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第5話 負け犬のレッテルは剥がれない at 2021/03/30
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恵比寿から新宿へ。新宿から小田急で町田へ。さらにそこから神奈川中央交通バスに乗って咲山団地センター前へ。合計一時間半もの時間をかけて実家に辿り着いた俺を待っていたのは、事前に聞いていたとおりの同窓会の案内状だった。懐から取り出したそれの裏に書かれた地図を見る。
「へえ。ホテルラポール千寿閣か……まだあったんだな」
当時、町田で定番のボーリング場といえばここだった。だが、今はもう『ラウンドワン』が全盛らしい。
駅前の繁華街はすっかり様変わりしてしまったようで、俺が知っている『町田』の風景とはかなり変わっていた。迷ってしまわないかと少し心配だったが、渋田が一緒なら大丈夫だろう。渋田は昔からマメな奴だった。今でも実家には家族を連れて頻繁に帰っているらしい。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
「……もしもし?」
「古ノ森? 今どこ?」
「もうすぐ着く。ちゃんと来たから安心しろって」
「よかった。あの調子だと、もしかして来てくれないんじゃないかって思ってたからさ――」
先日の電話ではじめて同窓会のことを知った俺は、頑なに『俺はいかない』と首を振った。正直今でも行きたくないと思っている。しかし、最終的には渋田に説得されてしまったのだ。
『ほら、ウチの奥さんも会いたがってるからさ。結婚式以来、ずっと会ってないでしょ?』
「そ、そりゃまあ、人妻になった訳だしな」
『ははっ! なにそれ、ジョーク? 人妻になる前だって、一対一で会ったことないじゃんか』
実をいうと、直接会わないにしろ、結構同じイベント会場で顔合わせたりしてるんだけどな。こいつは咲都子の『あっちの趣味』は知らないようだから黙っておいてやるか。
『と・に・か・く。来ないと怖いよ? 知ってるでしょ、咲都子ちゃんが不機嫌になると――』
「わかったわかった! お前たち二人からそう言われたら行くしかないだろ! まったく……」
そんな具合で断ることができなくなった俺は、溜息を一つつき、会場へと足を踏み入れた。
「……あれ? もしかして……古ノ森クン!?」
受付台にいたニコニコと笑みの絶えない人当たりの良さそうな恰幅の良いオヤジが、俺の姿を見るなり驚いたような声をあげた。事前に復習くらいはしておこうと卒業アルバムを探したものの、どうやら倉庫の奥の方にありそうだということであきらめた俺には見覚えがない。
「そう……ですけど……?」
「ははっ、俺だよ、俺! 小山田! 小山田徹!」
「え……まさか……ダッチ?」
記憶の片隅に残るあだ名を口にすると、小山田は照れたようにすっかり禿げ上がった頭までピンクに染め、俺の背中を平手で何度か叩いてきた。距離の近さはあいかわらずで変わらない。
「ダッチはやめてよ。今はしがない不動産屋のオヤジだって。今回の同窓会、幹事やってんだ」
ははは、とハンカチを取り出して額のあたりに浮いた汗を拭いながらにこにこと屈託のない笑顔を浮かべている小山田とは対照的に、俺は早くもここへ来たことを後悔し始めていた。
青く、若かった頃に染みついた序列・階層は、大人になっても、何年過ぎようとも消えない。
人生にはさまざまな選択肢があり、人それぞれの生き方や正しさ、価値観がある。誰が勝者で誰が敗者などということは他の誰にも決めることなどできない。できやしない。
だが俺は、小山田の目の前にいるだけ、ただそれだけで、もうあの頃と同じ負け犬のような気持ちになっていた。きっと小山田は何とも思っていないだろう。どころか、彼の記憶の中ではきっと、俺とはむしろ仲が良かった方だ、くらいに改竄されているのかもしれなかった。
「あー! 小山田クンじゃなーい! すっかりおじさんしちゃってるねー!」
「おー! 横山ちゃん! 来てくれたんだねー! ……古ノ森クン、悪ぃ。また後でね?」
最後にもう一度、ぱしり、と背中を叩かれた俺はその勢いで、小山田の笑顔にうまく応えられないまま、徐々に集まりつつある『懐かしき面々』の待つ会場へふらふらと歩き出す。
「へえ。ホテルラポール千寿閣か……まだあったんだな」
当時、町田で定番のボーリング場といえばここだった。だが、今はもう『ラウンドワン』が全盛らしい。
駅前の繁華街はすっかり様変わりしてしまったようで、俺が知っている『町田』の風景とはかなり変わっていた。迷ってしまわないかと少し心配だったが、渋田が一緒なら大丈夫だろう。渋田は昔からマメな奴だった。今でも実家には家族を連れて頻繁に帰っているらしい。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
「……もしもし?」
「古ノ森? 今どこ?」
「もうすぐ着く。ちゃんと来たから安心しろって」
「よかった。あの調子だと、もしかして来てくれないんじゃないかって思ってたからさ――」
先日の電話ではじめて同窓会のことを知った俺は、頑なに『俺はいかない』と首を振った。正直今でも行きたくないと思っている。しかし、最終的には渋田に説得されてしまったのだ。
『ほら、ウチの奥さんも会いたがってるからさ。結婚式以来、ずっと会ってないでしょ?』
「そ、そりゃまあ、人妻になった訳だしな」
『ははっ! なにそれ、ジョーク? 人妻になる前だって、一対一で会ったことないじゃんか』
実をいうと、直接会わないにしろ、結構同じイベント会場で顔合わせたりしてるんだけどな。こいつは咲都子の『あっちの趣味』は知らないようだから黙っておいてやるか。
『と・に・か・く。来ないと怖いよ? 知ってるでしょ、咲都子ちゃんが不機嫌になると――』
「わかったわかった! お前たち二人からそう言われたら行くしかないだろ! まったく……」
そんな具合で断ることができなくなった俺は、溜息を一つつき、会場へと足を踏み入れた。
「……あれ? もしかして……古ノ森クン!?」
受付台にいたニコニコと笑みの絶えない人当たりの良さそうな恰幅の良いオヤジが、俺の姿を見るなり驚いたような声をあげた。事前に復習くらいはしておこうと卒業アルバムを探したものの、どうやら倉庫の奥の方にありそうだということであきらめた俺には見覚えがない。
「そう……ですけど……?」
「ははっ、俺だよ、俺! 小山田! 小山田徹!」
「え……まさか……ダッチ?」
記憶の片隅に残るあだ名を口にすると、小山田は照れたようにすっかり禿げ上がった頭までピンクに染め、俺の背中を平手で何度か叩いてきた。距離の近さはあいかわらずで変わらない。
「ダッチはやめてよ。今はしがない不動産屋のオヤジだって。今回の同窓会、幹事やってんだ」
ははは、とハンカチを取り出して額のあたりに浮いた汗を拭いながらにこにこと屈託のない笑顔を浮かべている小山田とは対照的に、俺は早くもここへ来たことを後悔し始めていた。
青く、若かった頃に染みついた序列・階層は、大人になっても、何年過ぎようとも消えない。
人生にはさまざまな選択肢があり、人それぞれの生き方や正しさ、価値観がある。誰が勝者で誰が敗者などということは他の誰にも決めることなどできない。できやしない。
だが俺は、小山田の目の前にいるだけ、ただそれだけで、もうあの頃と同じ負け犬のような気持ちになっていた。きっと小山田は何とも思っていないだろう。どころか、彼の記憶の中ではきっと、俺とはむしろ仲が良かった方だ、くらいに改竄されているのかもしれなかった。
「あー! 小山田クンじゃなーい! すっかりおじさんしちゃってるねー!」
「おー! 横山ちゃん! 来てくれたんだねー! ……古ノ森クン、悪ぃ。また後でね?」
最後にもう一度、ぱしり、と背中を叩かれた俺はその勢いで、小山田の笑顔にうまく応えられないまま、徐々に集まりつつある『懐かしき面々』の待つ会場へふらふらと歩き出す。
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