタ君から誘ってもらえると思ってなかったし」
今日は日曜日だ。
僕と純美子は町田駅の一つ隣、成瀬駅から徒歩一五分の『成瀬クリーンセンターテニスコート』の観客席にいた。観客席とは言って世界大会のように階段状のアリーナがあるわけではなく、コートを取り囲む高い緑のネットの近くに必要な分だけパイプ椅子が並べてある、極めて質素で簡易的なものだ。
「あの……どうしてあたしを誘ってくれたの?」
「そ、それは……えっと……」
心の奥を探るような、ちょっぴり何かを期待しているような、潤んだ純美子の大きな瞳に見つめられ、僕はたちまち落ち着きと言うべき言葉を失ってドギマギしてしまった。
でも、まさかホントのことは言えない。
佐倉君から『ぜひ二人で応援に来てくれませんか?』と言われた時、まっさきに声を掛けたのが渋田だったこととか、その渋田から『えっと……モリケンって馬鹿なの?』って呆れられたこととか、『じゃあ五十嵐君は――』と言いかけた僕を慈愛溢れるアルカイックスマイルでスルーした五十嵐君のこととかは絶対にここで口にすべきではないのだ。うん。
代わりに精一杯の笑顔らしきものを顔中に浮かべると、僕はこう答えてあげた。
「ぼっ、僕が誘いたかったからさ、スミちゃんを。それにスミちゃん、テニス部だったよね?」
「うん! 覚えててくれたんだー! で……誘いたかったんだー……。ちょっと嬉しいな……」
「ほ、ほら、僕、全然テニスのこと知らなくってさ! 知ってる人と観ればわかるのかなって」
あ、あれ?
急にスミちゃんの様子が?
さっきまで白桃みたいなピンク色だったのに、今はなんだか熟れすぎたトマトみたいで――。
「ど、どうしたのかなー? 急に黙っちゃって……あ、そうだ! 何か飲み物でも――うげっ」
「もうっ! 自分でっ! 買ってくるからいいですっ!」
痛たたたたた……。
どうして今、足思いっきり踏まれたのかな!?
僕、女心がちっとも理解できないです……。
ぷりぷり怒りながら遠ざかっていく純美子の後ろ姿を苦笑まじりに見つめる。いつもとは違うストラップタイプで底の厚めな黒の革靴は、オトナになりたくってちょっと背伸びしているみたいだ。ロリータファッション寄りの足元は、くるぶし丈で折り返した白いソックス。彩りを添えるフリルがかわいい。でも、ス、スカートの丈、ちょっと短すぎないかな? そわそわ。
そうやって純美子を見つめていると妙に落ち着かない気分になるのに、どうしても目を離せずにいると、遠くからリズミカルに駆け寄る足音が僕をようやく正気に戻してくれた。
「あ――来てくれたんですね、古ノ森リーダー! あの……河東さんも一緒……ですよね?」
「……ああ、佐倉君。ごめん! 今ぼーっとしてて、あんまり話聞いてなかったんだけど?」
「あは、あはははは……」
「ん? なんかいつもと雰囲気が違う気が……。そのウェアのせいかな。似合ってるじゃん」
ほんの一瞬、あれ? なんでスカートじゃないの? って思っちゃったのはヒミツである。
「そ、そうですか? 嬉しいです。えへへ……」
「それでさ、今日はどういうカンジの試合をするのかな?」
「えっと――」
佐倉君はどう説明したものかと顎に指を添えて空を見上げた。どうみても女の子の仕草。
「わかりやすく言うと……国内のランキング選手が競ってポイントを奪い合う、みたいな?」
「ええっ!? それって、まるでプロテニスプレイヤーみたいじゃんか!」
「いえいえ、それは大袈裟ですってば。登録費さえ払えば、誰でも選手になれるんですから」
「えーっ! かえでちゃんって、ジュニア登録してるんだねー! すごーい! 本格的ー!」
えっと。さすがに学校の外では『かえでちゃん』呼びはやめてあげて……。あと、僕の分も買ってきてくれたのはとっても嬉しいんだけど、ほっぺたじゃ飲めないよ? 冷たいんだけど。
「あ、はい! ――呼ばれちゃいました。じゃ、僕、行ってきますね! 応援お願いします!」
「ううん、あたしも予定なかったから。ケ、ケンタ君から誘ってもらえると思ってなかったし」
今日は日曜日だ。
僕と純美子は町田駅の一つ隣、成瀬駅から徒歩一五分の『成瀬クリーンセンターテニスコート』の観客席にいた。観客席とは言って世界大会のように階段状のアリーナがあるわけではなく、コートを取り囲む高い緑のネットの近くに必要な分だけパイプ椅子が並べてある、極めて質素で簡易的なものだ。
「あの……どうしてあたしを誘ってくれたの?」
「そ、それは……えっと……」
心の奥を探るような、ちょっぴり何かを期待しているような、潤んだ純美子の大きな瞳に見つめられ、僕はたちまち落ち着きと言うべき言葉を失ってドギマギしてしまった。
でも、まさかホントのことは言えない。
佐倉君から『ぜひ二人で応援に来てくれませんか?』と言われた時、まっさきに声を掛けたのが渋田だったこととか、その渋田から『えっと……モリケンって馬鹿なの?』って呆れられたこととか、『じゃあ五十嵐君は――』と言いかけた僕を慈愛溢れるアルカイックスマイルでスルーした五十嵐君のこととかは絶対にここで口にすべきではないのだ。うん。
代わりに精一杯の笑顔らしきものを顔中に浮かべると、僕はこう答えてあげた。
「ぼっ、僕が誘いたかったからさ、スミちゃんを。それにスミちゃん、テニス部だったよね?」
「うん! 覚えててくれたんだー! で……誘いたかったんだー……。ちょっと嬉しいな……」
「ほ、ほら、僕、全然テニスのこと知らなくってさ! 知ってる人と観ればわかるのかなって」
あ、あれ?
急にスミちゃんの様子が?
さっきまで白桃みたいなピンク色だったのに、今はなんだか熟れすぎたトマトみたいで――。
「ど、どうしたのかなー? 急に黙っちゃって……あ、そうだ! 何か飲み物でも――うげっ」
「もうっ! 自分でっ! 買ってくるからいいですっ!」
痛たたたたた……。
どうして今、足思いっきり踏まれたのかな!?
僕、女心がちっとも理解できないです……。
ぷりぷり怒りながら遠ざかっていく純美子の後ろ姿を苦笑まじりに見つめる。いつもとは違うストラップタイプで底の厚めな黒の革靴は、オトナになりたくってちょっと背伸びしているみたいだ。ロリータファッション寄りの足元は、くるぶし丈で折り返した白いソックス。彩りを添えるフリルがかわいい。でも、ス、スカートの丈、ちょっと短すぎないかな? そわそわ。
そうやって純美子を見つめていると妙に落ち着かない気分になるのに、どうしても目を離せずにいると、遠くからリズミカルに駆け寄る足音が僕をようやく正気に戻してくれた。
「あ――来てくれたんですね、古ノ森リーダー! あの……河東さんも一緒……ですよね?」
「……ああ、佐倉君。ごめん! 今ぼーっとしてて、あんまり話聞いてなかったんだけど?」
「あは、あはははは……」
「ん? なんかいつもと雰囲気が違う気が……。そのウェアのせいかな。似合ってるじゃん」
ほんの一瞬、あれ? なんでスカートじゃないの? って思っちゃったのはヒミツである。
「そ、そうですか? 嬉しいです。えへへ……」
「それでさ、今日はどういうカンジの試合をするのかな?」
「えっと――」
佐倉君はどう説明したものかと顎に指を添えて空を見上げた。どうみても女の子の仕草。
「わかりやすく言うと……国内のランキング選手が競ってポイントを奪い合う、みたいな?」
「ええっ!? それって、まるでプロテニスプレイヤーみたいじゃんか!」
「いえいえ、それは大袈裟ですってば。登録費さえ払えば、誰でも選手になれるんですから」
「えーっ! かえでちゃんって、ジュニア登録してるんだねー! すごーい! 本格的ー!」
えっと。さすがに学校の外では『かえでちゃん』呼びはやめてあげて……。あと、僕の分も買ってきてくれたのはとっても嬉しいんだけど、ほっぺたじゃ飲めないよ? 冷たいんだけど。
「あ、はい! ――呼ばれちゃいました。じゃ、僕、行ってきますね! 応援お願いします!」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる