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英雄矜持

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「刀は取り戻したが……どうする? 今回のダンジョン踏査はここまでにしておくか?」

 当初の目的は完了した。スミレの手に愛刀が戻り、2人がこれ以上無暗にダンジョンを進む理由は無い。

 実力のある2人で進んだため、魔法を封じた呪術符はさほど使用していない。上空で獲物を待機している蝶はクラウスが全て魔力を乗せた剣圧で吹き飛ばした。もう既に彼らは天井の染みと化している。
 二人にはまだまだ余裕があり、進むことも可能ではあるが……。

「どうしましょうか。くすくす、先に進んでまだ見ぬモンスターの首を狩るのも一興。それに、ダンジョンコアを壊せるなら壊してしまった方がよろしいのでは?」

「また深入りするつもりか?」

 それはやめておいた方が良いのではと、クラウスはスミレに向かって一歩踏み出した。
 しかし彼女はたじろぐこともなく、このダンジョンの入口へとつながる道を指差して帰還することを促す。

「わたくしについてくるよりは、今引き返してダンジョンの情報を買い取ってもらったりギルドに報告した方が得ですわ」

「英雄は損得で動かない。アンタこそ、より首を斬りたいのなら安全に生き延びた方がいい」

 どちらも、お互いにこのまま帰ったほうがいいと勧める。このダンジョンの奥により強力なモンスターや罠が待ち構えている可能性があるからだ。少人数では誰かが戦闘不能になった時、それをカバーしづらい。

「くすくす。命を粗末に扱う者に対して優しいんですのね。わたくしが死んだとしても、誰の心にも残りませんわ。わたくし、戦場で死ぬなら悔いはありませんわ」

「少なくとも俺の心には残るだろう。そして、蝶に産卵されそうになってもがいていた人の言葉ではないと思うが」

 あの場面を思い出したのか、スミレは苦々しい顔になってクラウスを睨んだ。彼女にとってあの場面を見られた事実は、墓場まで持っていきたいものだろう。

「死ぬなら自分より強い者に叩き斬られて死にたいだけですわ。あんな搦め手で無理矢理生き永らえさせられるのは御免というだけ」

「なら……」

 その話はここまで、とスミレはクラウスの言葉を強くさえぎった。
 卵を守る母体になりかけていたことは、誰でもこれ以上話題にしたくないだろう。クラウスはそれを察して一旦黙った。

「これはわたくしの勘になりますが」

 それよりもの話だ。ダンジョンの奥へとつながる道を見て、スミレは自分の考えを口に出す。

「このダンジョン、モンスターの強力さに比べて『浅い』ですわ。あれだけ以前にモンスターを狩ったのに、もういくらかダンジョン内に配備されてますもの」

 だいたいの場合、ダンジョン内のモンスターの発生速度は緩やかだ。つまり、このダンジョンは狭く、モンスターが発生するとすぐに部屋の中がモンスターで埋められるということになる。

 このままある程度進めばダンジョンコアを2人で破壊することが可能だ。スミレの勘が外れていなければであるが。

 ただし、ダンジョンコアを守るボスモンスターが配備されている可能性はある。二人だとそれを倒すのは難易度の高いことかもしれない。

「深入りを勧めはしないが……アンタがそうしたいというなら付いていく。英雄はみんなを守らなきゃいけないからな」

『守る』。その言葉にスミレはぴくりと反応して、すらりと愛刀を抜く。自分より実力の劣りそうな者が、自分を守ると言ってみせたことに彼女は単純に不快感を抱いた。

「あら、愛刀を取り戻したわたくしを、あなたが守れまして?」

「俺は英雄として、できることをやるだけだ。アンタをむざむざ死なすわけにはいかない」

 互いに向かい合って己の武器を構え、突進するように前へ踏み出す。
 武器がぶつかり合うというところでそのまま交差。すれ違い、互いの背にいたモンスターへ思いっきり武器を袈裟斬りで振り下ろした。

「強力なモンスターが多い。他の冒険者が入って被害が出る前に、俺達で壊してしまうというのはいいな」

「ええ、もうしばらく付き合ってもらいますわ。ここからはわたくしの愛刀のためではなく、わたくしの楽しみのためになりますが」

 両者振り返り、ダンジョンの奥へとつながる道を進み始める。目指すはダンジョンコアの存在する間、ダンジョンそのものを構築し、モンスターを生み出す場所。そこを目指して2人はモンスターを斬りながら進んでいく。


 意外にもというより、スミレの勘通りにダンジョンコアはすぐ近くだった。奈落一輪を回収した場からそれほど進んでいないだろう。

 しかし、その広場の光景は他の間と比べて異様であった。その部屋の入口手前で二人は中の様子を見る。

 壁一面には人が余裕で入れる大きさの黄色いカプセルのような物体が張り付いており、天井には腹が今にでも破裂するのではと思うほど膨れ上がった人が糸でつるされている。あるいは、腹が破けて皮だけになった者達だ。

 壁の黄色いカプセルはモンスター達の卵で、天井につるされた人は蝶型のモンスターに産卵された者達だろう。胃が破裂しているように見え、もう救う手段は無いと二人は考える。

 部屋の中心にはとぐろを巻いた褐色の巨大なムカデ。その長い体の先端には、腕を組んだ人型の上半身がくっついている。形態としてはラミアに近いだろう。岩石で体を構成した巨大な半人ムカデだ。
 そしてその体の奥には、赤く不気味に光る大きな宝玉。ダンジョンコアだ。

「さて……あのムカデに気づかれないように壊すというのは無理そうですわね。覚悟はできまして?」

「ああ、いざとなったらこの入口に戻れるように立ち回るぞ」

 どちらも心得たと頷き合い、それぞれの武器を構えて、鎮座するムカデに向かって突撃した。
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