ＪＣでもできる！はじめての悪の首領

第三十九話 決着をつける！

　緊急警報が発令された幹線道路は不気味なほど静まり返っていた。

　地震・津波などの自然災害ならいざ知らず、巨大な隕石が日本に直撃するとなると、どこに逃げようが同じ、逃げ場などない――それを誰もが悟っていたのだろう。この状況では幸いも何もなかったけれど、おかげであたしたちの乗ったトレーラーはスムーズに目的地へと進んで行った。



　と――。



　ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ！
　ぷすん。



　急ブレーキの耳ざわりな音が鳴り響き、移動基地としても機能するよう徹底的に改造されたトレーラーの荷台内部で満員電車よろしくその中ですし詰めになっていたあたしたちは、互いを支えながら両足を踏ん張って辛うじてその衝撃に耐えることができた。


「一体、どうしたというのだ！？」


　半ばやけくそ気味にあたしが吼えると、うろたえた様子の運転手の声が返ってきた。


「そ、それが、アーク・ダイオーン様……！」
「ええい、モニターを切り替えろ！　すぐにだ！」



　ぷつん。



「……おいおいおい。冗談だと言ってくれ！」
「恐れながら。確かに見まごうことなく彼らのようですね、アーク・ダイオーン様」



　行く手に立ち並ぶ七つの影――。
　人は、彼らのことをこう呼ぶ。



「ようやく出会えたな！　この世を騒がす悪の組織《悪の掟ヴィラン・ルールズ》め！　この先は俺たち《正義の刃ジャスティス・エッジ》が通さない！　俺はリーダーの――」


　聞いているだけで不愉快かつ面倒だったので、あたしは容赦なくモニターの音声をＯＦＦにしてしまった。それからこめかみを揉み揉み、ルュカさんに尋ねた。


「……おい、ルュカ？　お前はどう思う？」
「彼らが正気かどうか、でしょうか？」
「ではなくて」
「では、彼らが利口か馬鹿かということですか？」
「ではなく……い、いや、まあ、結局のところはそのどちらも正解ではあるんだがな……？」


　あたしの聞きたいのはそこじゃない。


「どうやって、我々の動向を掴んだ？　よもや正体を見破られていたとも思えん。誰かが情報を流したと見る他にないが……そうか、タウロたちの仕業かもしれんな」
「でしょうね。足止め、という奴です。力量から見れば路傍ろぼうの石つぶてよりもはるかに頼りなげですが、厄介で手間がかかるという点でははるかにそれ以上でしょう」
「くそっ……しかしそれには同意せざるを得ないな」


　よくよく見れば、路地の角にはテレビ中継用の車両まで停まっている。この危機的状況下だというのに、まだこんな下らないことに終始しているとは呆れて物も言えない。


「拙者せっしゃが一気に片付けて参りましょうか？」
「……いいや、待て」


　鬼人武者さんが剣の柄つかにかけた手をあたしは押さえた。


「ここで直接引導を渡さなければ、彼らは亡霊のようにいつまでもつきまとうだろう。これは良い機会なのだ」
「なれば、せめて伴ともすることをお許し下され」
「もちろんだ。頼む」


　相好良くうなずいたあたしは、背中で感じ取ったわずかな気配に釘を刺しておくことにする。


「美よし――イビル・ジャスティス、言わずもがなだが、お前は残れ。その姿では、さすがにモロバレだぞ？」
「わ、わかってるって」


　白のＴシャツとジーパン姿で、変装らしい変装は覆面レスラーのマスクだけ、という珍妙ないで立ちの構成員がいると世間に勘違いされては、我ら《悪の掟》の沽券にかかわるのだ。


「では、参ろうか。留守は任せるぞ、ルュカ」
「承知しました、アーク・ダイオーン様」


　あたしは鬼人武者さんともう一人、彼の部下の中でも一、二を争う屈強な体格を誇る猛獣タイプのライオネルンさんを伴って、トレーラーの左側のハッチから地面に降り立つと、彼らの前へゆっくりと歩み出た。


「――そして最後の一人が……って、うわっ！！」


　まだやってたのね……。
　あたしは肩の高さまで挙げた手をなだめるように静かに何度も押し下げながらおごそかに告げた。


「……もう良い、もう良い。お前らの茶番は聞き飽きた。我の名こそ、悪の組織《悪の掟》を率いる大首領、アーク・ダイオーンである」
「お、お前たちの目的は、一体何だ！？」


　こっちが聞きたい。


「さしずめ、我らがこの状況を引き起こしたとでも思っているのだろうな？　……ああ、良い、良い！　聞くまでもない！　この事態に至っても、そのような学芸会じみたことにうつつを抜かしているこの状況こそ、その証」
「な、なんだってそんなハッタリを――！」
「……ハッタリ？　ハッタリだと？　私の聞き間違いかな？」


　いらだちがついに頂点へと達して、あたしのアバターの二つの眼窩から憤怒を表す青白い炎が、ぼうっ！　と噴き出した。


「たとえそれが嘘偽りでも、ひとたび《正義》を名乗る者ならば、少しはあの石ころを止めようとする努力をしたらどうなのだ！　我らは今からそれを成さんと行動している者たちなのだぞ！？　くだらぬ、邪魔を、するな！」
「い、いや！　だって、あんな物……！」


　やはり彼――天空寺てんくうじ翔かけるは、しょせん《正義の味方》を演じているだけのハリボテに過ぎなかった。みるみる最初の勢いを失って、おまけにアドリブも苦手なものだから何も言えなくなってしまった。





　その時だった。





「だ、だって！　貴方たちは悪の組織じゃありませんこと！？」

　どうして――どうしてここに！？





　そこに立っていたのは。
　千堂院ちどういん麗うらら――見間違えようのない親友の姿だった。





「悪は悪じゃありませんこと！？　あの隕石だってきっと貴方たちの仕業に決まっています！　だって、貴方たちは悪いことをする人たちなんですものっ！」





　こっちも――決着をつけてやる！





「では逆に聞こうか、名も知らぬ少女よ」


　一歩前に踏み出した麗に応じるように、あたしも一歩大きく踏み出して問いかけた。


「では仮に、今まさにここに落ちんとしている隕石が我々の仕組んだ物だとしよう。……で？　それで我々に何の得がある？　我々は何をする気だと？」
「そ！　それは――この日本を滅茶苦茶に破壊するためですわ！　決まっているじゃない！」


　さらに一歩、麗は踏み出す。
　背後で、ちゃきり、と音がしたが、それを右手で制しながら応えるようにあたしも歩踏み出した。


「なるほどな。では、聡明な少女よ、もう一つ尋ねようか。……その荒廃した壊滅状態の日本で、我々は何をすれば満足すると？　自分たちが支配せんとする土地を自ら台無しにして、その上で何を欲すると考える？　まずは部下たちに命じ、復興大事業の立案から始めればいいかね？」
「で……ですからそれは……！　でも、悪は悪……」


　ついに麗の言葉と足が止まった。
　反対に、挑むようにあたしはもう一歩踏み出した。


「お前は真っ直ぐな少女だ。だが、それゆえ偏狭へんきょうで盲目的だと言わざるを得ない……いいか良く聞け！」


　あたしは麗の胸元に人差し指を突き付けた。


「――我々は悪だ。悪の中の悪だ。だが、狂人でもなければ自殺志願者でもない。この日本を手に入れるのであれば、何一つ破壊することなく、誰一人傷つけることなく、極めて平和的に丸ごとそのまま、まんまと手に入れてみせる。それこそが悪の中の悪だけが成せる所業しょぎょう……それこそが我々の揺るがなき悪の志こころざしだ。覚えておくが良い」


　それまでうつむいていた麗が、はっ、と顔を上げた。


「わたくしは……間違っていたのかもしれません……」
「ああ。わかれば良いのだ。では、邪魔をした」


　あたしは真紅のマントをひるがえし、待たせていた鬼人武者さんたち二人の下もとへとゆっくりと歩み戻る。だが、どうにも空気の読めない者がいたようだ。


「み、見せ場なしじゃ帰れないんだ、こっちも！」


　背後からどたどたと駆け寄ってくる気配に、素早く鬼人武者さんが居合の構えをとる。
　すれ違いざまその耳元に、あたしはそっと囁きかけた。


「磨きに磨き抜いたお前の技を見せてやれ。だが……殺すなよ？」
「承知――っ！」





　びょうっっっ！

　目にもとまらぬ速さで抜き払い振り下ろされた剣が、ぴたり、と天空寺翔の頭上１センチの場所で止まった。





　ぱかん。

　直後、間の抜けた音を立てて彼の端正な顔を覆い隠していたヘルメットが綺麗に左右に割れて、化物を見てしまったような恐怖におののく表情をあらわにした。





「ひ――っ！？」


　たまらず尻餅をつく。

　そして、全身を覆うスーツの股間あたりの色が見る間に黒く変化して徐々に広がっていき、かすかな風にのってあたりに鼻をつく臭いが漂いはじめた。足元には早くも水溜まりができあがって湯気を立てている。あれはきっと……いや、あえて言うまい。はっ、と我に返った彼は慌てて股間を両手で隠すと、カメラのある方向を振り返って囁いた。


「これ……全国生放送……だっけ？」


　ふんだ、いい気味。
　偽りの正義を名乗った罰だと知りなさい。

　しかし厄介なことに、彼より少しは歯応えのありそうな残りのメンバーがこちらに向かって走ってくる。彼らも彼らなりに、役目を果たさねばと必死なのだろう。こうなると混戦は必至だ。あたしは、巻き込む訳にはいかない！　と、とっさに振り返って手を伸ばし、逆らう暇も与えずに麗の身体を抱きかかえてしまった。


「き、きゃっ！　な、何をしますの！？」
「お前にはもう少しお付き合いいただくとしよう」


　暴れる麗を鬼人武者さんに預け大急ぎでトレーラーに乗り込むと、あたしたちは埋め立て地を目指して移動を再開したのだった。