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第二十四話 出る杭は打たれる

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「極めてデリケートな問題――そう言われていたはずでしょ、勇者A?」


 ぐったりとソファーに倒れ込んで手かせがついたままの腕で顔を覆い、さっきまでの一連の出来事を回想してはよりマシな選択肢を求めて頭を悩ませ中の俺にエリナは冷たく言い放つ。

 俺はため息とともにこう切り返すので精いっぱいだった


「……分かってる。でも……もうあれ以外にあの場を切り抜ける手札が見つからなかった」

「サイアク……」


 エリナはすっかり呆れたようだ。
 たしかに愛想を尽かされても不思議はない。

 つい、数十分前のことだ。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





『そもそもコボルドは地霊じゃないですか! この世界の住人として認めていいんですか!?』


 俺のその発言にアリーナはたちまち凍りついたのだった。

 さっきまでのざわめきは消え、気味悪いくらいの沈黙が重くのしかかる。
 そこへ最初に言葉を投げかけたのはエルヴァール=グッドフェローだった。


『……お聞きになられましたでしょうか、「七魔王」の皆様! 今の無礼なる勇者の言葉を!』


 俺へ、ではなく、壇上最前列に居並ぶ『魔王たち』へだ。いきなり話の矛先ほこさきを向けられ戸惑とまどい気味の彼らに対し、エルヴァール=グッドフェローは機を逃すまいとこう問いかけたのだ。


の者は「妖精など人にあらず」そのように言い放ったのであります! なんと傲慢な言葉でしょう、なんと不遜ふそんな言葉でありましょう! 皆様にお聞きしたい、これ、是か非かと!』


 しかし。
 いかな『魔王』とは言えど、答えられる問いとそうでない問いがある。


 これは明らかに後者だった。内なる動揺を悟られまいと冷静さを装ってはいるものの、がんとして誰ひとり口を開こうとはしない。ひそかに目くばせをして、互いにけん制しあっている。


『地霊だと、そのように勇者は申しておりますが――』


 だが、エルヴァール=グッドフェローは空気を読まない。


『《大地の魔王》議長陛下はどのようにお考えでしょう? ぜひとも、お聞かせいただきたく』

『わ、儂の考え――じゃと!?』


 まさか名指しで尋ねはしまい――そう思っていたのかいないのか、グズヴィン議長はまるで飛び跳ねるようにずんぐりとした身体を揺り動かすと、一転、落ち着かなげに顎髭あごひげでた。


『い、いや、待て! そもそもコボルドどもが地霊――すなわち大地の妖精であるという勇者の弁は、はたして正しいものなのかね? ん? 儂は「六魔王」の意見を尊重したいと思う』

『おやおや』
『まあ……』
『ち――っ』


 死なばもろとも、というべきか。

 時には、恥も外聞もかなぐり捨てた行動が躊躇ちゅうちょなくとれるということが『魔王』の資質に問われるのかもしれない。どの顔も、議長のトンデモ発言による飛び火が迷惑だと語っていた。

 そこで小馬鹿にしたように鼻で笑うのは一番端に座る赤髪の褐色の肌をした《魔王》だった。


『あいかわらずあんたはさ、なんでも人任せにしたがる腰抜け爺様だねぇ。やりくちが汚いぜ』

『こ、腰抜けじゃと、《蛮勇の魔王》リオネラよ!? い、今の発言は訂正してもらいたい!』

『訂正して欲しいんなら、まずはあんたの意見を言ってからにしたらどうなんだい?』


《蛮勇の魔王》リオネラは、グズヴィンを挑発するかのようにテーブルの上に両足を投げ出し、鋭い爪の生えた右手の人さし指で、ちょい、ちょい、と手招きをしてみせる。エルフの魔王と比べると、布の面積が少ないというか、肌の露出度がやけに高い。リラックスしているのか、寄りかかった姿勢のうしろの方に、しゅるり、と柔らかそうな尻尾が動いた。獣人なのだろう。


『まあ、分かってるさ。あんたは自分の意見は言わない、あくまで「魔王」の全体意思を尊重する、ってんだろ? そのエセ平和主義がウリだもんなー? だから、まとめ役に選ばれた』

『……そこまでにしておけ、《蛮勇の魔王》。老輩は敬うものだ』

『ふン』


 隣の男からそうたしなめられては、獣人族の長といえども黙るしかないようだ。
 不服そうな表情を崩さず、リオネラはこう吐き捨てる。


『……ともかく。あたしら獣人にはカンケーない話だぜ。どっちでもいいだろ? あんたは?』

『君に無理やり答えさせたのだからな。私がだんまりを通すワケにはいかないだろうね――』


 そう言うと、その身を覆い隠していた漆黒のマントをひるがえして姿を見せる。


『おお――』


 その姿がよほど珍しいのか、傍聴席からも驚嘆するようなため息に似た声が響いた。血のように赤々とした仕立ての良いスーツを着こなしたその姿は、ある種の神々しさすら感じられる。その髪とその肌は黄金色で、隣に座る獣人の王・リオネラに似ている部分もあった。ただし、その常に絶えない穏やかな微笑みには、見る者を魅了するような不思議な引力が働いていた。


『闇の陛下の遣いにして《常闇の魔王》たるこの私、キュルソン・ド・ヴァイヤーが答えよう』


 その彼は言う。


『ここで言明されるべきは、妖精族ニュームを市民として認めるか、ではない。本審問会においてコボルドを市民とみなすか、それだけの話だ。であれば、私や《不滅の魔王》ノーライフキングにその是非を問うのは正しい行いとは言えない。コボルドを配下に置く首長が判断すべきことだ』

『――』


 反対側の端に座るローブに身を包んだ影のようなモノがゆっくりと言葉もなくうなずいたのがわかる。《常闇の魔王》に《不滅の魔王》――推測でしかないけれど、悪魔と不死者の《魔王》なのだろうか。ともかく、これで無効票は三票――議長のドワーフを加えたら四票だ。



 となると――。



『と、いうことは、だ――』


 賭けに出たのは裏目に出てしまったようだ。グズヴィン議長の隣であのオークの首長、ン・ズ・ヘルグがにんまりと牙をいて笑った。


『《大地の魔王》が知らぬというのであれば仕方ないな。であれば、この《憤怒の魔王》が答えよう――そう、コボルドは我ら亜人族の友であるとも! この勇者は我らの友を愚弄した!』



 ――おお!
 緑色の肌が目立つ傍聴席から、どっ、と怒号が響き渡った。



『おい、糾弾人に弁護人! この《憤怒の魔王》の命である! その者の薄汚い口を封じろ!』


 そして俺は、その後の議事進行における発言権の一切を失ってしまったのであった。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「あの人嫌いなオークが機会をうかがっていたのは分かっていたはずじゃない、勇者Aクン?」

「そ、そうなんですけど……迂闊うかつでした」


 呆れ果てたように言うイェゴール所長の責め句には返す言葉もない。とはいえ、イェゴール所長も半分は仕方ないと思ってくれているようで、それ以上の言葉はなかった。

 代わりに隣のエリナにこう言う。


「次の『ルゥナの日』の弁護では、コボルドの市民権に関する話題は一切禁止。分かった?」

「分かっています。けれど……」


 エリナはほっそりした白い指先のカタチの良い爪に歯を当てて、考え込むポーズをしながらゆっくりと言葉を繋いでいく。


「コボルドたちにも市民権がある、と宣言した《憤怒の魔王》の言葉には無理がありますよね。そもそもコボルドは、共通語コモンを理解していません。ごくまれに話せる者もいるようですけど」

「それはたしかにそうだけどね。……エリナ? そこに触れるのは禁止って言ったじゃない?」

「す、すみません! でも……ちょっと気になるんです」


 エリナは俺の方をちらりと見てから続けて言った。


「勇者Aとも話していて、ちょっと引っかかったんです。どうしてあたしたちは妖精族を市民だと認めたくないと思ってしまうのかって点に。誰も明確に条件を提示できなくないですか?」

「認めたくない理由、ってこと? そりゃあ、だって――」


 だが、やはりイェゴール所長もそこで言葉に詰まってしまった。


「やっぱり所長も答えられないんですね? 思ったとおりだ」

「……で? だったらどうするって言うの、勇者A?」


 俺はまだ心配そうな顔つきのエリナにうなずいてみせた。


「最後の手段を準備しておこうって思ってさ。ちょっとみんなのチカラも借りないとだけど」


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