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本編
30.侯爵家からの除籍【side リヴィ】
しおりを挟むプラウズ伯爵様との縁談は成立にはならなかった。
怒りで顔を真っ赤にして部屋を退室する彼に、私は声を掛ける事ができなかった。
五年間、私を待って下さっていたのは申し訳無いと思う。
けれど、待つだけじゃなくて、態度で示して欲しかった、とも思うのだ。
もし彼がアミナスに行った私に会いに来て下さっていたら、違った結果になっただろうか。
会いに来るのは無理でも、手紙を送って下さっていれば。
──彼と新たな関係が始まっただろうか。
考えても答えはない。
けれど、一つ言えるのは。
きっと私が他の方を選んだ時、ルドは身を引くだろう。
ただ、私の幸せを願っている人だ。
笑顔で『おめでとう』と言うのだろう。
「──ルド……」
アミナスで過ごした日々が甦る。
べハティや子どもたちとお菓子を作った事、バザーに出した品物をお客様が嬉しそうに買って行く事、お店のおじさんから一つオマケしてもらった事。
何より、兜を被った怪しい人が側にいた事、それが元婚約者で王太子殿下だった時の事、沢山話した事、鎮魂祭で祭壇に花を捧げた事、手を繋いだ事。
そして触れるだけの口付け。
泣いてるばかりじゃ帰れない。
諦めたくない。諦められない。
ルドは私を追い掛けて来てくれた。
だから、今度は私が追い掛ける番。
「お父様、私に時間を頂けますか?」
プラウズ伯爵様が帰宅して、執務室に行くと、お父様は執務机の椅子に腰掛けたまま頭を抱えていた。
「プラウズ伯爵はどうした」
「彼はお断り致しました」
お父様の目が鋭くなる。でももうそれに怯んでられない。
どれだけ時間が掛かっても、説得するしかないのだ。
「レーヴェ、いつからそのように反抗するようになったのだ……」
溜息を吐きながら、お父様は項垂れる。
きっと私は親不孝者なのだろう。
今までは従順に言う事を聞いてきた。
私が我儘を言ったのは、殿下の婚約者になりたいと言った時だった。
『私が立候補致します』
殿下をお慕いしていたから、手を挙げた。
両親は渋い顔をしていた。
元々『飾りで良いなら嫁いで来い』と宣言なさっていた方に嫁ぐなど誰も考えないだろう。
王妃というのは並大抵の覚悟では務まらない。
その上愛されない事を前提とした結婚に賛成できないのは当然だ。
そんな方をまた選ぼうとしている。
「いいえ、私の意志でございます。
私が幸せになれる場所は、アミナスで、……ルドの隣でしかないのです」
「また、お前に酷い事を言うかもしれないだろう?」
「その時は言い返します。嫌な事は嫌だと申し上げます」
「……王太子殿下が褒美をやると言ったら、彼は伯爵位を辞退したぞ」
「えっ……」
お父様は顔を上げ、私を見てきた。
「お前がツェンモルテ病を患い、薬が無いとアミナスから己の足でやって来た。
レーヴェの抜け落ちた表情を取り戻したのは彼だから、何か礼をしようと言ったらお前を助けてほしいと。
王太子の時に開発支援をしていた薬のおかげでツェンモルテ病はそれほど脅威では無くなった。その功績に対し、殿下が褒美を与えようとしたんだ。
だが彼は爵位を辞退し、アミナスに帰った」
ルドは……王都にいたの?
でも、アミナスに帰った……。
「『平民となった自分と侯爵家令嬢のレーヴェとは釣り合わない。
アミナスで捨てられない居場所もできた。
結ばれなくても彼女がどこかで生きていて、笑ってくれるならそれで良い』と、言って」
ルド──!
私は目をぎゅっと瞑った。そうでなければ泣いてしまいそうだった。
「お父様、私はここでは笑えません。
アミナスに帰ります」
「……どうしてもか」
「ええ。……生命に限りがあるのなら、私は彼のそばで生きていきたい。
確かに富は大事です。裕福である程望みも叶う。けれど、私はそれよりも愛し合う事を選びます。
愛されるより、愛したいのです」
プラウズ伯爵様から愛されても、私がルドを忘れられなければ幸せになれない。
こんなにも求めてしまうのは、ルドがただ私を想ってくれる人だから。
何も求めず、ただ、そばにいて、全てを分かち合ってくれるから。
お父様はやがて、ふーっと長い溜息を吐いた。
「止めても無駄なようだな」
「お父様……」
「レーヴェ・スタンレイ。お前をスタンレイ侯爵家から除籍する。
貴族としての責務より、愛を選んだお前は貴族令嬢として相応しくない。
明日にでも、除籍の書類を提出する」
しっかりとした声音で告げるお父様の声。
「……レーヴェ、お前の幸せを願うばかりに望まぬ婚姻を強いようとしてすまなかった」
その眼差しはいつか私を救ってくれたお父様と同じで。
私は堪えきれずに涙を溢れさせた。
「ごめんなさい、あり、がと……ございます」
「援助も何もしない。辛く厳しい道になるだろう。だが自身で選んだ道だ。……幸せになりなさい」
肩を震わせる私を、お父様はそっと抱き締めた。
久し振りのその腕の中はホッとして、私は胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
翌日、お父様が書類を提出しに行くと、王太子妃殿下にお会いして一旦保留にされたらしい。
「レーヴェ、貴族として最後の社交をしてくれるか?
王太子妃殿下に茶会に招待された。
お前と話したいそうだ。その間に除籍手続きをしてくるよ」
「……分かりました。せめて立派に務めて参ります」
「楽しんでおいで」
指定されたのは三日後。その日、お父様と共に登城した。
五年以上前に王太子殿下の婚約者として通った場所に懐かしさがこみ上げる。
除籍手続きは文化部の戸籍課で行う。
お父様とは文化部の出入り口で別れて、私は案内の方にお願いして王太子妃殿下が待つ部屋へ向かった。
案内された扉の前に立ち、ノックをする。
「どうぞ」
中から朗らかな声がした。
「失礼致します」
扉の前に立っていた護衛の方がうやうやしく扉を開けると、ソファに座っていたのは。
「スタンレイ侯爵令嬢、会いたかったわ」
「王太子妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
ドレスを摘み腰を落としてお辞儀をする。
「堅苦しい挨拶は無しよ。マリエッタと呼んでちょうだい。私もレーヴェ、でよろしいかしら?」
「光栄でございます」
マリエッタ様に促され、ソファに腰掛ける。
「貴女とはお話をしてみたいと思っていたの」
運ばれて来たお茶を一口含むと、マリエッタ様はそう言って笑った。
それは、いつか見たアンジェリカ様の笑顔に似ていた。
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