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第4話 よどんだ空気と時間の中で Back to 2021/03/23
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「ふーっ……。またこんな時間か」
いつものように、照明もつけず、分厚い遮光カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋の中で俺は目を覚ました。すぐ手元に転がっているスマホのホームボタンを押すと、スクリーンには13:03と表示されている。もう午後だというのに、ひどくけだるく、油断すれば再び夢の世界へとひきずりこまれそうになるほどに眠い。なのに、驚くほど食欲はなかった。
つい、反射的にメールの件数をチェックしてしまう。
五十三件――かなりの数のメールが未読のまま放置されていたが、俺は気づかなかったふりをして電子タバコのスイッチを押した。軽い振動とともにLEDが点滅しはじめると、ベッドの上でごろりと仰向けになったままの姿勢で、何も言わず、ただぼんやりと天井を見上げた。
――ぶぅん。
充分な余熱が終わったことを示す振動を手元に感じ、それを口元に運ぼうとしたところで、
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
ひっきりなしに震えはじめたスマホに深々と溜息をつく。
しかし、画面に表示されていたのは予想していた相手のものとはまったく違う名前だった。
「……もしもし?」
「もしもし? 古ノ森? 僕だよ、僕。渋田。覚えてるだろ?」
一旦スマホを耳元から外し、顔をしかめてスマホを見つめると、もう一度耳に当てた。
「渋田って、もしかして……シブチンか? ずいぶんひさしぶりじゃないかよ」
「うはっ。シブチンって呼ばれたの十年ぶりくらいなんだけど。……今、話してて大丈夫?」
「大丈夫。ちょうど休憩の時間だったからな。突然なんだよ? どうかしたのか?」
「いやいや。スマホ買い替えて、データ移行とか済ませたら、急に思い出しちゃったからさ」
「そうか」
俺は言葉少なに応じ、手の届く位置に積み上げてある処方薬の山から二種類、一錠ずつ取り出すと、無造作に口の中へ放り込んで、ペットボトルのお茶でからっぽの胃の中に流し込んだ。
「すっかり音信不通のご無沙汰になっちゃったな。こっちは仕事で忙しくってさ。そっちは?」
「おかげさまで。言ったっけ? 今はさ、三石商事の宇宙開発部門にいるんだ。部門長ってね」
「あの三石の、しかも花形部門のエリート様だな。凄いじゃんか」
「古ノ森だってそうでしょ。前に聞いたじゃん。ゲーム業界でひっぱりだこの凄腕SEだって」
「………………よく覚えてるな」
「そりゃそうだよ! あの頃から、コンピューターの時代が必ず来る、って口癖だったからね」
ひさびさの邂逅に喜びを隠せない渋田の声に、記憶が蘇った俺は複雑な気持ちになった。
渋田との関係が親密になったきっかけはコンピューターだ。
当時の一般認識率・普及率は低く、どちらかと言えば『マニアックな趣味』『電子工作の延長線上』といったオタク趣味的な扱いをされていた。その上、今や何をするにも欠かせないインターネット通信すら未整備の状況だった。そんな中、俺と渋田が同じ『コンピューター所持者』として意気投合することになったのは極めて自然な流れだったと思う。しょっちゅう渋田の家に遊びに行ったりしたものだ。
「おい、お前。あいかわらずあの部屋の窓から運動部の着替えとか覗いてるんじゃないのか?」
「ちょ――! あれは古ノ森がそそのかしたからじゃんか! 第一、もう実家にはいないって」
そう。渋田の家に入り浸ったのにはそういう理由もなくはなかった。なんとなしに北側の奴の部屋から外を眺めた時に、中学の体育館二階にあった運動部用の更衣室が丸見えになっているのを知った時の驚きと興奮ときたらない。なにしろお年頃の中学生男子二人だったのだから。
「おいおい。よく言うぜ。だったらなんで、高性能の望遠鏡とか双眼鏡とか買ってたんだよ?」
「あれは……そのう……。ま、知的好奇心を満たすため、といいますか。まあ、昔の話ですよ」
「ぷっ、よくいうぜ。にしてもだ。いやはや、懐かしい思い出、古き良き時代、ってやつだな」
うんうん、と愛想良くあいづちを打ちながら、続けて渋田は俺に、こう尋ねたのだ。
「そういやさ。届いてたでしょ? 中学二年の時の、二年十一組の同窓会。あれ、行くよね?」
いつものように、照明もつけず、分厚い遮光カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋の中で俺は目を覚ました。すぐ手元に転がっているスマホのホームボタンを押すと、スクリーンには13:03と表示されている。もう午後だというのに、ひどくけだるく、油断すれば再び夢の世界へとひきずりこまれそうになるほどに眠い。なのに、驚くほど食欲はなかった。
つい、反射的にメールの件数をチェックしてしまう。
五十三件――かなりの数のメールが未読のまま放置されていたが、俺は気づかなかったふりをして電子タバコのスイッチを押した。軽い振動とともにLEDが点滅しはじめると、ベッドの上でごろりと仰向けになったままの姿勢で、何も言わず、ただぼんやりと天井を見上げた。
――ぶぅん。
充分な余熱が終わったことを示す振動を手元に感じ、それを口元に運ぼうとしたところで、
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
ひっきりなしに震えはじめたスマホに深々と溜息をつく。
しかし、画面に表示されていたのは予想していた相手のものとはまったく違う名前だった。
「……もしもし?」
「もしもし? 古ノ森? 僕だよ、僕。渋田。覚えてるだろ?」
一旦スマホを耳元から外し、顔をしかめてスマホを見つめると、もう一度耳に当てた。
「渋田って、もしかして……シブチンか? ずいぶんひさしぶりじゃないかよ」
「うはっ。シブチンって呼ばれたの十年ぶりくらいなんだけど。……今、話してて大丈夫?」
「大丈夫。ちょうど休憩の時間だったからな。突然なんだよ? どうかしたのか?」
「いやいや。スマホ買い替えて、データ移行とか済ませたら、急に思い出しちゃったからさ」
「そうか」
俺は言葉少なに応じ、手の届く位置に積み上げてある処方薬の山から二種類、一錠ずつ取り出すと、無造作に口の中へ放り込んで、ペットボトルのお茶でからっぽの胃の中に流し込んだ。
「すっかり音信不通のご無沙汰になっちゃったな。こっちは仕事で忙しくってさ。そっちは?」
「おかげさまで。言ったっけ? 今はさ、三石商事の宇宙開発部門にいるんだ。部門長ってね」
「あの三石の、しかも花形部門のエリート様だな。凄いじゃんか」
「古ノ森だってそうでしょ。前に聞いたじゃん。ゲーム業界でひっぱりだこの凄腕SEだって」
「………………よく覚えてるな」
「そりゃそうだよ! あの頃から、コンピューターの時代が必ず来る、って口癖だったからね」
ひさびさの邂逅に喜びを隠せない渋田の声に、記憶が蘇った俺は複雑な気持ちになった。
渋田との関係が親密になったきっかけはコンピューターだ。
当時の一般認識率・普及率は低く、どちらかと言えば『マニアックな趣味』『電子工作の延長線上』といったオタク趣味的な扱いをされていた。その上、今や何をするにも欠かせないインターネット通信すら未整備の状況だった。そんな中、俺と渋田が同じ『コンピューター所持者』として意気投合することになったのは極めて自然な流れだったと思う。しょっちゅう渋田の家に遊びに行ったりしたものだ。
「おい、お前。あいかわらずあの部屋の窓から運動部の着替えとか覗いてるんじゃないのか?」
「ちょ――! あれは古ノ森がそそのかしたからじゃんか! 第一、もう実家にはいないって」
そう。渋田の家に入り浸ったのにはそういう理由もなくはなかった。なんとなしに北側の奴の部屋から外を眺めた時に、中学の体育館二階にあった運動部用の更衣室が丸見えになっているのを知った時の驚きと興奮ときたらない。なにしろお年頃の中学生男子二人だったのだから。
「おいおい。よく言うぜ。だったらなんで、高性能の望遠鏡とか双眼鏡とか買ってたんだよ?」
「あれは……そのう……。ま、知的好奇心を満たすため、といいますか。まあ、昔の話ですよ」
「ぷっ、よくいうぜ。にしてもだ。いやはや、懐かしい思い出、古き良き時代、ってやつだな」
うんうん、と愛想良くあいづちを打ちながら、続けて渋田は俺に、こう尋ねたのだ。
「そういやさ。届いてたでしょ? 中学二年の時の、二年十一組の同窓会。あれ、行くよね?」
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