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風の国・編
「またね」は風に乗って——
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早朝。明るい日差しが街全体を満たし、日の出と共に起きてきた街の住民が、せっせと開店の準備に追われている。子供達は朝から元気良く走り回り、老人達は「ふん、ふん」と謎の体操をしていた。朝食を摂りに来たのだろう観光客が、すでに開店していた料理屋の前に並び、冒険者達も同じく、夜中から営業していたのだろう酒場で「乾杯!」と、エールを飲み交わしている。それらを走りながら眺めていた僕は、朝早くから『モルフォンスさん』の所へ向かっていた。昨晩は、また宿のベットを使わせてもらい一夜を明かしたのだが、相も変わらずアミュアさんの『息できてますか?』と心配してしまうくらいの大きすぎる鼾のせいで熟睡することはできなかった。エリオラさんが『僕の寝ているベット』に入ってこようとしたりしたし、気が抜けなかったと言えば、その通りだ。あの模擬戦の後から、僕の『姉』を自称しているし、もしかしたら僕の『風』のせいで頭を打ってしまった可能性も無きにしも非ずだ。本当にそうだとすれば、少々責任を感じてしまうなぁ。
「おっはー!」
「おはよう!」
走っている僕に、犬の散歩をしていた子供が元気良く挨拶をしてくれた。僕もその挨拶を、できる限り元気良く返す。 僕は今日中に街の『北西区』に移動し、できれば今日中に街を出る。そのまま北へと進んで行き『ハザマの国』を目指すのだ。だから、今日でエリオラさん達とは『お別れ』になる。たかが数日程度の付き合いだけど、彼女達との『出会いと別れ』は、僕の心の中で——僕の十六年という短い人生の中で、とても大きな出来事なのだとと心底思う。そんな、大きな存在であるエリオラさんは昨晩、僕を『殺そうとした』ことを僕が引くぐらい平謝りしてきた。僕は仰け反りながら、ほぼ彼女に気圧される形でそれを許した。 まあ、あれも彼女なりの優しさというか『荒療法』的なものだったのだろうと思う。実際、僕は『風の加護』の力を多少扱える様になった。これは僕が旅を続ける中で『最高の武器』になるだろう。だから、もはや感謝すべき——いや、そうでもないか。あんなに痛いのは二度とゴメンだ。
結局、僕達は昨日の内に『魔獣討伐』を打ち切ってしまった。あの『魔獣の子』の討伐報酬は一応出るようだったけど、僕達は一ルーレンも受け取らなかった。アミュアさんは僕が受取拒否したことに「えっ?」と言って戸惑っていたけど、僕は全く『手を汚していない』かったから、その討伐報酬を僕が受け取るのは違う気がしたのだ。
「着いた!」
僕は目的地だった役場に着き、全速力で区長室を目指す。役場の受付場に名を名乗ると、すんなりと通してくれた。 そして長い階段を登って五階に着き、区長室の扉を『トントン』とノックする。ノックから数瞬の間を置き「どうぞ」という返事が区長室から聞こえてきて、僕は扉を開けて区長室に入室した。
「モルフォンスさん、朝早くからすみません。信書を受け取りに来ました」
「いらっしゃい、ソラ君。さん、じゃなく『お爺ちゃん』と呼んでくれ。あと、これだね。どうぞ」
僕は『モルフォンス爺ちゃん』から、一枚の紙筒を受け取った。これがあれば、僕はハザマの国に『タダで入国』できるらしい。すごくありがたいし、初対面の僕のためにここまで力になってもらって申し訳なく思った。
「すみません。ここまでしてもらって……」
「ふふふ『孫の力になる』のは当然だよ。それじゃあ、気をつけてね、ソラ君」
「ありがとう、モルフォンス爺ちゃん」
「ふふふ。行ってらっしゃい」
「————行ってきます!」
僕はにこやかに手を振って、足早に区長室を出た。次に向かうのは『フリュー大森林』へ行くときに通った、街の最西にある『大西門』だ。そこで、街を発つエリオラさん達と待ち合わせをしている。僕はそそくさと役場を出て、通りを走る馬車を止めた。
「あの、大西門までお願いします」
「はいよ、四百ルーレンね」
私営だから割高なのだけど、そんな小言は言っていられない。先に大西門へ向かった、あの人達を待たせるのは悪い。エリオラさんとリップさんは待たせてしまったことを笑って許してくれそうだけど、アミュアさんは『ぷりぷり怒って』口を聞いてくれなくなりそうだからな。今生の別れではないと思いたいけど『お別れの挨拶』はちゃんと済ませておきたい。僕は飛び乗った馬車の窓から街を眺めながら西へ向かう。彼女達と別れるのは正直すごく寂しいけれど、これも旅なんだろうなと僕は思った。
* * *
「お! 来たっスね」
「全く、待たせるんじゃないっつーの」
「久しぶりだね、ソラ君」
「待たせてすみません。あと、久しぶりじゃないですよね、今朝会ったでしょ」
僕は昼前に『大西門』の壁外地に到着し、メチャクチャお世話になった三人を見送る。「見送る」と言っていたのに結構な時間待たせてしまって申し訳ないと思いつつも、こんな僕を待っていてくれた三人に素直に礼を言った。
「お別れか、寂しくなるね」
エリオラさんは眉尻を下げ、謎に僕の肩を撫でる。少々手付きが『いやらしい』気もするが、最後の別れだから、ここは避けないでおこう。
「そうっスね……」
「最近会ったばっかだけどね」
と——暗くなる僕達三人を見て、僕達は会って指の数くらいしか経っていないことを冷静に『ツッコむ』アミュアさん。
「確かに……でも寂しいっス、本当に」
少しの沈黙。エリオラさんは何を考えているのか、腕を組みながら目を瞑って固まってしまった。リップさんは「こういうのは柄じゃないっスね」と『ヘラヘラ』と笑って、昨日散々整理していた荷物を再整理をしだした。アミュアさんはそんな彼女達をウザったそうに見ながら、無言で自分の髪の毛をクルクルと弄っている。
「そろそろ行こうか」
「うっス」
「はいはい。立ってると疲れるから早くしてほしいのよね」
三人は見送りのために待たせていた馬車に乗り込む。プイッとして、僕と目を合わせてくれないアミュアさんが無言で先に乗り、僕と目を合わせて、小恥ずかしそうに軽く会釈をしたリップさんが次に乗り込んだ。そして一番『未練タラタラ』なエリオラさんが乗り込もうとして、クルッと僕の方を向いた。
「ソラ君。これあげる」
「え? …………これは?」
寂しげ表情をするエリオラさんから渡されたのは、ウネウネした謎の模様の入っている『銀色の指輪』だ。これが普通の『アクセサリー』ではないことが、指輪から放たれる『怪しげな気配』から何となく察せることができる。なんか薄らと紫色に光っているような気もするし、もしかしてだけど、この指輪『曰く付き』の一品なのではないだろうか? これが何なのか、持ち主のエリオラさん聞いた方が良さそうだな。
「この指輪は……何ですか?」
「それは私の故郷で『守られていた』指輪だよ。アロンズって魔人は、それを狙って私の故郷を襲ったんだ」
「…………へ?」
さらっとヤバいこと言ってないか、この人。そんな物を急に渡されても困るんだが。
「あのこれ、受け取れないです。何か重要というか『貴重』な物なのでは?」
「いいのいいの。私が持ってても殺されて盗られるだけだから。君が持っている方が安全だと思う」
「いやいや、そんなわけないでしょ」
弱っちい僕の方が、あっさりと野盗なんかに盗られてしまうのではないか?
押し付けて返そうとしても、エリオラさん受け取ってくれないし仕方ない、これは後生大事にしよう。せっかく頂いた指輪だし……指に着けておくか?
「着けてみてよ、左手の薬指に」
「はあ……いや、何で左手の薬指なんですか」
「はははっ! じゃあねソラ君。また会おう!」
昨日から調子良いな、この人。僕は左手の薬指ではなく、左手の中指に怪しげな銀の指輪を嵌めた。お? ちょっと、カッコいいかも。んー……やっぱり光ってるな、これ。まさかとは思うけど、指輪を嵌めた者は『呪われる』とかないよな? 僕が眉間に皺を寄せて指輪に対して不安を感じていると、エリオラさんが窓から顔を出して、言った。
「一回だけ『お姉ちゃん』って呼んでほしいな」
「またね……お、お姉ちゃん」
「ああ、またね!」
お姉ちゃんって言っちゃった……。普通に恥ずかしいんだが。
御者さんが僕を見て『全然似てないよな……?』って顔をしてるし。
「ソラくん。ウチからはコレ、あげるっス」
「ええっ」
窓から投げ出されたのは見覚えのある、赤い石の埋め込まれた棒——火の出る魔導具だ。
「いいんですか?」
「いいっスよ! 二つあるんで、半分こっスね!」
「ありがとうございます」
そして馬車に乗り込んでから、不自然に外方を向く彼女にお別れを言う。
「またね、アミュアさん!」
「…………」
無視するアミュアさんに、馬車に乗る二人は苦笑した。 僕も、こんな時でも変わらないなぁ——思い、微笑した。
「それじゃあ、出発しやすよい!」
そう言って『パシんっ』と御者が馬に鞭を打ち、馬車が『ガタガタ』と動き出した。僕は彼女達が乗った馬車が見えなくなるまで手を振り続ける。すると——
突然、馬車の窓から人影が現れ、僕に手を振り返した。
「またねっ!!」
遠くから、アミュアさんの声が聞こえてくる。僕も負けじと大声で、それに応えた。
「またっ!! 会いましょうっっっ!!」
二人の声が木霊する。今生の別れではない——そう言い聞かせるように……
「おっはー!」
「おはよう!」
走っている僕に、犬の散歩をしていた子供が元気良く挨拶をしてくれた。僕もその挨拶を、できる限り元気良く返す。 僕は今日中に街の『北西区』に移動し、できれば今日中に街を出る。そのまま北へと進んで行き『ハザマの国』を目指すのだ。だから、今日でエリオラさん達とは『お別れ』になる。たかが数日程度の付き合いだけど、彼女達との『出会いと別れ』は、僕の心の中で——僕の十六年という短い人生の中で、とても大きな出来事なのだとと心底思う。そんな、大きな存在であるエリオラさんは昨晩、僕を『殺そうとした』ことを僕が引くぐらい平謝りしてきた。僕は仰け反りながら、ほぼ彼女に気圧される形でそれを許した。 まあ、あれも彼女なりの優しさというか『荒療法』的なものだったのだろうと思う。実際、僕は『風の加護』の力を多少扱える様になった。これは僕が旅を続ける中で『最高の武器』になるだろう。だから、もはや感謝すべき——いや、そうでもないか。あんなに痛いのは二度とゴメンだ。
結局、僕達は昨日の内に『魔獣討伐』を打ち切ってしまった。あの『魔獣の子』の討伐報酬は一応出るようだったけど、僕達は一ルーレンも受け取らなかった。アミュアさんは僕が受取拒否したことに「えっ?」と言って戸惑っていたけど、僕は全く『手を汚していない』かったから、その討伐報酬を僕が受け取るのは違う気がしたのだ。
「着いた!」
僕は目的地だった役場に着き、全速力で区長室を目指す。役場の受付場に名を名乗ると、すんなりと通してくれた。 そして長い階段を登って五階に着き、区長室の扉を『トントン』とノックする。ノックから数瞬の間を置き「どうぞ」という返事が区長室から聞こえてきて、僕は扉を開けて区長室に入室した。
「モルフォンスさん、朝早くからすみません。信書を受け取りに来ました」
「いらっしゃい、ソラ君。さん、じゃなく『お爺ちゃん』と呼んでくれ。あと、これだね。どうぞ」
僕は『モルフォンス爺ちゃん』から、一枚の紙筒を受け取った。これがあれば、僕はハザマの国に『タダで入国』できるらしい。すごくありがたいし、初対面の僕のためにここまで力になってもらって申し訳なく思った。
「すみません。ここまでしてもらって……」
「ふふふ『孫の力になる』のは当然だよ。それじゃあ、気をつけてね、ソラ君」
「ありがとう、モルフォンス爺ちゃん」
「ふふふ。行ってらっしゃい」
「————行ってきます!」
僕はにこやかに手を振って、足早に区長室を出た。次に向かうのは『フリュー大森林』へ行くときに通った、街の最西にある『大西門』だ。そこで、街を発つエリオラさん達と待ち合わせをしている。僕はそそくさと役場を出て、通りを走る馬車を止めた。
「あの、大西門までお願いします」
「はいよ、四百ルーレンね」
私営だから割高なのだけど、そんな小言は言っていられない。先に大西門へ向かった、あの人達を待たせるのは悪い。エリオラさんとリップさんは待たせてしまったことを笑って許してくれそうだけど、アミュアさんは『ぷりぷり怒って』口を聞いてくれなくなりそうだからな。今生の別れではないと思いたいけど『お別れの挨拶』はちゃんと済ませておきたい。僕は飛び乗った馬車の窓から街を眺めながら西へ向かう。彼女達と別れるのは正直すごく寂しいけれど、これも旅なんだろうなと僕は思った。
* * *
「お! 来たっスね」
「全く、待たせるんじゃないっつーの」
「久しぶりだね、ソラ君」
「待たせてすみません。あと、久しぶりじゃないですよね、今朝会ったでしょ」
僕は昼前に『大西門』の壁外地に到着し、メチャクチャお世話になった三人を見送る。「見送る」と言っていたのに結構な時間待たせてしまって申し訳ないと思いつつも、こんな僕を待っていてくれた三人に素直に礼を言った。
「お別れか、寂しくなるね」
エリオラさんは眉尻を下げ、謎に僕の肩を撫でる。少々手付きが『いやらしい』気もするが、最後の別れだから、ここは避けないでおこう。
「そうっスね……」
「最近会ったばっかだけどね」
と——暗くなる僕達三人を見て、僕達は会って指の数くらいしか経っていないことを冷静に『ツッコむ』アミュアさん。
「確かに……でも寂しいっス、本当に」
少しの沈黙。エリオラさんは何を考えているのか、腕を組みながら目を瞑って固まってしまった。リップさんは「こういうのは柄じゃないっスね」と『ヘラヘラ』と笑って、昨日散々整理していた荷物を再整理をしだした。アミュアさんはそんな彼女達をウザったそうに見ながら、無言で自分の髪の毛をクルクルと弄っている。
「そろそろ行こうか」
「うっス」
「はいはい。立ってると疲れるから早くしてほしいのよね」
三人は見送りのために待たせていた馬車に乗り込む。プイッとして、僕と目を合わせてくれないアミュアさんが無言で先に乗り、僕と目を合わせて、小恥ずかしそうに軽く会釈をしたリップさんが次に乗り込んだ。そして一番『未練タラタラ』なエリオラさんが乗り込もうとして、クルッと僕の方を向いた。
「ソラ君。これあげる」
「え? …………これは?」
寂しげ表情をするエリオラさんから渡されたのは、ウネウネした謎の模様の入っている『銀色の指輪』だ。これが普通の『アクセサリー』ではないことが、指輪から放たれる『怪しげな気配』から何となく察せることができる。なんか薄らと紫色に光っているような気もするし、もしかしてだけど、この指輪『曰く付き』の一品なのではないだろうか? これが何なのか、持ち主のエリオラさん聞いた方が良さそうだな。
「この指輪は……何ですか?」
「それは私の故郷で『守られていた』指輪だよ。アロンズって魔人は、それを狙って私の故郷を襲ったんだ」
「…………へ?」
さらっとヤバいこと言ってないか、この人。そんな物を急に渡されても困るんだが。
「あのこれ、受け取れないです。何か重要というか『貴重』な物なのでは?」
「いいのいいの。私が持ってても殺されて盗られるだけだから。君が持っている方が安全だと思う」
「いやいや、そんなわけないでしょ」
弱っちい僕の方が、あっさりと野盗なんかに盗られてしまうのではないか?
押し付けて返そうとしても、エリオラさん受け取ってくれないし仕方ない、これは後生大事にしよう。せっかく頂いた指輪だし……指に着けておくか?
「着けてみてよ、左手の薬指に」
「はあ……いや、何で左手の薬指なんですか」
「はははっ! じゃあねソラ君。また会おう!」
昨日から調子良いな、この人。僕は左手の薬指ではなく、左手の中指に怪しげな銀の指輪を嵌めた。お? ちょっと、カッコいいかも。んー……やっぱり光ってるな、これ。まさかとは思うけど、指輪を嵌めた者は『呪われる』とかないよな? 僕が眉間に皺を寄せて指輪に対して不安を感じていると、エリオラさんが窓から顔を出して、言った。
「一回だけ『お姉ちゃん』って呼んでほしいな」
「またね……お、お姉ちゃん」
「ああ、またね!」
お姉ちゃんって言っちゃった……。普通に恥ずかしいんだが。
御者さんが僕を見て『全然似てないよな……?』って顔をしてるし。
「ソラくん。ウチからはコレ、あげるっス」
「ええっ」
窓から投げ出されたのは見覚えのある、赤い石の埋め込まれた棒——火の出る魔導具だ。
「いいんですか?」
「いいっスよ! 二つあるんで、半分こっスね!」
「ありがとうございます」
そして馬車に乗り込んでから、不自然に外方を向く彼女にお別れを言う。
「またね、アミュアさん!」
「…………」
無視するアミュアさんに、馬車に乗る二人は苦笑した。 僕も、こんな時でも変わらないなぁ——思い、微笑した。
「それじゃあ、出発しやすよい!」
そう言って『パシんっ』と御者が馬に鞭を打ち、馬車が『ガタガタ』と動き出した。僕は彼女達が乗った馬車が見えなくなるまで手を振り続ける。すると——
突然、馬車の窓から人影が現れ、僕に手を振り返した。
「またねっ!!」
遠くから、アミュアさんの声が聞こえてくる。僕も負けじと大声で、それに応えた。
「またっ!! 会いましょうっっっ!!」
二人の声が木霊する。今生の別れではない——そう言い聞かせるように……
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