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魔王メロの話
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メロロアダイダウス——略称『メロ』がこの世に生まれ落ちたのは、世界の最北西に位置している、竜王国『クオン』という、人が生きるにはあまりにも過酷な地であった。しかし、その環境に適応した『竜』の血を半分引いているメロは、その環境を苦と思うことは終ぞありはしなかった。それが功を奏してか、はたまた竜の血を引いている影響か、メロは見る見る内に常軌を逸した人外の——並の竜族すらをも凌ぐ力を手に入れていく。それを良く思わない竜族がいたことは確かだ。竜族は自身の種が『最強』であると確信している。それなのに最弱の人間の血を引いているメロが強いのはおかしい……そういう『やっかみ』を無邪気な様子で野を駆けるメロが向けられることはしばしばあった。しかし、メロは気にしなかった——いや、力無きモノ共が向ける嫉妬など、現竜王が認める『強者』であるメロは気づくことすらなかった。それが原因か、はたまた別にあったのか。そんなこと、メロにも『加害竜』にも分からない。だって……メロを襲おうとした竜族は皆、死んだのだから。
「~~~~~~♪」
メロが持っている『最古』の記憶は、歌の国『オルカストラ』が出身の母が歌う『子守唄』の歌詞と音調であった。その替えが効かない美しさを誇る、聞き惚れてしまう子守唄を聞いたメロが何を思ったのかは、メロ自身も知らない。しかし、千年という長すぎる時を自身の歩調で進んできたメロは、その懐郷の歌音を『ノイズ』すら無く覚えている。なぜ覚えているのかは、知らない。覚えているというよりも、忘れられないと言った方が合っているのかもしれない。
「「~~~~~~♪」」
メロが他者の声音を寸分違わぬほどにコピーする『声真似』の技術を育んだのは、和やか笑う母と一緒に歌った『子守唄』の影響であったことも、メロは覚えていた。
「…………」
同じ声をした親子二人が奏でる『歌』に両目を瞑りながら聞き惚れている父の姿——この歌を歌うたびに思い出す。全てを凍てつかせるほどの厳しい『冬』を乗り越えるために居座った家の中で、そこに映る、メロを含めた三人の姿。懐かしき過去。メロの幼少の頃の記憶。今では——いや『今でも何も思わない』ただの追憶。
この三人での生活がいつか終わるとは全く考えていなかった馬鹿な子供だった——今もそうかも?——メロは、家族三人との団欒な時間が終わりを迎えても、特に何も思わなかった。無邪気で気ままに終わってしまった過去を思い入れもなく捨て去って、過酷に満ち溢れている『古代』と呼ばれる現在へと……メロは歩み進んでいく。
+ + +
ヤッホー。オイラは『メロ』! 顔も知らない人間達が勝手に『魔王』って呼んでる、竜人族のメロっつうんだ! この『メロ』って呼び名は、オイラの本名を略した『あだ名』みたいなものでさ、オイラの本当の名前は『メロロアダイダウス』って、すんごい覚えにくい名前なんだよー。この名前が嫌いなわけじゃないけど、覚えづらいし言いづらくて……オイラも自分の名前を忘れそうになるくらいさ。この長~い名前を付けたのは、オイラの父ちゃん! 竜から人になった『元・土竜』のデッケエ父ちゃんさ! この父ちゃんが『アダイダウス』っていうカッコいい名前で、オイラを産んだ母ちゃんが『ロロ』って可愛い名前なんだ。そんで父ちゃんと母ちゃんの名前を合体させたのが、オイラの名前になったってわけ! 父ちゃんのこと知りたい?
オイラの父ちゃんはね、オイラが生まれて暫くしてから仲間だった土竜たちに囲まれて殺されちゃったんだよね~。顔も身体も骨なんかも残らないくらい『グチャグチャ』になっちゃった父ちゃんの肉死骸に被さりながら、母ちゃんが『父ちゃんの名前』を叫び泣いてたのが記憶にあるなぁ。え? オイラ? オイラはねー、父ちゃんが死んでも『なーんも』思わなかったよ。うえー、父ちゃんの血で母ちゃんの白い服が汚れちゃうよーって、その時は思ったかも! え? 母ちゃんはどうなったのって? えっとー、父ちゃんが死んでからの母ちゃんは『国を出ましょう!』って、寝てるオイラにずっーと言ってたよー。五月蝿かったなぁ。え? 母ちゃんがどうなったかを聞いてるって? んとね、母ちゃんは人間嫌いな竜族達から『消えろ消えろ』って言われ続けて、オイラが外に遊びに行ってる間に『竜に家ごと踏み潰されて』ぺたんこになって死んじゃった! まあ、そんなことはどうでもいいんだー。オイラは全然気にしてないよ! だって、父ちゃんと母ちゃんを殺した竜は全部、オイラがグチャッグチャにして殺しちゃったんだもーん! オイラより何倍もデッカい自信満々だった竜たちは、オイラが羽を捥いで、爪を剥いで、肉と骨を引き千切ったら、みーんな『殺さないでくれ』って言って泣き出しだんだー。みんな心の中ではオイラを殺すって言ってたのに、アイツらが流してた『涙』は嘘じゃない本当だった。変だよねー。なんで、オイラに『嘘』を吐いてるのに『本当』の涙を垂れ流してたんだろう?
それがオイラには分からないんだ。だって、オイラは産まれてから『一回』も泣いたことがないんだもん! へへっ! スゴいでしょー! え? 人間の子供はずっと泣いてるもんだって? 嘘じゃないよーだ。オイラは本当に泣いてない。だって、オイラは強いもん! ん? なんで竜王国から、すごく遠く離れてる『オルカストラ』に来たのかって? それは、ここが母ちゃんの故郷だからだね。なんか、気になったから走ってきたんだー。
『チチチチチッ』
「えー! もう行っちゃうの? もっとオイラと話そうよー! やることなくて、すっごい暇なんだってばー!」
『チュチュチュ! チチチチ!』
一人の『魔王』と『数羽の鳥』が生産性のない談笑をしているここは、オルカストラの北部にある——俗に『ミファナ平野』と呼ばれている何の変哲もない広いだけの場所。その平野に広がっている、力無き生命を強制的に終わらせにくる『冬』で枯れてしまった小麦色の草花の絨毯に腰掛けていたメロは『もう逃げないといけないよー!』という焦りを見せてくる渡鳥の群れに、不思議そうに首を傾げた。
「なんで? オイラがいるんだから大丈夫だって!」
『チュチチチチ!』
「ええ? 魔王って呼ばれてるオイラより強いのー?」
『チュチュチュ! チチチチ!』
「え? 竜王候補のやつがここに近づいてきてる?」
『チチチチ!』
次代の『竜王候補』という、全く無視することができない存在がここ『オルカストラ』に近づいてきていることを知ったメロは、考えに耽るように視線を上の空へと向けて、じっと黙りこくった。次代の王を担う『竜王』の候補が台頭しているということはとどのつまり、現代の竜王が死去、もしくは何らかの事情があって王位を失ったということだ。メロがまだ竜王国にいた時の『風竜王』は、人間に有効的なやつだったことをメロは覚えている。なんて言ったって、人間を嫌ってる竜族が住まう『竜王国・クオン』に『人間を住まわせてもいい』って言ったのが今の竜王なんだから。
その王が居たから『人族』の母ちゃんは、土竜だった父ちゃんの棲家に住むことができたんだって、父ちゃんも母ちゃんも言っていたし、メロは政治とか大して興味ないから竜王国のことは全然知らないし、全く覚えてはいないけど、その『現竜王』のことは、なんとなーくだけど覚えていた。そうかぁ、オイラが知ってる竜王は死んじゃったんだ。名前とか全然覚えてないけど、竜王も死んだりするんだなー。そう心で思ったメロの至極呆けている——緊迫した状況が差し迫っていると伝えたのにも関わらず、全く気にした素振りが無い彼の様子を見せつけられた渡鳥たちは焦りの感情を覚え、必死にここから逃げるように羽をばたつかせた。
「キッヒャヒャ! その竜王候補ってやつは何でこっちに来るの? ここって、竜王とか関係ないんじゃないの?」
『チチチ、チュチュチュ!』
一羽の鳥が言うには、ここに飛翔してきている竜王候補は、他の候補竜達とは比べ物にならないくらいの強さを持ち、それゆえに驕り高ぶっている、超生意気なやつらしい。それを聞いたメロは『ブスッ』と顔を顰めながら、母ちゃんの故郷を滅茶苦茶にされるのは嫌だなぁ……と、せっかく『父ちゃんと母ちゃんの遺骨』を、この綺麗な平野に埋めにきたっていうのに、そこを荒らされるのは気分を害す。仕方ない。強い竜王候補が来てるのなら人間じゃ太刀打ちできないに決まっている。あの『勇者達』ともなれば話は別なのだろうが……ここはメロが追い払うしかなさそうだ。
「じゃあ、オイラがその竜王候補ってやつを追い払うからさ、またここで暇潰しのお話をしよう!」
+ + +
「キヒャヒャ! 強いね——!!」
それからしばらくの時が流れ——現在・人魔大戦歴『九百九十八年』の十二月。正午を少し過ぎた何の変哲なき昼下がり。相変わらず生気を感じさせない冬で枯れ果てた草花の絨毯。その上に二本の足で立っているのは、臨戦態勢の『魔王』がただ一人。遥か北の空から飛翔してくる『黒き雷光を身に纏う暴竜』を一点に見つめ舌舐めずりをする魔王は、ただただ顔中に楽しげな笑みを形作った。
『ゴロロオオオオオオオオオオオオオオ——ッッッ!!』
これから起こるはオルカストラの歴史に刻まれる数瞬の時に他ならない。ここは伝説の地『ミファナ平野』の只中。数百キロは離れている場所で対面するは、魔王と次期竜王。人間の肉眼では到底捉えられない距離から視線を交差させて、互いの絶対に無視できない『存在と実力』を確固として認知した両者の行動は、正に対極だった。
「スゥーーー…………」
スベテモノを圧倒する『力』生まれながらに持ち、自身以外の他の全てを『魂』の芯まで恐れさせる『音の魔王・メロロアダイダウス』が取った動作は『攻撃一辺倒』であった。対して、次期竜王——世界最強を強く自負している『雷竜・トール』が咄嗟に取ろうとしたのは方向転換。しかし、優に音速を超えてくるだろう『大砲声』の予感を絶対強者故の『直感』で図らずとも『トール』は理解する。しかし、自分以外の強者を許さない。自分より強き者は世界に存在してはならない。そう驕り高ぶった『天上天下唯我独尊』を確信貫いている『雷竜・トール』は眦を限界まで裂き、全生物を凌駕する強大無比な口腔を開きて、喉奥から絶滅の雷砲を放つ溜めを開始した。
「『————————ッッッ!!」』
その衝突は瞬く間ほどの一瞬であった。明滅し、歪みて、弾け飛び、焼け落ちて、吹き飛んで——何か、そのようにしか言葉で言い表せないほどの『災禍』が瞬く間に起きた。常軌を逸した威力を誇る『両者の必殺』の余波は国中に伝播して地響きを起こし、窓のガラスを劈くように割り砕く。しかし、それだけだ。それだけだったのだ。一国を優に滅ぼせる威力の攻撃の衝突は完全なる相殺にて終わった。想像していなかった相殺という現実を愕然と認識した『トール』は、間髪入れずに放たれた次手の『大砲声』により退散を余儀なくされて消ゆ。結果、オルカストラへの『雷竜飛来』による死傷者はただの一人として現れなかった。それが。いや、これこそが——
『メロ』という名を持った『魔王の伝説』に他ならない。
音の魔王メロが、姿形、その威容を見ただけで全ての者が失禁してしまうような恐ろしき『雷竜』を退けて、全てのオルカストラ国民を救った。その一報は世界中——とは言わないまでも、オルカストラ付近の周辺諸国に出回った。光と音の衝突は一瞬のことで、何が起きたか分からなかった者たちは、その一報を知って『ことの顛末』を認知する。そうして、雷竜飛来の脅威を恐れていたオルカストラの北部に住む民達は皆が、救い主の魔王を「ありがとう」讃え、魔王は『敵』であると、駆除すべき害悪なのであると、北部とは対極的なことを叫ぶ、北部以外の場所に住む国民達との対立は、その日を境に日に日に強まっていったという。しかし、そんな人間同士の『いざこざ』のことなど、雷竜と対峙した当事者である『魔王・メロ』は認知していない。毎日毎日、雨が降ろうが雪が積もろうが、平野に居座っていたメロに何の意味もない祈りを捧げ、お菓子などを供物として差し出してくる人間達の事など、甘い菓子を無我夢中で「美味しい美味しい」と貪り食うメロが覚えているわけがないのだ。
そんな、息吹けば呆気なく飽きてしまいそうな少しの時が経ちて——人魔対戦歴『九百九十九年』の時代を生きるメロのもとに、絶対に無視できない『一陣の風』が、今まで感じたことのない不快にならない生暖かさを孕む『神ノ風』吹いてきた。
《“急だが、テメエを『封印』することが決まった"》
相変わらず捧げ物である『お菓子』を地べたに寝転びながらボリボリと食べていた自分のもとに吹いてきた『突風』に対して肩を揺らしたメロは、何物にも代え難いと確信できる『最高の暇潰し』の香りを敏感に嗅ぎ取って、ザッと立ち上がった。
『封印かぁ……キヒャヒャ! 君の名前は何て言うの?』
《"テメエに名乗る名は持ってねえ"》
『そっかぁ……キヒャ! オイラは『メロ』っていうんだ!』
メロは知っている。
生物の『本音』は死を目前にして初めて現れるということを。
そして『命を奪い合う戦い』こそが、死を強制する『儀式』であるということも。
絶対強者であるメロの『開け難き死戦の幕』を開け広げる者こそ——
目の前に立つ、絶対魔殺を掲げた『世界最速の風の勇者』だということも……!!
《"殺したいが、殺しはしない。ただ、刻んでやるよ"》
そう吼えた『風の勇者』は、着用している茶色のコートを自身が放つ『神ノ風』によってはためかせながら、腰に差していた『赤黒い刀身を誇る細剣』を抜剣した。
『キッヒャヒャア……そっか、それじゃあ遊ぼう!!』
「~~~~~~♪」
メロが持っている『最古』の記憶は、歌の国『オルカストラ』が出身の母が歌う『子守唄』の歌詞と音調であった。その替えが効かない美しさを誇る、聞き惚れてしまう子守唄を聞いたメロが何を思ったのかは、メロ自身も知らない。しかし、千年という長すぎる時を自身の歩調で進んできたメロは、その懐郷の歌音を『ノイズ』すら無く覚えている。なぜ覚えているのかは、知らない。覚えているというよりも、忘れられないと言った方が合っているのかもしれない。
「「~~~~~~♪」」
メロが他者の声音を寸分違わぬほどにコピーする『声真似』の技術を育んだのは、和やか笑う母と一緒に歌った『子守唄』の影響であったことも、メロは覚えていた。
「…………」
同じ声をした親子二人が奏でる『歌』に両目を瞑りながら聞き惚れている父の姿——この歌を歌うたびに思い出す。全てを凍てつかせるほどの厳しい『冬』を乗り越えるために居座った家の中で、そこに映る、メロを含めた三人の姿。懐かしき過去。メロの幼少の頃の記憶。今では——いや『今でも何も思わない』ただの追憶。
この三人での生活がいつか終わるとは全く考えていなかった馬鹿な子供だった——今もそうかも?——メロは、家族三人との団欒な時間が終わりを迎えても、特に何も思わなかった。無邪気で気ままに終わってしまった過去を思い入れもなく捨て去って、過酷に満ち溢れている『古代』と呼ばれる現在へと……メロは歩み進んでいく。
+ + +
ヤッホー。オイラは『メロ』! 顔も知らない人間達が勝手に『魔王』って呼んでる、竜人族のメロっつうんだ! この『メロ』って呼び名は、オイラの本名を略した『あだ名』みたいなものでさ、オイラの本当の名前は『メロロアダイダウス』って、すんごい覚えにくい名前なんだよー。この名前が嫌いなわけじゃないけど、覚えづらいし言いづらくて……オイラも自分の名前を忘れそうになるくらいさ。この長~い名前を付けたのは、オイラの父ちゃん! 竜から人になった『元・土竜』のデッケエ父ちゃんさ! この父ちゃんが『アダイダウス』っていうカッコいい名前で、オイラを産んだ母ちゃんが『ロロ』って可愛い名前なんだ。そんで父ちゃんと母ちゃんの名前を合体させたのが、オイラの名前になったってわけ! 父ちゃんのこと知りたい?
オイラの父ちゃんはね、オイラが生まれて暫くしてから仲間だった土竜たちに囲まれて殺されちゃったんだよね~。顔も身体も骨なんかも残らないくらい『グチャグチャ』になっちゃった父ちゃんの肉死骸に被さりながら、母ちゃんが『父ちゃんの名前』を叫び泣いてたのが記憶にあるなぁ。え? オイラ? オイラはねー、父ちゃんが死んでも『なーんも』思わなかったよ。うえー、父ちゃんの血で母ちゃんの白い服が汚れちゃうよーって、その時は思ったかも! え? 母ちゃんはどうなったのって? えっとー、父ちゃんが死んでからの母ちゃんは『国を出ましょう!』って、寝てるオイラにずっーと言ってたよー。五月蝿かったなぁ。え? 母ちゃんがどうなったかを聞いてるって? んとね、母ちゃんは人間嫌いな竜族達から『消えろ消えろ』って言われ続けて、オイラが外に遊びに行ってる間に『竜に家ごと踏み潰されて』ぺたんこになって死んじゃった! まあ、そんなことはどうでもいいんだー。オイラは全然気にしてないよ! だって、父ちゃんと母ちゃんを殺した竜は全部、オイラがグチャッグチャにして殺しちゃったんだもーん! オイラより何倍もデッカい自信満々だった竜たちは、オイラが羽を捥いで、爪を剥いで、肉と骨を引き千切ったら、みーんな『殺さないでくれ』って言って泣き出しだんだー。みんな心の中ではオイラを殺すって言ってたのに、アイツらが流してた『涙』は嘘じゃない本当だった。変だよねー。なんで、オイラに『嘘』を吐いてるのに『本当』の涙を垂れ流してたんだろう?
それがオイラには分からないんだ。だって、オイラは産まれてから『一回』も泣いたことがないんだもん! へへっ! スゴいでしょー! え? 人間の子供はずっと泣いてるもんだって? 嘘じゃないよーだ。オイラは本当に泣いてない。だって、オイラは強いもん! ん? なんで竜王国から、すごく遠く離れてる『オルカストラ』に来たのかって? それは、ここが母ちゃんの故郷だからだね。なんか、気になったから走ってきたんだー。
『チチチチチッ』
「えー! もう行っちゃうの? もっとオイラと話そうよー! やることなくて、すっごい暇なんだってばー!」
『チュチュチュ! チチチチ!』
一人の『魔王』と『数羽の鳥』が生産性のない談笑をしているここは、オルカストラの北部にある——俗に『ミファナ平野』と呼ばれている何の変哲もない広いだけの場所。その平野に広がっている、力無き生命を強制的に終わらせにくる『冬』で枯れてしまった小麦色の草花の絨毯に腰掛けていたメロは『もう逃げないといけないよー!』という焦りを見せてくる渡鳥の群れに、不思議そうに首を傾げた。
「なんで? オイラがいるんだから大丈夫だって!」
『チュチチチチ!』
「ええ? 魔王って呼ばれてるオイラより強いのー?」
『チュチュチュ! チチチチ!』
「え? 竜王候補のやつがここに近づいてきてる?」
『チチチチ!』
次代の『竜王候補』という、全く無視することができない存在がここ『オルカストラ』に近づいてきていることを知ったメロは、考えに耽るように視線を上の空へと向けて、じっと黙りこくった。次代の王を担う『竜王』の候補が台頭しているということはとどのつまり、現代の竜王が死去、もしくは何らかの事情があって王位を失ったということだ。メロがまだ竜王国にいた時の『風竜王』は、人間に有効的なやつだったことをメロは覚えている。なんて言ったって、人間を嫌ってる竜族が住まう『竜王国・クオン』に『人間を住まわせてもいい』って言ったのが今の竜王なんだから。
その王が居たから『人族』の母ちゃんは、土竜だった父ちゃんの棲家に住むことができたんだって、父ちゃんも母ちゃんも言っていたし、メロは政治とか大して興味ないから竜王国のことは全然知らないし、全く覚えてはいないけど、その『現竜王』のことは、なんとなーくだけど覚えていた。そうかぁ、オイラが知ってる竜王は死んじゃったんだ。名前とか全然覚えてないけど、竜王も死んだりするんだなー。そう心で思ったメロの至極呆けている——緊迫した状況が差し迫っていると伝えたのにも関わらず、全く気にした素振りが無い彼の様子を見せつけられた渡鳥たちは焦りの感情を覚え、必死にここから逃げるように羽をばたつかせた。
「キッヒャヒャ! その竜王候補ってやつは何でこっちに来るの? ここって、竜王とか関係ないんじゃないの?」
『チチチ、チュチュチュ!』
一羽の鳥が言うには、ここに飛翔してきている竜王候補は、他の候補竜達とは比べ物にならないくらいの強さを持ち、それゆえに驕り高ぶっている、超生意気なやつらしい。それを聞いたメロは『ブスッ』と顔を顰めながら、母ちゃんの故郷を滅茶苦茶にされるのは嫌だなぁ……と、せっかく『父ちゃんと母ちゃんの遺骨』を、この綺麗な平野に埋めにきたっていうのに、そこを荒らされるのは気分を害す。仕方ない。強い竜王候補が来てるのなら人間じゃ太刀打ちできないに決まっている。あの『勇者達』ともなれば話は別なのだろうが……ここはメロが追い払うしかなさそうだ。
「じゃあ、オイラがその竜王候補ってやつを追い払うからさ、またここで暇潰しのお話をしよう!」
+ + +
「キヒャヒャ! 強いね——!!」
それからしばらくの時が流れ——現在・人魔大戦歴『九百九十八年』の十二月。正午を少し過ぎた何の変哲なき昼下がり。相変わらず生気を感じさせない冬で枯れ果てた草花の絨毯。その上に二本の足で立っているのは、臨戦態勢の『魔王』がただ一人。遥か北の空から飛翔してくる『黒き雷光を身に纏う暴竜』を一点に見つめ舌舐めずりをする魔王は、ただただ顔中に楽しげな笑みを形作った。
『ゴロロオオオオオオオオオオオオオオ——ッッッ!!』
これから起こるはオルカストラの歴史に刻まれる数瞬の時に他ならない。ここは伝説の地『ミファナ平野』の只中。数百キロは離れている場所で対面するは、魔王と次期竜王。人間の肉眼では到底捉えられない距離から視線を交差させて、互いの絶対に無視できない『存在と実力』を確固として認知した両者の行動は、正に対極だった。
「スゥーーー…………」
スベテモノを圧倒する『力』生まれながらに持ち、自身以外の他の全てを『魂』の芯まで恐れさせる『音の魔王・メロロアダイダウス』が取った動作は『攻撃一辺倒』であった。対して、次期竜王——世界最強を強く自負している『雷竜・トール』が咄嗟に取ろうとしたのは方向転換。しかし、優に音速を超えてくるだろう『大砲声』の予感を絶対強者故の『直感』で図らずとも『トール』は理解する。しかし、自分以外の強者を許さない。自分より強き者は世界に存在してはならない。そう驕り高ぶった『天上天下唯我独尊』を確信貫いている『雷竜・トール』は眦を限界まで裂き、全生物を凌駕する強大無比な口腔を開きて、喉奥から絶滅の雷砲を放つ溜めを開始した。
「『————————ッッッ!!」』
その衝突は瞬く間ほどの一瞬であった。明滅し、歪みて、弾け飛び、焼け落ちて、吹き飛んで——何か、そのようにしか言葉で言い表せないほどの『災禍』が瞬く間に起きた。常軌を逸した威力を誇る『両者の必殺』の余波は国中に伝播して地響きを起こし、窓のガラスを劈くように割り砕く。しかし、それだけだ。それだけだったのだ。一国を優に滅ぼせる威力の攻撃の衝突は完全なる相殺にて終わった。想像していなかった相殺という現実を愕然と認識した『トール』は、間髪入れずに放たれた次手の『大砲声』により退散を余儀なくされて消ゆ。結果、オルカストラへの『雷竜飛来』による死傷者はただの一人として現れなかった。それが。いや、これこそが——
『メロ』という名を持った『魔王の伝説』に他ならない。
音の魔王メロが、姿形、その威容を見ただけで全ての者が失禁してしまうような恐ろしき『雷竜』を退けて、全てのオルカストラ国民を救った。その一報は世界中——とは言わないまでも、オルカストラ付近の周辺諸国に出回った。光と音の衝突は一瞬のことで、何が起きたか分からなかった者たちは、その一報を知って『ことの顛末』を認知する。そうして、雷竜飛来の脅威を恐れていたオルカストラの北部に住む民達は皆が、救い主の魔王を「ありがとう」讃え、魔王は『敵』であると、駆除すべき害悪なのであると、北部とは対極的なことを叫ぶ、北部以外の場所に住む国民達との対立は、その日を境に日に日に強まっていったという。しかし、そんな人間同士の『いざこざ』のことなど、雷竜と対峙した当事者である『魔王・メロ』は認知していない。毎日毎日、雨が降ろうが雪が積もろうが、平野に居座っていたメロに何の意味もない祈りを捧げ、お菓子などを供物として差し出してくる人間達の事など、甘い菓子を無我夢中で「美味しい美味しい」と貪り食うメロが覚えているわけがないのだ。
そんな、息吹けば呆気なく飽きてしまいそうな少しの時が経ちて——人魔対戦歴『九百九十九年』の時代を生きるメロのもとに、絶対に無視できない『一陣の風』が、今まで感じたことのない不快にならない生暖かさを孕む『神ノ風』吹いてきた。
《“急だが、テメエを『封印』することが決まった"》
相変わらず捧げ物である『お菓子』を地べたに寝転びながらボリボリと食べていた自分のもとに吹いてきた『突風』に対して肩を揺らしたメロは、何物にも代え難いと確信できる『最高の暇潰し』の香りを敏感に嗅ぎ取って、ザッと立ち上がった。
『封印かぁ……キヒャヒャ! 君の名前は何て言うの?』
《"テメエに名乗る名は持ってねえ"》
『そっかぁ……キヒャ! オイラは『メロ』っていうんだ!』
メロは知っている。
生物の『本音』は死を目前にして初めて現れるということを。
そして『命を奪い合う戦い』こそが、死を強制する『儀式』であるということも。
絶対強者であるメロの『開け難き死戦の幕』を開け広げる者こそ——
目の前に立つ、絶対魔殺を掲げた『世界最速の風の勇者』だということも……!!
《"殺したいが、殺しはしない。ただ、刻んでやるよ"》
そう吼えた『風の勇者』は、着用している茶色のコートを自身が放つ『神ノ風』によってはためかせながら、腰に差していた『赤黒い刀身を誇る細剣』を抜剣した。
『キッヒャヒャア……そっか、それじゃあ遊ぼう!!』
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