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第13話 始業式 Back to 1995/4/7 AGAIN
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『……なぜ答えないのだね、古ノ森健太? 本当に戻りたいのかね、と聞いたんだが?』
俺の――僕の心のうちを見透かすかのように、まだ幼さを残す女の声は嘲るように告げた。
だが、本当にこいつがこの悪趣味なおふざけの首謀者かどうかはわからない。心のうちの動揺を悟られるのも嫌だし、思いどおりに手のひらで踊らされるのも癪だ。ふん、と鼻を鳴らす。
「……はン。別に? 理由なんてない。教える義務もない。それよりこっちの質問の答えは?」
『戻れるさ。一年――一年経てば、な?』
「このまま僕に、中学二年生をもう一回やりなおせ、と? 何のために? 何が目的なんだ?」
『はじめに言ったろう? お前にチャンスをやろうと言っているのさ』
そして女は、平然とこう言ってのけたのだ。
『あの頃からやりなおせれば絶対にうまくやれる、もう一度、あの頃から――お前はあの瞬間、そう思った、そう願った。違うかね? 違ったかね?』
ぐ――言葉に詰まった僕を嘲笑うかのように、くくく、と喉を鳴らしてから女は続けた。
『やってみたまえよ、思うがままに。たった一年、されど一年だ。好きなようにやればいい』
「好きなようにって……無茶だろ。歴史が変わっちまうじゃないか」
アニメやラノベに多少なりとも興味を持っている奴ならば誰にでもわかることだろう。いわゆるタイム・パラドックスという奴がそれだ。しかし、女はこともなげにこう言い放った。
『……歴史が変わるだと? はン、やれるものならやってみたまえ。君というちっぽけな人一人程度の行動の変化なぞ、地球誕生から四十六億年続く歴史の中においてはただの『ゆらぎ』にしか過ぎない。時間には自己修復力があり、お前のごとき矮小な存在の選択一つで致命的な改変なんぞは起こり得ないさ。もしも万が一、そんな事態になろうと歴史の方がそれを拒む』
「……そんな妄言じみたことを信じろと?」
『しかし、信じざるを得ない。違うかね?』
突拍子もない話ではあったが、女の言うとおりだ。俺には反論する材料なんて一切何もない。
『第一に、お前が今ここにいる時点で、すでに過去は変わってしまっているんじゃないのかね? お前が私と通話しているその通信機器はこの時代にすでに存在していたのかね? 朝起きてからのお前の行動は、過去のものとすべて間違いなく一致していると言いきれるのかね?』
「………………まいった。降参だ」
相手から見えるわけでもないのだろうが、僕はしばらく押し黙った後、両手を挙げた。これから変わる可能性があるのではなく、現在進行形ですでに変わってしまっているということだ。
「じゃあ、改めて教えて欲しい。僕は何をすればいい?」
『繰り返しのセリフをいうだけだ。好きにやりたまえよ』
「好きにって……。それでお前になんの得があるんだ?」
『損も得もない。強いて言うなら、退屈しのぎくらいのものだ』
「おいおい。まさか自分は神だとでもいう気か? それとも――」
『そんな大層な存在ではないさ。神でも悪魔でも、善でも悪でもない。ただ……至極退屈でね』
女のセリフには、不思議とあきらめに似た響きが含まれていた。そこが妙に引っかかったが、今の僕には他人の心配をしている余裕はない。それに、時間が止まっているわけでもないのだ。
『そろそろ教室に行った方がいい。初日から遅刻したくはないだろう、優等生の古ノ森クン?』
「言われなくたってそうさせてもらうさ。……おい、またお前とは話せるのか?」
『ああ、その必要が生じればこちらから連絡する。生憎だが、そちらから私は呼び出せんよ』
そのセリフに顔をしかめてスマホのスクリーンを見てみると、ぬけぬけと『非通知』と表示されていた。勝手すぎるにもほどがある。ムカついて仕方なかったがどうすることもできない。
『ま、せめて名前だけは名乗っておくとしようか。いつまでも『お前』呼ばわりされるのも不愉快で仕方ないからな。……私はセツナ、時巫女・セツナだ。そして最後に一つ、私から大切なアドバイスをしておこう。そのスマートフォンは、君の『リトライ』の成否のカギを握るユニーク・アイテムだ。良く見て、良く調べて、せいぜい有効に活用するといい。……以上だ』
ぷつり、と通話は一方的に終了した。最後まで腹の立つ奴である。
俺の――僕の心のうちを見透かすかのように、まだ幼さを残す女の声は嘲るように告げた。
だが、本当にこいつがこの悪趣味なおふざけの首謀者かどうかはわからない。心のうちの動揺を悟られるのも嫌だし、思いどおりに手のひらで踊らされるのも癪だ。ふん、と鼻を鳴らす。
「……はン。別に? 理由なんてない。教える義務もない。それよりこっちの質問の答えは?」
『戻れるさ。一年――一年経てば、な?』
「このまま僕に、中学二年生をもう一回やりなおせ、と? 何のために? 何が目的なんだ?」
『はじめに言ったろう? お前にチャンスをやろうと言っているのさ』
そして女は、平然とこう言ってのけたのだ。
『あの頃からやりなおせれば絶対にうまくやれる、もう一度、あの頃から――お前はあの瞬間、そう思った、そう願った。違うかね? 違ったかね?』
ぐ――言葉に詰まった僕を嘲笑うかのように、くくく、と喉を鳴らしてから女は続けた。
『やってみたまえよ、思うがままに。たった一年、されど一年だ。好きなようにやればいい』
「好きなようにって……無茶だろ。歴史が変わっちまうじゃないか」
アニメやラノベに多少なりとも興味を持っている奴ならば誰にでもわかることだろう。いわゆるタイム・パラドックスという奴がそれだ。しかし、女はこともなげにこう言い放った。
『……歴史が変わるだと? はン、やれるものならやってみたまえ。君というちっぽけな人一人程度の行動の変化なぞ、地球誕生から四十六億年続く歴史の中においてはただの『ゆらぎ』にしか過ぎない。時間には自己修復力があり、お前のごとき矮小な存在の選択一つで致命的な改変なんぞは起こり得ないさ。もしも万が一、そんな事態になろうと歴史の方がそれを拒む』
「……そんな妄言じみたことを信じろと?」
『しかし、信じざるを得ない。違うかね?』
突拍子もない話ではあったが、女の言うとおりだ。俺には反論する材料なんて一切何もない。
『第一に、お前が今ここにいる時点で、すでに過去は変わってしまっているんじゃないのかね? お前が私と通話しているその通信機器はこの時代にすでに存在していたのかね? 朝起きてからのお前の行動は、過去のものとすべて間違いなく一致していると言いきれるのかね?』
「………………まいった。降参だ」
相手から見えるわけでもないのだろうが、僕はしばらく押し黙った後、両手を挙げた。これから変わる可能性があるのではなく、現在進行形ですでに変わってしまっているということだ。
「じゃあ、改めて教えて欲しい。僕は何をすればいい?」
『繰り返しのセリフをいうだけだ。好きにやりたまえよ』
「好きにって……。それでお前になんの得があるんだ?」
『損も得もない。強いて言うなら、退屈しのぎくらいのものだ』
「おいおい。まさか自分は神だとでもいう気か? それとも――」
『そんな大層な存在ではないさ。神でも悪魔でも、善でも悪でもない。ただ……至極退屈でね』
女のセリフには、不思議とあきらめに似た響きが含まれていた。そこが妙に引っかかったが、今の僕には他人の心配をしている余裕はない。それに、時間が止まっているわけでもないのだ。
『そろそろ教室に行った方がいい。初日から遅刻したくはないだろう、優等生の古ノ森クン?』
「言われなくたってそうさせてもらうさ。……おい、またお前とは話せるのか?」
『ああ、その必要が生じればこちらから連絡する。生憎だが、そちらから私は呼び出せんよ』
そのセリフに顔をしかめてスマホのスクリーンを見てみると、ぬけぬけと『非通知』と表示されていた。勝手すぎるにもほどがある。ムカついて仕方なかったがどうすることもできない。
『ま、せめて名前だけは名乗っておくとしようか。いつまでも『お前』呼ばわりされるのも不愉快で仕方ないからな。……私はセツナ、時巫女・セツナだ。そして最後に一つ、私から大切なアドバイスをしておこう。そのスマートフォンは、君の『リトライ』の成否のカギを握るユニーク・アイテムだ。良く見て、良く調べて、せいぜい有効に活用するといい。……以上だ』
ぷつり、と通話は一方的に終了した。最後まで腹の立つ奴である。
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