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第64話 エクストリーム『鎌倉幕府』解説 at 1995/5/29

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 そしてその日の放課後。

 ちょっと荻島センセイに相談ごとがあったのだけれど、負担を少しでも軽くしてあげようと、LHR後の教室でではなく、職員室まで出向いて話をさせてもらった。目的は、まだ仮設状態の『電算論理研究部』を正式に認可してもらうための情報収集。今まで知らなかった規則や条件、特例事項などなどを知ることができて、とても有意義だった。



 で。

 予告どおりダイジェスト版『北条氏治世下の鎌倉幕府』をやろうと戻ってきたんだけど。



「……な、なんで桃月さんまでいるのかな?」


 まだ誰か教室に残っている可能性を考えてなかったわけじゃないけれど、それはあくまで部外者としての話だ。だが、ロコと肩を並べて座っているとなると話は違ってくる。なるべく嫌そうな空気を出さないように尋ねてみると、桃月は不満げにふくれっ面をしながらこたえた。


「えー!? モモもぉー、ロコみたいに成績良くなりたいからぁー、モリケン先生のヒミツの・・・・放課後・・・個人・・レッスン・・・・受けたいなぁー、って思ってきたんだけどぉー? お邪魔だったぁー?」

「じ、邪魔とかじゃないけどさ……。ほ、ほら明後日、鎌倉行くだろ? その予習なんだけど」


 そう説明したところで、桃月の、ぷー! は一向に収まらなかった。
 すると、ちょっと離れた席に座っていた純美子が、助け船のつもりで口を挟んできた。


「そ、そうなの! ウチの班の見学テーマが北条氏だから、前情報を仕入れたうえで――」

「ふーん。っていうか、トン子・・・いたんだー。ごっめーん、モモ、全っ然気づいてなかったー」


 仲の良い女子は『スミちゃん』と純美子を呼ぶけれど、純美子など眼中にないモブキャラだ、その他大勢だとナメてかかっている連中からは、河東なので『トン子』と呼ばれていた。当然、学校中でも人気の高いAグループ女子である桃月からしたら、道端の石ころ程度だ。

 けれど、純美子ももうそんな低次元な嫌がらせには慣れているから、わざわざ腹は立てない。


「と、ともかくさ、ウチの班の人以外は、あんまり参考にならないかもしれないから……ね?」

「そんなのモモが決めることじゃん? トン子、カンケーなくない?」

「ちょっと! あたしが一緒にいて欲しいから、スミちゃんには来てもらってるの! 悪い?」


 たまらずロコが苛立ちを隠そうともせずに言い放つと、モモは意外なことににやりと笑った。


「へぇー……スミちゃん、ね。いつの間にこっち側・・・・になったの、ロコ?」

「こっち側、って何よ? こっちもあっちもあたしの勝手だから」

「ふーん。じゃあ、ここにあたしがいるのも、あたしの勝手。でしょ?」


 僕はだんだんと呆れてきてしまい、思わずこめかみを揉みほぐしながら首を振った。


 ただ、だ。

 どうしたって僕は純美子やロコの側に立って物を見てしまうから仕方ないけれど、こんな桃月だって、世紀の大悪人や民衆をたぶらかす魔女ではない。どこにでもいる中学生の女の子ってだけで、特別な何かではないのだ。純粋で無垢で、されどそれゆえ自己中心的でワガママで怖ろしいほど残酷。それがオトナでも子供でもない『中学生』っていう生き物なのだ。

 とはいえ、中身が四〇歳のおっさんでもなければ、今頃とっくにキレてるだろうなー。


「わかったわかった。せっかく時間を取ってもらったんだから、とっととはじめちゃおう」


 僕が純美子とロコに向けてそう告げながらチョークを摘み上げると、二人は渋々うなずいた。まだ落ちつかなげに僕の方に視線を送ってくるけれど、一旦無視して続けることにする。


「そもそも源氏と北条氏のつながりって、どこから生まれたか、知ってる? はい、ロコ」

「あー、なんか聴いたかも……北条さんとこの娘と頼朝が出来ちゃったから、でしょ?」

「それを言うなら、北条政子、ね」


 軽い、軽いよ! 間違いじゃないけど、それで正解にしてしまうにはあまりに言葉足らずだ。


「北条政子は、のちに御台所みだいどころ尼御台あまみだい、尼将軍となった歴史上重要な人物だよ。父・義朝とともに平治の乱に参加した源頼朝は戦に破れた後、伊豆国に流刑になる。その伊豆国を治めていたのが平家側で戦っていた北条氏だったんだ。要するに、敵武将のお嬢さんってわけだ」

「ひゅー! 頼朝っち、やるー!」と桃月。

「平家物語では『顔大きに、背低きかりけり。容貌優美にして言語分明なり』と書かれていて『顔が大きく、背は低かった』らしい。残っている鎧から推定される身長は、だいたい一六五センチくらい。『容貌優美』っていうのは、全体的な雰囲気とか印象がとても良いってことで、『言語分明』っていうのは、教養があるだとか頭の回転が速くて弁が立つって表現だね」

「それって……イケメンなん?」


 がっくりと桃月はうなだれたのだった。


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