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第59話 独善的でも身勝手でも at 1995/5/14
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ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
『……おいおいおい。何か、大事なことを忘れてはしないかね、古ノ森健太?』
「時巫女・セツナか。ひさしぶりだな。……どうかしたのか?」
夕食を済ませ、早めに敷いた布団の上でごろごろと怠惰な時間を過ごしていた僕は、しばらくぶりに振動したスマホを取り上げて、その向こうから聴こえてきた不機嫌そうな声に応じた。
『どうかしたのか、ではない! 今時点の現実乖離率がどれほどなのか理解しているのか!?』
「おいおいおい。待ってくれ。おかしなことを言う奴だな――」
近頃、ぶつぶつひとりごとを言おうが親父もお袋も眉をひそめることはなくなったものの、やっぱり勘違いされるのはいい気分がしないので、掛け布団をかぶってなるべく声を潜める。
「そもそもだ。好きなように生きろ、やりたいようにやれ、って言い始めたのはそっちだろ?」
『と、とはいえ、限度というものがある! マニュアルに書かれていた内容は読んだはずだ!』
「手抜き翻訳の、な。お前が言いたいのは、今日時点の現実乖離率のことなんだろ?」
『……まあ、そうだ。いくつかわかっているのか?』
僕は通話を維持しながらスマホを操作し、例の『DRR』アプリを起動した。長めのローディングのあと、アプリのホーム画面に数値が表示される。しかし、正確な数字が知りたかっただけで、だいたいどのくらいなのかはすでに確認済みだった。
「最新の数字は38パーセントだ。で?」
『で、って貴様という奴は……!』
「まだ五月も終わってないというのに、か?」
確かに100パーセントを上限と考えるなら、たった二ヶ月で四割近いのは問題なのだろう。
「で、それがどうした? むしろ僕は、100パーセントを超えてやろうと思ってるんだぜ?」
『な――っ!?』
時巫女・セツナは僕のセリフに絶句する。
その勢いに乗じて、僕は言葉をつないでいった。
「確かにあのインチキ臭いマニュアルには、現実乖離率が100パーセントを超えると危険、って書いてあったさ。そしてセツナ、お前はこう言ったよな――『時間には自己修復力があり、僕の選択一つ程度で致命的な改変は起こり得ない』と。そしてこうも言った――『万が一、歴史改変という事態に陥ったとしても、歴史がそれを拒むだろう』と。そんなことは承知済みだ」
なぜ――と尋ねられる前に、僕――俺は血を吐くようにスマホに向けて吐き捨てた。
「だけどな! そんなの、未来に絶望してない奴のやることだろ! 違うか!? 未来に満足してるんだったら、俺だってそうしたいさ! 何がなんでもやってやろうって思うさ! ……だがな、俺の未来はまさにどん底なんだ。この『リトライ』の一年間馬鹿正直にルールを守って無事に元の時間に戻れたとしても、俺には……何も……ない。何も……ないんだよ……」
時巫女・セツナは何も言わなかった。通話中であることを示す低い空電音が聴こえるだけだ。言えなかったのか、あえて黙っていたのかはわからない。でも、俺にはどっちだって良かった。
「たった一度のチャンスなんだろ? だったら、変えてやろうっていうのさ。運命を、ね」
『……お前は独善的で身勝手だ』
「ふン、好きに言ってくれ」
俺は絞り出すような時巫女・セツナの非難めいたセリフを鼻で笑い飛ばした。
「別に英雄になりたいわけじゃない。世界を支配したいわけでもないし、大富豪や誰もが憧れる人気者になりたいってわけじゃないんだ。ただ、ほんの少し、少しだけマシになればいい」
『歪みとひずみが生じれば、お前以外の人間にも影響は少なからず生じるぞ?』
「仮にそうなったとして、その時、そのことに気づけるのは世界中で俺だけだ。違うか?」
『……それはエゴだ、古ノ森健太。今にそれを思い知るだろう』
「かもな」
なぜだか時巫女・セツナの吐いたセリフは、ひどく疲れたもののように覇気がなかった。
「まあそこで見物してればいい。そして、もし僕が失敗したら笑ってくれ。じゃあ、またな」
『……おいおいおい。何か、大事なことを忘れてはしないかね、古ノ森健太?』
「時巫女・セツナか。ひさしぶりだな。……どうかしたのか?」
夕食を済ませ、早めに敷いた布団の上でごろごろと怠惰な時間を過ごしていた僕は、しばらくぶりに振動したスマホを取り上げて、その向こうから聴こえてきた不機嫌そうな声に応じた。
『どうかしたのか、ではない! 今時点の現実乖離率がどれほどなのか理解しているのか!?』
「おいおいおい。待ってくれ。おかしなことを言う奴だな――」
近頃、ぶつぶつひとりごとを言おうが親父もお袋も眉をひそめることはなくなったものの、やっぱり勘違いされるのはいい気分がしないので、掛け布団をかぶってなるべく声を潜める。
「そもそもだ。好きなように生きろ、やりたいようにやれ、って言い始めたのはそっちだろ?」
『と、とはいえ、限度というものがある! マニュアルに書かれていた内容は読んだはずだ!』
「手抜き翻訳の、な。お前が言いたいのは、今日時点の現実乖離率のことなんだろ?」
『……まあ、そうだ。いくつかわかっているのか?』
僕は通話を維持しながらスマホを操作し、例の『DRR』アプリを起動した。長めのローディングのあと、アプリのホーム画面に数値が表示される。しかし、正確な数字が知りたかっただけで、だいたいどのくらいなのかはすでに確認済みだった。
「最新の数字は38パーセントだ。で?」
『で、って貴様という奴は……!』
「まだ五月も終わってないというのに、か?」
確かに100パーセントを上限と考えるなら、たった二ヶ月で四割近いのは問題なのだろう。
「で、それがどうした? むしろ僕は、100パーセントを超えてやろうと思ってるんだぜ?」
『な――っ!?』
時巫女・セツナは僕のセリフに絶句する。
その勢いに乗じて、僕は言葉をつないでいった。
「確かにあのインチキ臭いマニュアルには、現実乖離率が100パーセントを超えると危険、って書いてあったさ。そしてセツナ、お前はこう言ったよな――『時間には自己修復力があり、僕の選択一つ程度で致命的な改変は起こり得ない』と。そしてこうも言った――『万が一、歴史改変という事態に陥ったとしても、歴史がそれを拒むだろう』と。そんなことは承知済みだ」
なぜ――と尋ねられる前に、僕――俺は血を吐くようにスマホに向けて吐き捨てた。
「だけどな! そんなの、未来に絶望してない奴のやることだろ! 違うか!? 未来に満足してるんだったら、俺だってそうしたいさ! 何がなんでもやってやろうって思うさ! ……だがな、俺の未来はまさにどん底なんだ。この『リトライ』の一年間馬鹿正直にルールを守って無事に元の時間に戻れたとしても、俺には……何も……ない。何も……ないんだよ……」
時巫女・セツナは何も言わなかった。通話中であることを示す低い空電音が聴こえるだけだ。言えなかったのか、あえて黙っていたのかはわからない。でも、俺にはどっちだって良かった。
「たった一度のチャンスなんだろ? だったら、変えてやろうっていうのさ。運命を、ね」
『……お前は独善的で身勝手だ』
「ふン、好きに言ってくれ」
俺は絞り出すような時巫女・セツナの非難めいたセリフを鼻で笑い飛ばした。
「別に英雄になりたいわけじゃない。世界を支配したいわけでもないし、大富豪や誰もが憧れる人気者になりたいってわけじゃないんだ。ただ、ほんの少し、少しだけマシになればいい」
『歪みとひずみが生じれば、お前以外の人間にも影響は少なからず生じるぞ?』
「仮にそうなったとして、その時、そのことに気づけるのは世界中で俺だけだ。違うか?」
『……それはエゴだ、古ノ森健太。今にそれを思い知るだろう』
「かもな」
なぜだか時巫女・セツナの吐いたセリフは、ひどく疲れたもののように覇気がなかった。
「まあそこで見物してればいい。そして、もし僕が失敗したら笑ってくれ。じゃあ、またな」
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