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歌の国『オルカストラ』編
ミファーナへと向かう途中
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「アンタはどこから来たんだい?」
荷台の側アオリを背もたれにして、ボケっと空を見上げていた僕にそう言ってきたのは、気の強そうな軽装備の女戦士だった。彼女の格好は目を背けたくなるほどに露出が激しく、毛皮の胸巻きで大きめな胸部を隠しつつ、割れた腹筋や引き締まった腰部を大胆に晒しており、側面に謎の切れ目が入っているズボンからは黒紫色の下着が丸見えだ。僕以外の馬車に揺られている男達は、快活な彼女と見覚えのある褐色の肌をした妙齢の女性——ギルドで母の捜索依頼を出していた僕を艶かしい仕草で手招きしていた人——に鼻の下を伸ばした視線を向けたまま釘付けになっていた。おそらく仲間同士なのだろう踊り子のような露出の多い格好をしている褐色の女性は何故か、僕の方に笑む切長の瞳を向けてきており、その獲物に狙いを付けたかのような視線を肌で感じていたせいで背中の汗が止まらなかった僕は、突然襲われないようにと警戒しつつ、特に何も気にしていないような素振りで女戦士の質問に答える。
「僕はソルフーレンから来ました。あなたはどこから?」
「オレは——」
「ワタシは遥か南にある『オルダンシア』から来ました」
僕の『質問返し』を快活な笑みを浮かべながら答えようとしていた女戦士の言葉を横から遮った踊り子風の女性は、僕が女戦士に向けていた視線を独り占めするように僕の前に腰掛けて身体を若干だが前に倒し、チラリと薄い胸巻きから見えている胸の谷間——女戦士ほどではないが、彼女と同年代だと思われるエリオラさんよりは大きい——をこれでもかと強調する。これは爺ちゃん達の猥談で聞く『男を誘う』ような行動を取っているのだろう微笑する彼女に対し『僕と面識ないよね?』と顔を引き攣らせていた僕は、周りの男達が僕に向けている『ナイフ』のような鋭すぎる視線を受け止めながら、彼女が発した『オルダンシア』という、無知な僕の知識にも存在している言葉に返事をする。
「お、オルダンシアって、アリオン諸国をさらに南下したところにある、バルバトスの次に暑い国ですよね?」
「そう——」
「そうなんです! ワタシの故郷を知っていてくれて嬉しい! ところで貴方の『お名前』は何というのですか?」
僕の疑問に快く答えようと、口を開きかけていた女戦士を『バンッ』と両手で押し退けた踊り子風の女性が怒涛の早口で言葉を捲し立て始める。そんな押しが強すぎる彼女に対して背中を大きく反ってしまっていた僕は、盛大に苦笑いをしながら、聞かれてしまった自分の名前を口にする。
「ぼ、僕はソラって言います……えっとぉ、あなたは?」
「ワタシは『メイリエル』です! ソラさん、よく覚えておいてくださいね? お願いしますよ!」
「は、はい……」
頬を上気させているメイリエルさんを鬱陶しそうに押し退けた女戦士は、ニっと晴れた笑みを浮かべて口を開いた。
「オレは『バルザロット』だ。コイツとは昔っからの幼馴染でな、今も何だかんだで『ダチ』やってる。まあ普段は大人しい奴だから大目に見てやってくれや」
「は、はあ……え、なんで今はテンション高め……?」
「お前、例の『噂』の奴なんだろ?」
「は? 噂……?」
例の奴——って、何の噂だ? 全然分かんないんだけど。
「風の加護を使う超強え茶髪が——魔獣を軽々と屠るって、ちょいと前から町で話題だったんだぜ? 人外染みた半端じゃない速さで魔獣の首を斬って落として、とんでもねえ怪力の拳で魔獣の頭を砕くっつう『化け物』の噂がな」
「え、ええっ!?」
いやいやいや。その噂って、一体いどこから湧いて出たものなんだよ。人目に付くところで魔獣を狩ってたのって、つい最近——ほんの『四日前』とかじゃんか。そんな噂が広がるにしては早すぎると思うんだけど……でも、風の加護を持った『茶髪』が魔獣狩りって、まんま僕のことだよなぁ。僕以外にそんな人がいるなら是非とも会ってみたい。
「いや、人違いじゃないですよね? 魔獣を狩るところを他人に見せたのって、つい最近のことなんですけど……」
「お前が風の加護を使えるなら、お前しかいないだろうな。風の加護っつう超希少能力を扱えるやつなんざ、その辺にいるわけがねえ。世界中を探し回っても数人ってとこだ」
風の加護を持っている人って、そんなに少なかったのか。世界でも『加護持ち』は極少数だって聞いていたけど、指の数ほどなんてのは知らなかったな。まあ、バルザットさんが少しばかり『誇張』しているのかもしれないけどさ。
「ま、その反応から見るに、お前で間違いはなさそうだな。あと、コイツ(メイリエル)のことは無視しとけ。どうせ玉の輿を狙ってるだけだからな」
「た、玉の輿って……」
「まあ、バルザロットったら失礼ね! ワタシは『一途』ですよ?」
「は、ははは……そうですか……」
そんな感じで、何にもなかった暇だらけになるはずだったミファーナへ向かう道中は、女戦士のバルザロットさんと、舞闘士のメイリエルさんの二人との談笑で潰れてしまった。僕は暇が解消されてよかった反面、僕の貞操を狙っているというメイリエルさんに強襲(夜這い)されないか気が気でなく、落ち着く『暇』がなかったのは苦言ものであった。約三日間の旅路を共にした二人と別れたのは、今だにミファーナから遠い場所にある『ラッパナ』という町の北門だ。 別れの時が来て、目に涙を浮かべているメイリエルさんを懐かしいなと思ったのは、彼女が故郷にいるカカさんに似ていたからなのだろう。正直、苦手意識はあったのだが、彼女が良い人だというのは、この三日間で十分知れたので、僕は眉尻を下げた表情で別れの挨拶を済ませつつ「いつか良い人が見つかりますよ」と二十四歳という若さでやたらと婚期を気にしてしまっている彼女をフォローしておいた。それに対してメイリエルさんは首を折り、バルザロットさんは「振られてやんの!」とゲラゲラと笑い出す。そんなこんなで、僕達は別れを済ませ、いつかの再会を誓い合った。僕は短い日々を共にした彼女達に背を向けて、遥か彼方にある歌の都市ミファーナへと足先を向けて、歩き出した。
* * *
「はあッッッ!!」
辺りの木々に留まっていた鳥獣が慌てて逃げ出すほどの莫大な殺意を立ち上らせながら、殺意を露わにするように眦を裂いた僕の気合が入った声に合わせて放たれた横薙ぎの斬撃が、目の前で硬直していた『猪型魔獣』に直撃する。
『グガアァァ——……』
魔獣の肉体を通過するように横一線に走った『半身のない剣』の軌跡は、数瞬の余韻を残しながら戦場から跡形もなく消滅する。僕が繰り出した斬閃の『鋭さ』を物語るように血飛沫は最小限に飛び散ったものの、僕が持っている刃折れの鏡面剣の陽光煌く剣身には鮮血が一滴たりとも付着していなかった。少しづつ斬断された魔獣の上半身と下半身が転がる大地に真っ赤な鮮血の絨毯が広げられていく。それを冷ややかな目で見つめていた僕は、自分の命を両手で捕まえた死に怯え慄くように限界まで開かれていた魔獣の目から光が消えたことを確認して「ふぅ」と息を吐いた。そして後方から走ってきている『この戦場まで僕を乗せてきた馬車』に視線を向けて、無事を伝えるように大げさに、それでいて『依頼を達成』したと教えるように手を振った。
「お、おお、おお!! さ、さすが噂の茶髪さん! 一月もオイラ達を苦しめた魔獣をこうもアッサリと! どうぞどうぞ乗ってくださいな! 凱旋を挙げましょうとも!」
「が、凱旋って……ははは、力になれたなら幸いです」
「はははは! さあさあ! 乗った乗った——」
現在の日付は人歴・千、二十一年の十月六日だ。ラッパナという、とても失礼ながら特に印象の残っていない『管演奏の町』を発ってから五日が経過した今、僕は目的の都市へと向かう途中にある田舎村で魔獣退治の依頼を受けて、周りに何もない広大な畑のど真ん中で作物を荒らしていた猪型魔獣——体長三メートルはあった巨体の害獣を瞬殺し、その討伐を祝った飲み会——もう酔っ払ってる村人達曰く、僕(英雄)を謳う祭事への参加を強制されたところだった。僕は全く乗り気ではなかったし、お酒は飲めないと何度も言っていたのだが「それなら野菜ジュースを飲めばいいじゃないの~!」と完璧に退路を塞がれて、易々と村から逃してくれないまま、結局、日が落ちてから昇るまで——大声で『僕をイメージして作られた』謎の歌詞を歌い続ける、羞恥で耳を塞ぎたくなるような『どんちゃん騒ぎ』の祭事という名の飲み会に付き合わされてしまったのである……。
「はあ……昨日は言いたくないけど、最悪だったな……」
何なんだ、あの「茶色の軌跡が風吹かせ、俺らを苦しめた怪物を切り刻む~~」って。あんな『ピン』としか来ない歌を村人全員が大声で一晩中歌い続けるなんてさ、一体全体どんな拷問だってんだ。あれじゃあ『羞恥刑』としか言えないんだが。何で褒められるようなことして、とんでもない『罰』を受けさせられてたんだよ僕はさぁ。今だに身体中がムズムズと痒くなっている状態に陥っている僕は、愚痴を叫びたい衝動に駆られつつ、急いで村から逃げ出した平原で朝焼けに染まる空を見ながら大きな溜め息を吐く。
「しばらくは徒歩かなぁ……」
さっきの村にいた村人達が酔いつぶれて寝静まった中を飛び出してきちゃったから、ミファーナへ向かう馬車を頼む暇も、馬を操ってくれる人もいなかったし、ここから次の人里に着くまで徒歩になってしまったわけだ。前の村に戻るという選択肢は僕の中にないので、最悪の場合は二日、三日く程度の『遭難』は覚悟しなければいけないな。まあ、あの歌を移動中に永遠と聴き続けるよりかわ……マシだな。
「はあ……速足で行くかぁ」
僕は大きめな溜め息を吐き、長旅の覚悟を決めて見渡す限りの平原の中を駆け足気味で歩き出した。照り付ける斜陽が細められた目を焼いた時、僕は速足を駆け足に変えて平原を抜け出て何にもない森の中で休息を取ったのだった。
* * *
「あんがとよ、兄ちゃん! これ、報酬ね!」
「ありがとうございます!」
「いやいや! こちらこそだよ! またな、兄ちゃん!」
「はい! またいつか、縁があれば!」
ラッパナを発ってから二週間が経過した、太陽が中天で煌々とした熱光を放っている中、僕は休息のために立ち寄った田舎の農村で重すぎる『カボチャ運び』の依頼を受け、それの達成報酬である『百五十ルーレン』を畑の主であるおじさんのマメだらけの逞しい手から受け取った。そして、用が無くなった僕は、歓迎してくれていた村人達に手を振り、近くの町へと村にいた商人の馬車に乗って向かった。今だに歌の国の都市である『ミファーナ』は遠いらしく、流石の僕でも「遠すぎるなぁ」と、言ったとてどうしようもないに決まっている苦言を漏らしてしまった。それを収穫した農作物を町に卸に行く商人が聞いており、彼は「ガハハ! それが旅ってもんさ~」と快活な笑い声を上げた。
「そういえば、何でソラ君はミファーナに向かうんだい? お母さんを探しているからかい?」
「えっと、母さんを探しているってのもありますけど、僕の命の恩人達が向かおうとしていた歌の国の都市を『生きている僕の目で見に行きたい』ってのが一番にあります」
「そうかぁ、若いのに色々あったんだねぇ……。十年前くらいだったかな? 私は一度だけ観光をしにミファーナに行ったことがあるんだ。あそこは良いとこだったよ。まあ、チケットが取れなくて『歌姫』の生歌を聞けなかったのは残念だったけれどね」
歌姫——そういえば、トウキ君と別れる時にその話をしたんだっけ。たしかカカさんに教えられた知識的には、歌姫というのは歌の国の『トップ歌手』だったはずだ。でも、実際のところはどうなんだろうな。比喩抜きで歌の国で一番の歌唱力なんだろうか? 歌姫という大層な肩書きを考えると、そうなんだろうなぁって納得しちゃうんだけどさ。
「あの『歌姫』って、どんな人なんですか?」
「どんな人かぁ。そうだな、端的に言うと『世界で一番の歌を歌える人物』かな」
「…………世界で一番——ですか?」
「そ『世界一』だね。まあ僕は、歌姫の生歌を聞いたことないし、見たこともないから詳しくないんだけどね」
「…………なるほど」
「もうそろそろ『聖歌祭』があるから、歌姫の歌が聴けるよ~」
「……? 聖歌祭って何ですか? 何かの祭事——ですかね?」
「そう祭事。四年に一度だけくる——魔王を封印する祭りさ」
「ま、魔王……!?」
その言葉を聞いた僕は驚愕で目を見開きつつ、その話を詳しく聞こうと身を乗り出したのだが、僕に問い詰められた商人は「僕もよく分かってないんだよねぇ。なんせ出身がアリオン諸国だからさ。僕、婿養子なんだよー」という感じで結局のところ作物を町に卸す作業を手伝っても『聖歌祭』や『魔王封印』というのは分からずじまいのままだった。僕は胸につっかえているモヤモヤを抱え持った状態で、その話を『探る』目的を新たに、いろんな人達が乗り込む馬車に乗って町を出発した。
荷台の側アオリを背もたれにして、ボケっと空を見上げていた僕にそう言ってきたのは、気の強そうな軽装備の女戦士だった。彼女の格好は目を背けたくなるほどに露出が激しく、毛皮の胸巻きで大きめな胸部を隠しつつ、割れた腹筋や引き締まった腰部を大胆に晒しており、側面に謎の切れ目が入っているズボンからは黒紫色の下着が丸見えだ。僕以外の馬車に揺られている男達は、快活な彼女と見覚えのある褐色の肌をした妙齢の女性——ギルドで母の捜索依頼を出していた僕を艶かしい仕草で手招きしていた人——に鼻の下を伸ばした視線を向けたまま釘付けになっていた。おそらく仲間同士なのだろう踊り子のような露出の多い格好をしている褐色の女性は何故か、僕の方に笑む切長の瞳を向けてきており、その獲物に狙いを付けたかのような視線を肌で感じていたせいで背中の汗が止まらなかった僕は、突然襲われないようにと警戒しつつ、特に何も気にしていないような素振りで女戦士の質問に答える。
「僕はソルフーレンから来ました。あなたはどこから?」
「オレは——」
「ワタシは遥か南にある『オルダンシア』から来ました」
僕の『質問返し』を快活な笑みを浮かべながら答えようとしていた女戦士の言葉を横から遮った踊り子風の女性は、僕が女戦士に向けていた視線を独り占めするように僕の前に腰掛けて身体を若干だが前に倒し、チラリと薄い胸巻きから見えている胸の谷間——女戦士ほどではないが、彼女と同年代だと思われるエリオラさんよりは大きい——をこれでもかと強調する。これは爺ちゃん達の猥談で聞く『男を誘う』ような行動を取っているのだろう微笑する彼女に対し『僕と面識ないよね?』と顔を引き攣らせていた僕は、周りの男達が僕に向けている『ナイフ』のような鋭すぎる視線を受け止めながら、彼女が発した『オルダンシア』という、無知な僕の知識にも存在している言葉に返事をする。
「お、オルダンシアって、アリオン諸国をさらに南下したところにある、バルバトスの次に暑い国ですよね?」
「そう——」
「そうなんです! ワタシの故郷を知っていてくれて嬉しい! ところで貴方の『お名前』は何というのですか?」
僕の疑問に快く答えようと、口を開きかけていた女戦士を『バンッ』と両手で押し退けた踊り子風の女性が怒涛の早口で言葉を捲し立て始める。そんな押しが強すぎる彼女に対して背中を大きく反ってしまっていた僕は、盛大に苦笑いをしながら、聞かれてしまった自分の名前を口にする。
「ぼ、僕はソラって言います……えっとぉ、あなたは?」
「ワタシは『メイリエル』です! ソラさん、よく覚えておいてくださいね? お願いしますよ!」
「は、はい……」
頬を上気させているメイリエルさんを鬱陶しそうに押し退けた女戦士は、ニっと晴れた笑みを浮かべて口を開いた。
「オレは『バルザロット』だ。コイツとは昔っからの幼馴染でな、今も何だかんだで『ダチ』やってる。まあ普段は大人しい奴だから大目に見てやってくれや」
「は、はあ……え、なんで今はテンション高め……?」
「お前、例の『噂』の奴なんだろ?」
「は? 噂……?」
例の奴——って、何の噂だ? 全然分かんないんだけど。
「風の加護を使う超強え茶髪が——魔獣を軽々と屠るって、ちょいと前から町で話題だったんだぜ? 人外染みた半端じゃない速さで魔獣の首を斬って落として、とんでもねえ怪力の拳で魔獣の頭を砕くっつう『化け物』の噂がな」
「え、ええっ!?」
いやいやいや。その噂って、一体いどこから湧いて出たものなんだよ。人目に付くところで魔獣を狩ってたのって、つい最近——ほんの『四日前』とかじゃんか。そんな噂が広がるにしては早すぎると思うんだけど……でも、風の加護を持った『茶髪』が魔獣狩りって、まんま僕のことだよなぁ。僕以外にそんな人がいるなら是非とも会ってみたい。
「いや、人違いじゃないですよね? 魔獣を狩るところを他人に見せたのって、つい最近のことなんですけど……」
「お前が風の加護を使えるなら、お前しかいないだろうな。風の加護っつう超希少能力を扱えるやつなんざ、その辺にいるわけがねえ。世界中を探し回っても数人ってとこだ」
風の加護を持っている人って、そんなに少なかったのか。世界でも『加護持ち』は極少数だって聞いていたけど、指の数ほどなんてのは知らなかったな。まあ、バルザットさんが少しばかり『誇張』しているのかもしれないけどさ。
「ま、その反応から見るに、お前で間違いはなさそうだな。あと、コイツ(メイリエル)のことは無視しとけ。どうせ玉の輿を狙ってるだけだからな」
「た、玉の輿って……」
「まあ、バルザロットったら失礼ね! ワタシは『一途』ですよ?」
「は、ははは……そうですか……」
そんな感じで、何にもなかった暇だらけになるはずだったミファーナへ向かう道中は、女戦士のバルザロットさんと、舞闘士のメイリエルさんの二人との談笑で潰れてしまった。僕は暇が解消されてよかった反面、僕の貞操を狙っているというメイリエルさんに強襲(夜這い)されないか気が気でなく、落ち着く『暇』がなかったのは苦言ものであった。約三日間の旅路を共にした二人と別れたのは、今だにミファーナから遠い場所にある『ラッパナ』という町の北門だ。 別れの時が来て、目に涙を浮かべているメイリエルさんを懐かしいなと思ったのは、彼女が故郷にいるカカさんに似ていたからなのだろう。正直、苦手意識はあったのだが、彼女が良い人だというのは、この三日間で十分知れたので、僕は眉尻を下げた表情で別れの挨拶を済ませつつ「いつか良い人が見つかりますよ」と二十四歳という若さでやたらと婚期を気にしてしまっている彼女をフォローしておいた。それに対してメイリエルさんは首を折り、バルザロットさんは「振られてやんの!」とゲラゲラと笑い出す。そんなこんなで、僕達は別れを済ませ、いつかの再会を誓い合った。僕は短い日々を共にした彼女達に背を向けて、遥か彼方にある歌の都市ミファーナへと足先を向けて、歩き出した。
* * *
「はあッッッ!!」
辺りの木々に留まっていた鳥獣が慌てて逃げ出すほどの莫大な殺意を立ち上らせながら、殺意を露わにするように眦を裂いた僕の気合が入った声に合わせて放たれた横薙ぎの斬撃が、目の前で硬直していた『猪型魔獣』に直撃する。
『グガアァァ——……』
魔獣の肉体を通過するように横一線に走った『半身のない剣』の軌跡は、数瞬の余韻を残しながら戦場から跡形もなく消滅する。僕が繰り出した斬閃の『鋭さ』を物語るように血飛沫は最小限に飛び散ったものの、僕が持っている刃折れの鏡面剣の陽光煌く剣身には鮮血が一滴たりとも付着していなかった。少しづつ斬断された魔獣の上半身と下半身が転がる大地に真っ赤な鮮血の絨毯が広げられていく。それを冷ややかな目で見つめていた僕は、自分の命を両手で捕まえた死に怯え慄くように限界まで開かれていた魔獣の目から光が消えたことを確認して「ふぅ」と息を吐いた。そして後方から走ってきている『この戦場まで僕を乗せてきた馬車』に視線を向けて、無事を伝えるように大げさに、それでいて『依頼を達成』したと教えるように手を振った。
「お、おお、おお!! さ、さすが噂の茶髪さん! 一月もオイラ達を苦しめた魔獣をこうもアッサリと! どうぞどうぞ乗ってくださいな! 凱旋を挙げましょうとも!」
「が、凱旋って……ははは、力になれたなら幸いです」
「はははは! さあさあ! 乗った乗った——」
現在の日付は人歴・千、二十一年の十月六日だ。ラッパナという、とても失礼ながら特に印象の残っていない『管演奏の町』を発ってから五日が経過した今、僕は目的の都市へと向かう途中にある田舎村で魔獣退治の依頼を受けて、周りに何もない広大な畑のど真ん中で作物を荒らしていた猪型魔獣——体長三メートルはあった巨体の害獣を瞬殺し、その討伐を祝った飲み会——もう酔っ払ってる村人達曰く、僕(英雄)を謳う祭事への参加を強制されたところだった。僕は全く乗り気ではなかったし、お酒は飲めないと何度も言っていたのだが「それなら野菜ジュースを飲めばいいじゃないの~!」と完璧に退路を塞がれて、易々と村から逃してくれないまま、結局、日が落ちてから昇るまで——大声で『僕をイメージして作られた』謎の歌詞を歌い続ける、羞恥で耳を塞ぎたくなるような『どんちゃん騒ぎ』の祭事という名の飲み会に付き合わされてしまったのである……。
「はあ……昨日は言いたくないけど、最悪だったな……」
何なんだ、あの「茶色の軌跡が風吹かせ、俺らを苦しめた怪物を切り刻む~~」って。あんな『ピン』としか来ない歌を村人全員が大声で一晩中歌い続けるなんてさ、一体全体どんな拷問だってんだ。あれじゃあ『羞恥刑』としか言えないんだが。何で褒められるようなことして、とんでもない『罰』を受けさせられてたんだよ僕はさぁ。今だに身体中がムズムズと痒くなっている状態に陥っている僕は、愚痴を叫びたい衝動に駆られつつ、急いで村から逃げ出した平原で朝焼けに染まる空を見ながら大きな溜め息を吐く。
「しばらくは徒歩かなぁ……」
さっきの村にいた村人達が酔いつぶれて寝静まった中を飛び出してきちゃったから、ミファーナへ向かう馬車を頼む暇も、馬を操ってくれる人もいなかったし、ここから次の人里に着くまで徒歩になってしまったわけだ。前の村に戻るという選択肢は僕の中にないので、最悪の場合は二日、三日く程度の『遭難』は覚悟しなければいけないな。まあ、あの歌を移動中に永遠と聴き続けるよりかわ……マシだな。
「はあ……速足で行くかぁ」
僕は大きめな溜め息を吐き、長旅の覚悟を決めて見渡す限りの平原の中を駆け足気味で歩き出した。照り付ける斜陽が細められた目を焼いた時、僕は速足を駆け足に変えて平原を抜け出て何にもない森の中で休息を取ったのだった。
* * *
「あんがとよ、兄ちゃん! これ、報酬ね!」
「ありがとうございます!」
「いやいや! こちらこそだよ! またな、兄ちゃん!」
「はい! またいつか、縁があれば!」
ラッパナを発ってから二週間が経過した、太陽が中天で煌々とした熱光を放っている中、僕は休息のために立ち寄った田舎の農村で重すぎる『カボチャ運び』の依頼を受け、それの達成報酬である『百五十ルーレン』を畑の主であるおじさんのマメだらけの逞しい手から受け取った。そして、用が無くなった僕は、歓迎してくれていた村人達に手を振り、近くの町へと村にいた商人の馬車に乗って向かった。今だに歌の国の都市である『ミファーナ』は遠いらしく、流石の僕でも「遠すぎるなぁ」と、言ったとてどうしようもないに決まっている苦言を漏らしてしまった。それを収穫した農作物を町に卸に行く商人が聞いており、彼は「ガハハ! それが旅ってもんさ~」と快活な笑い声を上げた。
「そういえば、何でソラ君はミファーナに向かうんだい? お母さんを探しているからかい?」
「えっと、母さんを探しているってのもありますけど、僕の命の恩人達が向かおうとしていた歌の国の都市を『生きている僕の目で見に行きたい』ってのが一番にあります」
「そうかぁ、若いのに色々あったんだねぇ……。十年前くらいだったかな? 私は一度だけ観光をしにミファーナに行ったことがあるんだ。あそこは良いとこだったよ。まあ、チケットが取れなくて『歌姫』の生歌を聞けなかったのは残念だったけれどね」
歌姫——そういえば、トウキ君と別れる時にその話をしたんだっけ。たしかカカさんに教えられた知識的には、歌姫というのは歌の国の『トップ歌手』だったはずだ。でも、実際のところはどうなんだろうな。比喩抜きで歌の国で一番の歌唱力なんだろうか? 歌姫という大層な肩書きを考えると、そうなんだろうなぁって納得しちゃうんだけどさ。
「あの『歌姫』って、どんな人なんですか?」
「どんな人かぁ。そうだな、端的に言うと『世界で一番の歌を歌える人物』かな」
「…………世界で一番——ですか?」
「そ『世界一』だね。まあ僕は、歌姫の生歌を聞いたことないし、見たこともないから詳しくないんだけどね」
「…………なるほど」
「もうそろそろ『聖歌祭』があるから、歌姫の歌が聴けるよ~」
「……? 聖歌祭って何ですか? 何かの祭事——ですかね?」
「そう祭事。四年に一度だけくる——魔王を封印する祭りさ」
「ま、魔王……!?」
その言葉を聞いた僕は驚愕で目を見開きつつ、その話を詳しく聞こうと身を乗り出したのだが、僕に問い詰められた商人は「僕もよく分かってないんだよねぇ。なんせ出身がアリオン諸国だからさ。僕、婿養子なんだよー」という感じで結局のところ作物を町に卸す作業を手伝っても『聖歌祭』や『魔王封印』というのは分からずじまいのままだった。僕は胸につっかえているモヤモヤを抱え持った状態で、その話を『探る』目的を新たに、いろんな人達が乗り込む馬車に乗って町を出発した。
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2256年近未来、突如として《ダンジョン災害》と呼ばれる事件が発生した。重力を無視する鉄道〈東京スカイライン〉の全30駅にダンジョンが生成されたのだ。このダンジョン災害により、鉄道の円内にいた200万人もの人々が時空の狭間に囚われてしまう。
主人公の咲守陸人(さきもりりくと)は、ダンジョンに囚われた家族を助けるために立ち上がる。ダンジョン災害から5年後、ダンジョン攻略がすっかり義務教育となった世界で、彼は史上最年少のスキルホルダーとなった。
ダンジョンに忍び込んでいた陸人は、ユニークモンスターを撃破し、《クラス替え》というチートスキルを取得したのだ。このクラス替えスキルというのは、仲間を増やしクラスに加入させると、その好感度の数値によって自分のステータスを強化できる、というものだった。まず、幼馴染にクラスに加入してもらうと、腕力がとんでもなく上昇し、サンドバックに穴を開けるほどであった。
凄まじいスキルではあるが問題もある。好感度を見られた仲間たちは、頬を染めモジモジしてしまうのだ。しかし、恋に疎い陸人は何故恥ずかしそうにしているのか理解できないのであった。
訓練を続け、高校1年生となった陸人と仲間たちは、ついに本格的なダンジョン攻略に乗り出す。2261年、東京スカイライン全30駅のうち、踏破されたダンジョンは、たったの1駅だけであった。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。
Knight Another Story ―― 色褪せぬ記憶 ――
星蘭
ファンタジー
それは、"先生"、"師匠"、"兄さん"……そんな呼ばれ方をする彼らの、何気ない日常。
そう、彼らにだって、"昔"はあったのだ。
結ばれる絆、交わり、分かれる道。
これは、"今"に繋がる記憶の物語。
※1 作中にごく薄くではありますがボーイズラブ要素がございます。苦手な方はご注意ください。
※2 この作品は星蘭の小説「Knight ―― 純白の堕天使 ――」の番外編にあたる作品です。
単独でもお読みいただけるかとは思いますが、「純白の堕天使」読了後にお読みいただけましたらより楽しんでいただけるかと思います。
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