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10月下旬。少し前まで青々しかった木々はあっという間に色を変え、冬に備えて葉を枯らし、落ち葉の絨毯を作り出す。それを彼女、白川遊理子は暇そうに眺めていた。今、彼女はある撮影の休憩時間なのだが、スマートフォンなども触らずに休憩時間を過ごすところを見ると、この現代において些か奇妙にも見えた。
「足路ちゃん、出番よぉー」
ここで彼女は足路ゆりと呼ばれていた。つまりはこの呼び名は彼女の芸名なのである。
耳に触る甲高い声で監督に呼び出され、遊理子は足早に監督の指示の元、撮影場所である廃ビルの中へと向かった。遊理子の年齢は二十代後半、はっきり言って、この年頃の女性が何人もの男性と共に廃ビルの中へと入っていくのは危ないようにも見えるが、この撮影に限ってそれはないと思えた。
「はい、3、2、1、スタート」
遊理子は監督の合図に合わせ、男性器を涎でべとべとにしながら、しゃぶりつき、舐め回す。男はやがて気持ち良さそうな顔になり、次第に腰を前後に揺らしていく。そう、遊理子はAV女優だった。
「はい、カァット」
またもや耳に触る甲高い声が遊理子の耳に響いた。
「お疲れェー足路ちゃん。良かったよォー。これ俺の初作品だからね。やっぱ気合い入っちゃって、ごめんね。何回も取り直ししちゃって」
この監督は監督と呼ばれつつもそれはただの役割にしか過ぎず、実際はただの制作会社の下積みバイトでしかないのだが、ここでは監督であることには変わりはなかった。要するにこの撮影は低予算なものであった。
「ああ、いいですよ。この業界じゃ、一回の撮影ってこんなもんですから」
遊理子にとってこんな素人監督のAV作品に出演するのはよくあることだった。
「んじゃっ、足路ちゃん。撮影はこれでもう終わりだからシャワー浴びといてぇ」
撮影が終わった後にシャワーを浴びるのはAV女優にとって基本的に当たり前である。
そして、勿論、足路もそうなのではあるが、この監督はよっぽどの素人、いや、初心者というべきか、当たり前なことをまるで自分はわかっていますと言わんばかりの調子で言うので遊理子はその様子を可笑しく思った。
遊理子はシャワーを浴び終えると帰る身支度始めた。周りが何やらいつもより騒々しいような気がしたが、特には気にしなかった。遊理子は帰り支度を終えると解散のサインが出るまで煙草を口に咥え、一服しようとしたしていた。その時だった。
「ハッピ、バースディートゥーユゥー、ハッピ、バースディトゥーユゥー、ハッピ、バースディディア高尾さぁーん、ハッピ、バースディトゥーユゥー」
今日は遊理子の相手役であったAV男優の高尾典信の誕生日であった。監督含めカメラマンなどの手拍子と共に高尾の頬は嬉しそうに赤く染まる。遊理子は正直なところ高尾が誕生日であることを今、初めて知ったのだが、空気を読んで歌に合わせて手を叩き始めることにした。
無駄に語尾を伸ばし、やはり耳に障る監督の声に遊理子は鬱陶しく思いはしたが、ちゃんと誕生日を気遣う監督に少しばかり遊理子は感心した。
とはいえ、現在午後11時。人の誕生日を祝うのも結構だが、既に深夜である。時間的に電車もバスもない上、今回の撮影場所はちょうど遊理子の住むアパートと事務所の間なのである。いつもなら事務所の帰りがけにアパートまで送ってもらっていたが、真反対である上にかなりの距離があるので遊理子はアパートまで送ってもらえなかった。無駄に撮影が長い上に送り迎えがないのは遊理子にとってかなりきついものである。後で事務所が払ってくれるとはいえ、お金をあまり持っていない遊理子にとって一時的にでもお金を使うことに抵抗があったが、使わないと日を越してしまう。明日はパッケージの撮影が早朝からある。遊理子はさっさとタクシーを呼び、車内でスマートフォンを開いた。
業務連絡やスケジュールの確認である。
機械的に連絡を返していると遊理子は一つのメッセージに気づいた。唯一の親友、小松原彩月からであった。
「彩月からって……珍しいわね。あの子まだ仕事中だと思うのだけれど」
メッセージを開くとそこには誕生日おめでとうの文字。
『誕生日おめでとう、ゆり!ついにゆりも三十代ね(笑)お互い忙しくて会えないけれど、また今度ランチでも行こう~^_^』
親友からのメッセージとしては簡素なメッセージのようにも感じるが、遊理子が今日が本当はなんの日であるのかに気づくには充分な文章量のメッセージであった。
「何が高尾の誕生日よ……」
遊理子はわかっていた。今の自分の価値ぐらいは。遊理子の目には涙でいっぱいだった。
「何よあの監督。馬鹿みたい」
少しでもあの監督をできる監督だなんて思った自分を遊理子は妬ましく思った。そして、涙がはち切れると同時に
「私も誕生日なのに!」
とタクシーの中であるということも省みずに泣き出してしまった。
「足路ちゃん、出番よぉー」
ここで彼女は足路ゆりと呼ばれていた。つまりはこの呼び名は彼女の芸名なのである。
耳に触る甲高い声で監督に呼び出され、遊理子は足早に監督の指示の元、撮影場所である廃ビルの中へと向かった。遊理子の年齢は二十代後半、はっきり言って、この年頃の女性が何人もの男性と共に廃ビルの中へと入っていくのは危ないようにも見えるが、この撮影に限ってそれはないと思えた。
「はい、3、2、1、スタート」
遊理子は監督の合図に合わせ、男性器を涎でべとべとにしながら、しゃぶりつき、舐め回す。男はやがて気持ち良さそうな顔になり、次第に腰を前後に揺らしていく。そう、遊理子はAV女優だった。
「はい、カァット」
またもや耳に触る甲高い声が遊理子の耳に響いた。
「お疲れェー足路ちゃん。良かったよォー。これ俺の初作品だからね。やっぱ気合い入っちゃって、ごめんね。何回も取り直ししちゃって」
この監督は監督と呼ばれつつもそれはただの役割にしか過ぎず、実際はただの制作会社の下積みバイトでしかないのだが、ここでは監督であることには変わりはなかった。要するにこの撮影は低予算なものであった。
「ああ、いいですよ。この業界じゃ、一回の撮影ってこんなもんですから」
遊理子にとってこんな素人監督のAV作品に出演するのはよくあることだった。
「んじゃっ、足路ちゃん。撮影はこれでもう終わりだからシャワー浴びといてぇ」
撮影が終わった後にシャワーを浴びるのはAV女優にとって基本的に当たり前である。
そして、勿論、足路もそうなのではあるが、この監督はよっぽどの素人、いや、初心者というべきか、当たり前なことをまるで自分はわかっていますと言わんばかりの調子で言うので遊理子はその様子を可笑しく思った。
遊理子はシャワーを浴び終えると帰る身支度始めた。周りが何やらいつもより騒々しいような気がしたが、特には気にしなかった。遊理子は帰り支度を終えると解散のサインが出るまで煙草を口に咥え、一服しようとしたしていた。その時だった。
「ハッピ、バースディートゥーユゥー、ハッピ、バースディトゥーユゥー、ハッピ、バースディディア高尾さぁーん、ハッピ、バースディトゥーユゥー」
今日は遊理子の相手役であったAV男優の高尾典信の誕生日であった。監督含めカメラマンなどの手拍子と共に高尾の頬は嬉しそうに赤く染まる。遊理子は正直なところ高尾が誕生日であることを今、初めて知ったのだが、空気を読んで歌に合わせて手を叩き始めることにした。
無駄に語尾を伸ばし、やはり耳に障る監督の声に遊理子は鬱陶しく思いはしたが、ちゃんと誕生日を気遣う監督に少しばかり遊理子は感心した。
とはいえ、現在午後11時。人の誕生日を祝うのも結構だが、既に深夜である。時間的に電車もバスもない上、今回の撮影場所はちょうど遊理子の住むアパートと事務所の間なのである。いつもなら事務所の帰りがけにアパートまで送ってもらっていたが、真反対である上にかなりの距離があるので遊理子はアパートまで送ってもらえなかった。無駄に撮影が長い上に送り迎えがないのは遊理子にとってかなりきついものである。後で事務所が払ってくれるとはいえ、お金をあまり持っていない遊理子にとって一時的にでもお金を使うことに抵抗があったが、使わないと日を越してしまう。明日はパッケージの撮影が早朝からある。遊理子はさっさとタクシーを呼び、車内でスマートフォンを開いた。
業務連絡やスケジュールの確認である。
機械的に連絡を返していると遊理子は一つのメッセージに気づいた。唯一の親友、小松原彩月からであった。
「彩月からって……珍しいわね。あの子まだ仕事中だと思うのだけれど」
メッセージを開くとそこには誕生日おめでとうの文字。
『誕生日おめでとう、ゆり!ついにゆりも三十代ね(笑)お互い忙しくて会えないけれど、また今度ランチでも行こう~^_^』
親友からのメッセージとしては簡素なメッセージのようにも感じるが、遊理子が今日が本当はなんの日であるのかに気づくには充分な文章量のメッセージであった。
「何が高尾の誕生日よ……」
遊理子はわかっていた。今の自分の価値ぐらいは。遊理子の目には涙でいっぱいだった。
「何よあの監督。馬鹿みたい」
少しでもあの監督をできる監督だなんて思った自分を遊理子は妬ましく思った。そして、涙がはち切れると同時に
「私も誕生日なのに!」
とタクシーの中であるということも省みずに泣き出してしまった。
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